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お互いの感情

 遥翔は大学に行ってからはバイトの本数も増やし、学費等で迷惑をかけている分自分のことは自分でと思って少しずつでもお金を貯めようとしていた。  多分、汀は大学でこちらへくるだろう。そうしたら慣れない土地で緊張した気持ちが少しでも休まるように、自分の部屋を用意していつでも来られるようにしたいとも思っていた。  バイト先は都内では無かったために、向こうから電話をもらって都内で人と会うことにしていた。  遥翔は『パパ活』のアルバイトをしていたのだ。  丈瑠はそれを仕切っている店の副店長で、その店は会員制のBoy’s barとなっており、上品な紳士に極上の男の子を提供している店だった。  もちろん本来身体の関係も込みではあるが、色々な男の子を揃えたいと言うことで、遥翔は食事や話をメインにする所謂『売り』のないキャストであった。  時々店に顔を出して店内待機というのもするが、大抵が電話依頼で出かけてゆくことが多かった。  最初は汀のこともあって、汀の代わりに自分に『して』くれる人を…と思って始めたが、汀もそうだが親や祖母、そして何よりも母親を裏切ることができなくてこういう形をとっている。  通うバイトより自由度が高くて気に入ってはいた。  そして、遥翔は早いうちから伝えておこうと今のタイミングで、2年になったら自立することを父親や祖父母にも話した。  1年のうちは、世田谷の家からは通いやすいところにキャンパスがあるが、2年になると品川の方へ通うことになる。そうすると通いにくくなるからと、伝えると意外にも父親から 「お前が小さい時に母さんと住んでた家、まだあるぞ」  という言葉を聞いた。  父親が家の病院に入るため、円満別居していた母親と2人で暮らしていたあの家がまだあるという。  暫くファミリー向け賃貸として貸していたが、ここ2、3年空いているのだそうだ。 「2年から田町なんだろう?最寄りは戸越銀座駅なんだがそれほど遠くもないしちょうどいいんじゃないか?」  願ってもない事だった。  賃貸でもなんでもない、しかも一軒家。そして昔住んでいた家。  一人暮らしには勿体無い気もするが、それでも人から借りる家は少し抵抗があったから 「住んでいいの?」  と前のめりになってしまった。 「そうね、せっかくあるのだし勿体無いわ。それじゃあリフォームしましょうか。遥翔の要望もいれていいわよ。遥翔がそのまま結婚しても住めるようにしてしまいましょう」  祖母の麻里子もそう言ってくれて、そんなに要望はないけれど気が早いよおばあちゃんと笑いながらも、掃除が楽な様にしたいとだけ言っておいた。  母親がくれた夢を叶えつつある今、また母親と暮らした家に戻れるなんて最高な事だと思う。  部屋に戻り、ずっと飾っている母弥生の写真をみてー本当にありがとう。いつも見守ってくれてるのわかってるーと手を合わせた。 遥翔[聞いて!小さい頃住んでた家に住んでいいって言われたんだ。汀がこっちに来たらいつでも遊びにこられるよ!だから頑張れ]  遥翔からのメッセージを受け取ったのはお風呂でだった。 汀[マジで?凄いじゃん。一軒家って言ってたよな。さすが医者の家だな] 遥翔[その境遇は感謝してるけど、家具とかは俺自分で揃えるつもりだからな。親に頼ってばかりいらんないし] 汀[バイトしてるって言ってたもんな。あの丈瑠さんと一緒のとこだろ?俺もそっち行ったらバイトしなきゃだなぁ。両立できるかな。遥翔すごいよ]  そこはあまり突かれたくないところなので、話を変えたいが 汀[なんのバイトなん?丈瑠さんもどえらく美形だったし、遥翔もそこそこ可愛い系な顔立ちじゃん?俺じゃ務まらなそうなところだな 笑]  きた…なんと言えばいいのか… 遥翔[その話も、受験終わった時の話でね。ちゃんと話すから] 汀[俺じゃあ務まらないってことだな 笑笑 俺も丈瑠さんの隣に立つ勇気ないわ笑]  今はそう思ってくれてた方がいいな、と話は切り上げた。 遥翔[どう?勉強。英語と国語だけだと、返って絞りにくくて要点定めにくいよね] 汀[マジそれ。漢字やったり長文やったり英語も似た様なもんでさ〜塾でヒアリング強化してやってくれてるけど、まあ経験値の積み上げなんだろうな。やるしかないわ] 遥翔[うん、ほんと頑張って。受からないとこっち来れないんだろ?俺がつまんないから頑張れ 笑] 汀[それで受かれば苦労はないよ] 遥翔[まあそうだよね 笑 今何やってた?] 汀[風呂 笑] 遥翔[また??のぼせるなよ〜?] 汀[あん時よりは体力ついたって。まあでもそろそろ上がるわ。また連絡する] 遥翔[わかったー。水分摂るんだよ] 汀[りょーかい 笑] 遥翔[笑ってるしー、ちゃんとね。じゃ] 汀[うい〜]    スマホを置いて、遥翔は愛おしそうにそれを見つめた。  渋谷で会った時も、LIMEを解放するとは言ったがこんなに昔みたいに話す気は無かったのである。  今度会って全てを話したら、キショいとか言われて疎遠になるかもしれないと思っているから…。  でも、最後の方で汀が耳元に口を寄せて照れくさそうに言ってくれた言葉が、遥翔の心を一気に溶かしてくれていた。 『誤魔化してたけど、俺のファーストキスははる君だったよ』  その言葉を思い出し、自分のこの気持ちもちゃんと伝えようと思った。  だって汀が思い切って言ってくれたであろうこの言葉は、勘違いかもしれないけれど、告白だと思うから。   「俺、自惚れちゃっていいのかな…」  机に両手枕でスマホを見ながら微笑んだ。

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