9 / 19
謎な喧嘩
遥翔は夕飯まで横山さん達と一緒に済ませてきて、街から家の近くに着くバスの乗り場を教わり帰ってきた。
午後6時半。
ひどく遅いわけでもないが、14時に試合が終わってそれからなので結構長い時間遊んでいたことになる。
家まで歩いていると、街から歩いて帰って来たのかバスにはいなかった汀 が後ろから声をかけてきた。
「今帰りか?何してたんだよあいつらと」
横山さんと相澤さんは、去年のクラスメイトだ。
サッカーが好きで、試合はよく見に来ている2人なので話は合う子達だったが、少し男子に声がけすることの多い子達でもあり、その辺はちょっと遠慮したい人員でもあったのだ。が、その2人と遥翔 が今まで遊んでいたのは少し気になる。
「ん?プリ送ったっしょ。ゲーセンでゲームしたり、クレープ食べたりしてからハイゼリアに行ってご飯食べてきたよ。楽しい子達で飽きなかった」
言いながらクレープの画像や、クレーンゲームで取ったものの画像を次々に見せてくる遥翔に向かって、
「何もされなかった?」
と、いきなりそんな言葉が出てしまった。
「え?」
「あ…いや、なんでもない」
足早に歩き始めてしまった汀を追うように小走りになる遥翔は、
「何もってなに、俺が?女の子に?なんでよ」
笑いながらではあるが、サッカーやってる子の早足に追いつくのはしんどい。
「ね、ちょっと…なんでそんな早足…はあ…しんどいって」
ハッと気づいて足を止め
「わり…」
と、やっと歩調を合わせてくれた。
「何もってなに?あの子達そんな子じゃないでしょ」
戦利品のなんだかわからないぬいぐるみを手で揉みながら、笑ってしまう。
「女の子になんかするのはこっちじゃん普通。いやしないけどね?」
「まあ…あいつらはちょっと、男子に馴れ馴れしくしすぎるとこあるから…」
着替えも持って行ったのか、今の汀の格好はパーカーに黒のジャージパンツ。それもかっこいいなあなどと見てしまう遥翔も頭を切り替えなければだ。
「まあ、馴れ馴れしいって言っちゃうとそうかもしれないけど、楽しい子達じゃん。ハイゼでも話途切れなかったし、別に嫌な感じなかったよ?それでなんで怒ってる風なの、汀は」
正直汀が何を気にしているかはわからない。それはそうだ、汀にもわからないのだから。
「あ、それ!」
不意に汀は立ち止まり遥翔の胸に指を当ててきた。
「え、どれ?」
指を見た後顔を見上げる。
「呼び捨て。いや、いいんだけどなんで急にそうなった?」
ああそう言えば、と遥翔が思い起こすとまあこういうことだ。
「汀がシュート決めたときにさ、俺思わず声出ちゃったんだよ。その時にさ周りに学校の人もいるじゃん。だからみーくんって言ったら汀も嫌かなって思って咄嗟にね…」
それもあったが、本当はシュートの時があまりにもかっこよかったから、みーくんという呼称が合わないと思ったことも半分はあった。
「ああ、そういう事か。気遣いありがと。急になったからびっくりしてさ、俺もつい遥翔って言ってたわ」
「でも、今のみーくんはみーくんだね」
シュートのかっこよさで名前で読んだということを理解していない汀は隣で首を傾げて覗き込んでくる。
「さっきから、なんだか俺が横山さん達と出かけたのが気に入らないみたいな感じするけど、みーくんあの2人のどっちかに気があるの?高野さん一生懸命アピールしてるのに?知らんぷりで?」
「は?なんでそうなるんだよ。高野が出てくるのもなんで?はる君だっておかしいよ。見ず知らずの今日出会った女子と晩飯まで食ってきてさ。なんなんだよ」
なんなんだよと言われても、別に今日会ったからってご飯食べちゃ悪いってこともないだろうし。
「だから何怒ってんだって訊いてるんだよ。俺は、気があるのかって言っただけだよ。高野さんは、側から見ててもみーくんしか見てないって判るのに、気づかないみーくんが鈍感なんじゃないの?」
「はあああああ?俺に気があるとかそんなんあるわけないじゃん!それに横山も相澤も別になんとも思ってねえよ!はる君こそ今日なんかあったんじゃねえの?気にしてておかしい」
「はあ?なんかってなんだよ!言ってみろよ!なんかってなんなんだよ!」
