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欲望

 ゲームセンターを出て今度はカラオケに向かった。  まあ学生の遊ぶところなど決まってしまうものだが、なんとなく昨日2人が別々に行った場所を準えている気がしてきて、2人の内心がますます気まずくなってはいたが、あえてそれは口にはださない。 「みー…汀の歌初めて聞くなぁ」  急に再び名前呼びになった遥翔にーどした?またーと聞いてみるがその返事は 「ん?なんとなくね〜やっぱりみーくんは可愛過ぎかなって。だって本人こんなごっついのに」  歌を入れるタブレットを見ながら、顔も見ずに答える。 「ごっついとは失礼な。じゃあ俺は遥翔な」 「うん、いいよ」  歌うものが決まったらしく、タブレットを置いてマイクを持つ。 「はるk…遥翔の歌も初めて聞くわ。お手並み拝見〜〜」 「聞いて驚けよ〜〜?」  マイクを通してそう言って、遥翔は“天体観測”を歌い出した。  いや歌詞…ー見えないものを見ようとして…ー  何気なく選んだが、どことなく今の自分の気持ちとリンクしそうになり、涙が出ないように、声が詰まらないようにするのが精一杯で、中々音痴に… 「遥翔〜…味がある歌い方だな」  注文したコーラを啜って、慰めるように言ってくる。ー悔しいー次はちゃんと歌える歌にしよう。  しかし今の歌詞はキちゃったなあ と反省する。まるで自分たちの未来みたいだなと思ったら、なぜか込み上げてしまった。 ー 二分後に君が来なくても…ー  そんな日は…こないでほしい… だいぶ歌い込んで、暫し休憩。  頼んだポテトやピザをつまみながら、汀はドリンクバーでまたドス黒い液体をつくり、遥翔はコーラを持ってきた。 「で、はる君は次いつ来られんの?」  ドス黒い液体をストローで吸って、汀はポテトに手を伸ばした。 「ん〜多分高校3年間は来られるかどうか…かなあ…」 「ええ!そんなに来られなくなるん?」  いくら大変でも、高一の夏くらいは来られるだろうと思っていた汀が、少し驚いてつい声が大きくなってしまう。 「まだわからないけど、塾にも2箇所くらい多分行くし、そのせいで夏休みはだいぶ潰れちゃうと思う。付属の大学に内部進学狙ってるけどさ、医学部って門が狭いんだって。評定平均っていうのも維持しないとみたいだし、気が抜けないっていうかね」  やっと色々話せる年齢になったのにな…と汀は思う。  考えてみれば以前6年も会わなかった時期はあったが、あの頃は小さくてただただ遊べないというのが寂しかっただけだ。  しかし成長した今は、会えないの寂しいなと思うのももちろんだけれど、やはり汀の内面にも会えないこと自体が寂しいと言う気持ちが出てきていた。   それが恋愛感情なのかどうかはまだ自覚は無いが、会えないことが寂しいという事だけは事実だった。 「そう言われちゃうと無理に来いとかも言えないけど、でも俺が大学受験になった時、見学とかでそっち行く時もあるかもだからその時くらいは少し時間くれよ」 「その時は俺もう大学行ってんじゃん。その辺りには一回くらいこっちに来れそうだけど、そっかオーキャンね!おいでおいで!宿泊なんてうちに泊まればいいから。今の家少しでかいから住んだっていいよ」  ー受かったら考えるわーと汀も笑って、これから3年間会えなくなるという気持ちもやわらげていった。  晩御飯は、カラオケで何かしら摘んでいた手前あまりお腹が空かず、かといって家に戻ってから時間外して何か食べるのもかあさんやおばあちゃんに迷惑だなということで、軽くマックで食べて帰ることにした。  ポテトはカラオケでたんまり食べたのでいらなかったが、セットの方がお得なので一応頼んでそれは持ち帰ることにした。 「じゃ、また明日〜。どっかいきたいとこあったら連絡して」  家の前で別れて、各々の家に戻る。  毎日会うのは楽しかった。明日はここ2日出かけたから、家で昔やったみたいにまたiPadで映画を見たり、ゲームしたりするのもいいなと遥翔は思っていた。  リュックの中で折れないように財布に入れて持って帰ったプリクラ。  お風呂から上がって髪を拭きながら、それを取り出して見つめてしまう。  どうせ言えない気持ちなんだから、事故でもこんなふうな写真が残ったことに感謝した。  完全に自覚してしまったが、まだ15歳の心のうちではどうにもできない。ただ気持ちを隠しておこうと思うしかなかった。  タオルを頭に被せて、掛け布団の上で寝転がる。  