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親心
浴槽から上がって体を流しながら、汀は考える。
渋谷であのことを打ち明けたのは、その時の精一杯の告白のつもりだった。
汀とて、あの写真で何もしなかったわけでもないし触れたい衝動を抑えた夜もあったのは事実だ。
だからあの時会えた奇跡は絶対に逃したくなかったし、もしかしたらまた消えてしまうかもしれないという恐れも持っていた。
丈瑠さんと言う人に助けてもらった形にはなったけど、あの時遥翔がまた会って話すと言ってくれたときには3年抱えていたモヤモヤが、嘘の様に晴れたものだった。
そうして、今日のように他愛もない話をできるのも嬉しかったが、あれを告白と取ってもらえたかはわからない。
ファーストキスはプリクラの時じゃないよ、とは言っていないからまだ半分ほんとの話ではないけれど、それを言った時の顔は楽しみでもあり少し怖くもある。
ーちゃんと起きてる時がよかったー なんて言われるのは理想的すぎるな、などと苦笑しながらも、実際はそれで次の日見送りなかったのかとか、つまんないことだなとか言われるんだろうな…と言う覚悟もするのは必要だと考えていた。
年が明けたときも、受験が終わるまで会わないと言っていた遥翔はやはりこちらへは来なかった。
汀も2月1日が試験日なので実際それどころではなく、英語に難ありと自覚があるために長文や単語、文字当て等毎日必死に繰り返しやっている。
共通試験は、やらなくてもいい勉強で気が散るかと思って申し込まなかったが、受験費用が安くなると知った笙子に後に少し怒られた。
そして2月9日。合格発表の日だ。
汀は眠れなくて一晩中起きていた。
合格しますように合格しますように
祈る様にそう言い続け、漫画を読んでもゲームをしても何をしても落ち着かず、遥翔にLIMEも違うなと封印してまんじりともしない夜を明かした。
発表は朝の6時から。
リビングでiPadに家族3人張り付いて、6時を待つ。
15分ほど前に入れてもらったコーヒーは、誰も飲まないまま既にぬるくなっており、3人は学校のHPを開いたままもう10分も見つめていた。
「こう言う時って1分1分が長いのよね」
汀の左側で笙子がそう言うと、右側で父親が
「30秒ももどかしいな。世の親御さんたちは、こんな日を送っていたんだと思うと尊敬できるほどドキドキするよ」
と、胸を押さえている。
汀は他を受けてはいない。この大学一本に絞り、ダメだったら地元のトレーナー養成の専門学校に滑り混むつもりだ。
それは絶対に嫌だったから祈る様な気持ちで時間を待つ。
つけていたテレビが時報をうち、汀がリロードすると『合格者発表』の文字が出てそれを押す。
受験番号であろう数字がずらっと並び、汀の番号は1112番。なんとなく惜しい感じではあったが、覚えやすくてよかったとは思う。
スクロールして辿ってゆくと…
「1109、1110、1112…あった…」
汀が見つけた1秒後に、笙子が大声をあげて、喜びより驚きに変わってしまった。
「あった!あったあったあった!おめでとう〜〜みぎわ〜〜〜〜〜」
汀の頭を抱えてブンブンし始める笙子を、止めるでもなく汀の肩をーおめでとう〜〜ーと言いながら揺さぶる父親。
「ちょっ!ねえっ!痛えよいてえ!」
肩と頭を逆に振られているので痛いのだが、それは喜びの中の痛みだった。
本当に嬉しい。
LIMEが鳴り、画面に
遥翔[おめでとう!!よかった!]
が見えた。遥翔もネットで確認してくれていたんだなと、ふりまわす両親を止めて、スマホを手にした。
汀[ありがとう!やったよ!ありがとう]
遥翔[ほんと良かったよ。ダメだったら責任感じるとこだった]
汀[そんなわけねーだろ。なんでよ笑 取り敢えずまた連絡する。学校行ったり色々あるから]
遥翔[わかった。改めておめでとうな]
汀[うん、ありがと]
遥翔[じゃ、また後で]
汀[うん]
真っ先に連絡をくれた遥翔に感謝をして、もう少し時間のある汀は自分の番号が表示された画面を見ながら、感慨に耽っていた。
「あ、ちょっと待って」
そんな隙に朝食作りにキッチンにいた笙子が戻ってきて、その画面をスクショしてまた戻っていく。
「かーちゃん…」
子煩悩過ぎねえか?と見つめてしまうのも仕方のないことであった。
「うわっ!広くなったね!」
リフォームをかけたという懐かしい家は、母弥生の思い出もちゃんと残っていながらも、ほぼ新築じゃないか?と言うほど綺麗になっていた。
玄関入って小さなホールを抜けると、今まではリビングと左側に6畳の和室が少し高く設置されていたのだが、それがなくなって一階がワンフロアになっていた。
キッチンの場所と形が母がいた頃のままに存在し、全て新しくはなっていたがその場所で母が食事を作っていた記憶が蘇るほどには昔を残してくれていた。
「私はあまりこの家には来たことがなかったでしょ?|廉遥《やすはる》と弥生さんが2人で設計したって聞いたから、|廉遥《あの子》にも意見聞きながら、やったのよ」
どうりで全く変わったのに母の思い出が蘇るはずだ。遥翔は父親にも感謝した。
この家に汀を招くのも今から楽しみである。
そんなことも思いながらも。住むからには家具だ。
それからは、今はもう春休みに入っている遥翔は、そういうのにセンスの良さそうな丈瑠とその友人の人と一緒に家具を選んでもらったりして、汀が東京に引っ越してくるまでにはきちんとしておこうと動き出した。
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