色々自分でも訳のわからない気持ちが言葉になって出て来てしまって、今の汀の頭は大混乱中だ。
黙っている汀に業を煮やした遥翔は
「高野さんもさー、かわいそうだな!こんな鈍感男に思い寄せてて!気があるわけないって、あーーかわいそう!!」
こっちもこっちでなんだか責める言葉しか出てこない自分に、少々苛立っている。
道路の側で大喧嘩が始めてしまった2人だが、内容はとてもくだらない…し、なんだか…。
「俺ははる君心配しただけなのに!」
汀なりになんとかまとめようとして出た言葉だったが、
「だから、女の子と出かけた俺がなんで心配なんだって。それとも俺が女の子にホイホイついて行く男だからって心配してるの?」
「そうじゃなくて!」
「俺は、高野さんにその気もないのにデレデレしてるみーくんの方がある意味心配だよ!」
誤解を解こうと言い募ろうとした矢先にそう言われ、汀もカチンときた。
「デレデレって…俺そんなつもり全くねえし!なんだよさっきから!」
睨み合って一歩も引かない体勢だが、ふと冷静になるとなんだか何を言い合っているのか…という気持ちになってきた。
が、ここで引けないのがこの年代。
「もういい!先に帰る!」
「帰れよ!どうせ俺じゃあ早さに追いつけませんからね!」
ちっと舌打ちなんかもして汀は今度こそ早歩きのような速度で歩き出し、遥翔はその場で腕を組んで背中も見ずに横を向いていた。
そのまま2人は各々の家に戻り、汀は憤然と夕飯を貪り、遥翔は連絡はしたが夕飯を食べなかったことを謝ってお風呂へと向かった。
まださっきの喧嘩が気持ち的には尾を引いてはいたが、湯船に浸かってゆったりしてみると、なんであんなに腹が立ったのかと考える。
汀の怒り方もなんだか訳がわからなかった。
しかし自分が苛立っていたのは、今日連れ立って歩いていた女の子とのことを疑われたことよりも…そして高野さんというマネージャーの気持ちを汀がわかってないということよりも、高野という女の子が堂々と汀に近づいて、世話を焼いたりしていることへの羨望であることには、遥翔は気づいていた。
湯船に顔をつけて、しばらく膝に額を乗せる。
息が苦しくなって顔を上げて、もう一度とそれを5回繰り返して、漸く顔を上げて今度は壁の上部にある電気を見つめた。
前々から思ってはいたことだったが、もしかしたら自分は汀が好きなんじゃないかな…と漠然と理解し始める。
「これは…まずいぞ…」
受験期に一緒にいたクラスの女子も、きっと今回の高野さんみたいに自分に好意があったのかもしれないとは薄々感じてはいたけれど、なんだかその気になれないまま有耶無耶にしていたら、遥翔が早めに合格が決まった時点で離れて行ってしまった。
それが嫌とか寂しいとか思わなかった自分もなんだか変だなとは思っていた。
「でも、クラスの男子 が持ってくるエロ本は好きだけどな…」
クラスメイトが持って来ていた雑誌等を見ても、普通に反応するし…と基準はそこか?みたいなところで自分をチェックする。
「ん〜〜〜〜」
今度は口まで湯船に潜らせてみた。
ーみーくん、かっこよく成長しすぎなんだよ…ー
多少汀 のせいにしたにせよ、これは絶対に隠さなくてはいけない感情だ…。
しばらく湯船に口を沈ませていたが、色々考える。
きっと一過性のものだとは思う。そんな気になっちゃうこともあるとは聞いたことあるしな…何かに代替しないと…
そうやって考えた挙句一つ結論を出した。
この気持ちは汀のことはずっと弟と思ってた自分に代わり、別に面倒見そうな人間が現れた嫉妬なのだ!と。
そう思えば、納得もいくし、気持ちも楽だ。
「うんうん、俺の嫉妬はそういう嫉妬か…うん、それで行こう」
そう呟いて、汀のことは好きだけれど一過性だから恋愛ではないと自分に思い込ませて、どこかモヤる心の場所はそこに密かに仕舞っておくことにした。
ーお風呂上がったら、謝ろう…LIMEで…ー
今はまだ面と向かって謝れると思えないから、取り敢えずメッセージで謝ろうと思った。
まだあと10日ここにいる。
楽しく過ごしたいからそうすることにした。
ともだちにシェアしよう!