プリクラを見ながら、その瞬間の唇の感触や抱えられた肩大きな手、自分の額にもかかってきた汀の髪などがリアルに思い出され、自然と手が足の間に伸びてしまった。 「え、あ…ダメだろこれ…」  一旦気づいて手をとめ、両手でプリクラを持つがそう言う気持ちが芽生えてしまったら、気持ちよりも先に身体が反応してしまっている。 「だめだって…やばい流石に…」  理性と欲望の葛藤…どちらが勝つかは誰もが知っていた。  少し荒い息を整えて、少し離れたところのティッシュに手を伸ばす。  色々と処理を済ませた後、仰向けに寝転んで天井を見つめて大きくため息をついた。 「まずいなぁこれは…」  枕の脇に置いてあるプリクラを手にして、ーやばいよ、汀…ーと呟く。  言わないにしろ、変な態度で接してこれから受験に向かう汀の心を乱すのもまずい。  もしも、この気持ちがバレた時、振られるのもごめんだ。このまま幼馴染の位置でいるのが一番いいに決まってる。  でも、『そういう』対象で『致して』しまった以上…素直な気持ちで汀に会える気もしなかった。  心がモヤモヤする。どうあっても今までの関係に自分の気持ちが戻れない。  右腕で両目を覆って考える。どうするのが一番なのか。  この気持ちは一生心に閉じ込めて…もう、汀にも会わない方がいい。自分だけが苦しめばいい。  遥翔は、自宅に帰る日を早めに切り上げることを決めた。 ー深い闇にのまれないように 精一杯だったー  今日歌った歌のこんな歌詞が頭に響いた。 「え…?帰った?」  遥翔の祖父母の家の玄関で、iPadや漫画を抱えてきた汀はおどろいた声をあげた。  昨日、家に戻ってすぐに遥翔からLIMEをもらい『前みたいに家でゆっくりしよう』と言われて持ってきた品々である。 「そうなのよ。昨夜ね、9時頃急に言い出して。なんだか学校に一度行かなくちゃいけなかったの思い出したって言って。朝8時にバスで帰っちゃったの。送ることもできなかったのよ〜」  祖母の頼子は、まだ1週間ちょっといるはずだったのにねえ…と少し寂しそうにしている。  前の時と逆だな…と汀は思った。あの時遥翔はこんな気持ちだったんだなとも思ったが、それよりも今回はLIMEがある。なんで教えてくれないんだと憤りもした。 「わかりました…俺馬鹿みたいだこんなにたくさん持ってきて」  苦笑いで紙袋を持ち上げた汀に 「でもみーくんにも言ってないなんてねえ、珍しいね遥翔(あの子)にしては」 「そうですよね、一言くらい言ってくれてもいいですよね。じゃあ、俺は家に戻ります。連絡してみますから」 「そうしてあげて。遥翔(あの子)も、もしかしたらこれからに気を揉んでいるかもしれないから」  大変そうなことは聞いていたから、そう言うこともあるかもだけど… 「それじゃあ」 「うん、またね、みーくん」  玄関を出て家に戻るまで、何も考えられなかった。  前回似たようなことをしてしまったので何も文句は言えないけど…でも昨日はなんでもなさそうだった。また明日って言ってた。  この荷物も遥翔に言われたから持ってきたのに。 「なんだよ…遥翔のやつ…」  乱暴に家に入り、音を鳴らして階段を登り部屋のドアも乱暴に閉める。 「ちょっとなんなの!乱暴にしないで!ってはる君どうしたの?」  階段の下で笙子が叫ぶが、それには応えなかった。  笙子は肩をすくめてリビングへと戻っていった。  新幹線の中で、音は消しているものの頻繁にスマホが震えるのは汀からだと見て知っている。  でも、逃げてしまった自分はもう話す権利も無いからとずっと無視をしていた。既読にして無視するのも違うから、中を見ずに放置する。  まだまだ話足りないのは遥翔も同じだし、急に帰ってしまったとなれば怒るのも無理はない。  恋愛感情…しかも汀が欲しいなんていうませた感情を持った自分は汚れているから、汀に会うのは許されない。  言えない感情だし、もう会えないならばこのまま無視して嫌われた方がマシだった。  前に帰る時は、何で急に会ってくれなくなったんだろうなどと思いながら帰ったなと思い出し、逆な感情の今回は次はないんだなと思い知らされてブルゾンの下のシャツポケットに入れていたプリクラを取り出して、その中の一つをじっと見つめため息一つ。  今はまだ…連絡しようとしてくれている汀の気持ちに擦り寄りたかった。 『家に戻ったら、ブロックしよう』  未だ短いバイブ音を響かせるスマホをとり、リュックにしまう。  甘えてばかりはいられなかったから。

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