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交差点で

 夏休みも終わり、いよいよ汀は受験体制に入った。  インターハイは予選で早々に負けてしまい、夏休みは塾三昧で終わった夏。  英検や漢検等、有利になるものは取れるだけ取ったし、後は勉強あるのみだ。  サッカーの実績で推薦も考えたが、行きたい大学にはそれがなく実力で行くしか無かった。  9月のある日、汀はオープンキャンパスに出かけた。  ちょうど行きたい大学と、その他の候補の学校が土日でやってくれていると知り、一泊で行くと決める。  以前だったら遥翔の家に…と言えたのだが、今はそれは頼れないから自力で、というか親に頼んでそれなりの値段の安いビジネスホテルを予約してもらい、出かけて来た。  大学は楽しそうで、志望校は感触が良くここに来たいなあと思わせてくれることは、これからのモチベーションにもなる。  講堂での説明会も、時間を調べて体育学科のものを聞きに行ったが、わかりやすくてありがたかった。  帰りに門へ向かいがてら、在校生なのだろう部活のユニフォームを着た人たちが大勢ー頑張ってねー、ー是非我が大学へ!待ってるよー などと声がけをしてくれており、もし受かったら俺もやるのかなとか楽しく通り過ぎてきた。  満足を得て学校を出たが、ホテルは上野で今いるのは世田谷だ。  とりあえず渋谷まで行けば上野には行けることはわかっているから、最寄り駅まで向かおうと来た道を戻る感じで歩く。  桜新町の駅まで歩きながら、ーそういや桜新町ってサザエさん家があるとこだなーなどという豆知識を思い出しながら歩き、駅から渋谷へと向かった。  渋谷へついてまっすぐ山手線に乗ろうとも思ったがふと思いついたことがあった  YouTube等で、海外の人が珍しそうに撮影している渋谷スクランブル交差点。今まで一度も行ったことが無かったので見たかったことを思い出したのだ。  ただの交差点なんだろうになあと思ってはいるが何事も経験だ、と表示を頼りに外へ出てみると、出てすぐにもう土曜日ということもあり目の前が人人人でなんだこれは!とびっくりした。  次にはその集団が一斉に動き出し、それに流されるままに歩いてゆくと、気づけば駅の反対側の歩道に立っていた。 「おおお…恐るべし…」  自力でここまできた気がしねえ…。声にこそ出さなかったが、身長のおかげで交差点を渡っているなとは気づいていたがなんだか実感がない。  悔しいから、今度は駅に戻る時にその実感を!とその場で信号が変わるのを待っていたら、2列ほど前に背の高い男性が見えた。 「おお、でけえ。俺よりでかいかな同じくらいかな」  汀の身長は高校に入って少し伸びて、夏休み前に測った時には185まで行っていた。そういう点では自分も目立ってはいるのだがそれには気づかずに、目の前の男性を見てしまう。あまり同じような身長は身近にいなかったから。  するとその男性は連れがいるようで、身長差は10cmほどか女性だとしたら大きいし、髪の長さから言っても男性に見えるが… 「遥翔!」  その低い方の男性が横を向いてその男性を見上げた横顔が、遥翔だったのだ。  見間違えるわけがない。  少し大人な顔になっているけど、昔と変わらない可愛らしい顔をして笑っていて、はぐれないようになのかなんなのか男性の腕を抱えている。  その声に驚いて振り向いた遥翔は、汀の顔を見て本当に驚いた顔をして汀を見つめ、そして交差点とは別に横の方へ走り出して行こうとした。  そんな時丁度信号が変わり、休日の人の波が交差点へと流れてゆき遥翔もその流れに巻き込まれて、というかそのほうが楽だと思ったのか小走りにその流れに乗り、駅まで行こうとしているようだ。 「待てよ遥翔!待てって!」  同じ様に波にのまれながら遥翔を追う汀だが、こんな人混みは当たり前だが慣れていない。  声を上げる人もそうそういない場所で声を出すのは勇気がいったが、後ろを振り向きながら流れに乗って離れてゆく遥翔を見ながら歯噛みする。  今捕まえないとまた会えなくなる。  その時不意に腕を掴まれ 「渡ったところで待ってて。ハチ公ってわかる?その真ん前にいて。真ん前だよ。絶対連れて行くから」  さっき遥翔と一緒にいた男性だった。 「え…はい、わかりました」  汀は追うのをやめ、男性は人混みに慣れているようにするすると前進していく。 「すげえ…。しかしえらい美形だったな今の人。都会の人だ…」  波に乗って歩いている汀は、渡り終わったところで確かこっち…とハチ公まで向かっていった。  待つこと15分。  あまりに時間がかかっていたので、まさか一緒に逃げたんじゃあ…と不安になった頃遥翔の背を押して男性が来てくれた。 「帰る一点張りでさ、大変だった」  苦笑しながら遥翔を汀の前に送り、 「ここじゃあなんだから、どっか入ろうか」  と逃げないように遥翔の手首を掴んで男性が先導してくれて、とあるカフェに入った。  取り敢えず新作で、とそのカフェのフラペチーノを持ってきてくれて、 「俺後ろに座ってるから、話しなね」  男性は遥翔の後ろの席を取って、自分はコーヒーを飲み始めていた。  遥翔は体を斜めにして 「すみませんでした、丈瑠さん」  とお礼をいい、 「いいよ、その子だろ?例の…」 「ちょっ!それは」  丈瑠と呼ばれた男性は、ごめん〜と笑ってまた背中を向けてくれた。  2人は向かい合ったまま黙って座り込み、何から話たらいいのか…と自分の言葉を選んでいる様だった。 「あ…えっと…久しぶり…」  取り敢えず挨拶だろうと、汀から口を開く。 「ん…久しぶり…きょ…はどしたのこんなとこで会うのびっくりした」  遥翔は声が掠れてケホンとしてから言い直す。 「うん、オーキャンだったんだ。俺ね、体育学部行く事にしたんだよ。それでその見学に」  遥翔は少し嬉しそうに顔を上げて 「夢をちゃんと追ってるんだね…頑張ってるんだ、汀」 「あ、遥翔も合格おめでとう。医者への道に近づいたじゃん。遥翔だって頑張ってるよ」  そう言われてー俺は…ーと口ごもる。  汀はさっきから、遥翔が一緒にいた男性が気になって仕方がない。 「あの人は?」  少し声を顰めて遥翔に聞くが、遥翔は押し黙るばかりで何も話さなくなった。  それが聞こえたのか、男性は 「あ、俺は遥翔のバイト先の大先輩。よろしくね、汀くん」  わざわざ『大』をつけてくる先輩なのだから、そのバイト先でのキャリアは長いのだろう。少し…というか結構年上にも見えたが綺麗な男だった。なんのバイトなのかは気になるところ。 「え、俺の名前!?」 「話は聞いてるよ。ここじゃあ話しにくいかな」 「丈瑠さん!もうその辺で…」 「遥翔、ここで逃げちゃダメだよ。こんな人がいっぱいいる東京で、たった1人の人と出会う確率ってどんだけだと思う?まして汀くんは東京に住んでないんだよ?」  後ろからそう言われて、遥翔の両手が握り込まれた。  確かにそうだ。学校の友達ですら偶然会うことなどないのに、こうやって汀に会えたことは奇跡みたいなものである。 「遥翔…話すことがあるなら言って。俺も話したいことあるから…」  汀に話すことと言ったら全部を言わないといけないし、言わないと話が伝わらない。  だから言いにくいが先に立ってしまう。 「どこか他に静かに話せる所入るか?俺の家はちょっと遠いし…どっかないかな」  丈瑠が気を遣ってはくれるが、たった今奇跡の様に再会して心の準備なんてものがない中で汀に今までのことを話すと言うのは、自分には無理だ。 「丈瑠さん、ちょっと…ちょっと待って。今の今で話すのは…」  2人のテーブルに手をついている丈瑠の薄手のシャツを掴んで遥翔は首を振る。  それを見て汀がため息をついた。 「今じゃなくてもいいから…俺にもきちんと話する機会をくれないかな」  汀にそう言われて、遥翔も腕を下ろした。 「うん…わかった…。でも汀、今は…汀は受験に専念してほしい。俺が話すことでなんだか気持ちが乱れちゃうのが嫌なんだ。受験はしっかり取り組んで、そして受験が終わったら…また会お?そこで…全部話す…俺が逃げた理由とか…会わなかった理由とか…」  遥翔はこういう人だった。自分より俺のことを考えてくれる。と、若干俯いている遥翔を見つめた。 「そう来たか。じゃあそれまで俺がちゃんと見張っとくよ、汀くん。逃げないように」  丈瑠という男性が遥翔の隣に座って、遥翔と肩を組んでくる。  汀はそれを咄嗟に叩いて外してしまった。 「あっ…」 「え…」 「おや?」 「あ…の、すすすみません」  恐縮する汀に丈瑠はニヤニヤと笑い、 「受験終わるの2月だね。楽しみだねえ?遥翔ぉ」  そう言いながら今度は背中をポンと叩いてまた後ろに戻ってしまった。 「LIMEも…解除するね…」  ほんと勘弁して、と丈瑠に告げた後遥翔は汀にまた向き直る。 「うん…ありがとう。勉強でわからないところとか教えてくれたら嬉しい」 「できるだけ力になるよ、俺でよければ」  そこまで関係がほぐれて安心したついでに、汀は一つ言っておくかどうか迷っていることを思いついた。  どうしようか迷ったが、遥翔はもう受験終わったし次に会うことも約束してくれたから、ずっと申し訳なく思っていたことを言うことにした。というか、なんだか言わないといけない気持ちになっている。 「あ…のさ。俺もずっと隠してたことあって…言おうとも思ってたんだけど、ずっと言えなくて、でもいま言っておこうと思うんだけど…」 「なに?」  汀は覚悟を決めた顔をして遥翔の耳元まで近づくと何かを呟いた。  その瞬間遥翔の顔が驚き、それからくしゃっとした笑みになる。  汀も言うだけ言ったので満足して、買ってもらったフラペチーノを『いただきます』と言ってやっと口にした。

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