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お互い様

「玄関に部屋がある…」  汀の東京での部屋も決まった3月半ば。  学校への手続きも部屋の備品等も揃い一段落したこの日、初めて遥翔の住む家へやってきた。  例の、渋谷で約束した受験が済んだら全てを話すと言う日が漸くやって来た のだ。  夕飯も外で済ませ、夜を徹して話す覚悟で汀はやってきた。  玄関ホールでそう呟き、ーどうぞーと言われ入ったリビングも広くて 「俺の借りた部屋の10倍くらいある…」  と目を見開いた。 「そんな大袈裟な…まあでもおばあちゃんが頑張ってくれてさ、父さんと相談しながら俺の母さんの思い出も残してくれてね、キッチンの感じなんかはその時のままなんだよ。でもこっちの広いのは俺もびっくり。俺の要望は掃除しやすくってだけだったんだけどね」  と少し嬉しそうであり困ったようでもあるような複雑な表情をする。 「こっちの広い所は元々和室でね、一階は1LDKだったんだけど全部さらっちゃって」  ここまでするとは自分でも思っていなかったと告げるが、広い事実は変わらない。 「でもいい部屋だね。住みやすそうだし。でも1人は広くね?」 「うん、だから俺は一階でしか暮らしてない。見て、ソファの布団」  言われて見てみたら、和室があったと言われた方には大きなソファが3台おいてあり、そのソファがまたでかい。  どれもが座る場所は大の大人があぐらをかいてもあまりある広さだ。  そこの一つに布団が畳んで置かれていて、 「もうこの一階だけで広めのワンルームと思うことにした」  と笑ってキッチンへと向かった。 「何か飲む?お茶もコーヒーも紅茶もコーラもなんでもある。おばあちゃんがねえ…」  さっきからおばあちゃん連呼だが、よっぽど孫が可愛いのか随分と手をかけてもらっているようだと、汀は微笑ましくなる。 「遥翔は俺んちの方のおばあちゃんにもこっちのおばあちゃんにも可愛がってもらってるよな」  布団が乗っていないソファに座って、座り心地を試す。悪くないどころか最高だ。 「ん〜あれじゃない?母さんが早くにいなくなっちゃったから、おばあちゃんたちお母さんがわりなんだろうね」  どうせコーラだろうと500のペットボトルを持ってきて手渡し、遥翔も汀のソファに直角に置かれている隣のソファへ腰掛けた。  ソファが大きい分、距離が遠い。  隣にくればいいのに、と思ったが今日は遥翔の話を聞きにきたのだから、遥翔のスペースで話させてあげようとコーラの蓋をプシュッと音を立てて開けた。 「さて、何から話そうかな」  自分の分のコーラを開けて一口喉を潤した。 「まあ、あれだね…急に黙って帰っちゃったことからかな」  もうそこから言いにくくて、コーラの蓋をカラカラと占めてテーブルへ置いた。 「うん。何があったのか俺にはさっぱりなんだよ。未だにね。そこはまず知りたい」  汀もコーラを置く。  遥翔は一つ深呼吸をしてーあの日の夜にねーと話し始めた。 「プリクラを撮った日の夜、俺さ…あの…」  言いづらそうな遥翔にコーラを手渡して、 「遥翔のペースでいいから。ゆっくりな」  と自分もコーラを一口飲んだ。  遥翔ももう一度コーラを口にしてそれを手に持ったまま話し始める。 「あの時ね、俺…み…汀をおかずに…その…1人で…」  おかずと聞いて、やはり男で有る汀も理解ができるが少々驚いた顔をして遥翔を見てしまった。   コーラを持った両手の間に顔が入ってしまうのではないかと言うほど俯いて、遥翔は小さな声で 「汀をおかずに1人でしちゃったんだよ」  少々投げやりにそう言って、ますます顔が埋まってゆく。  今でもそうしているが、あの時のことを思い出すのは恥ずかしい。ましておかずにした人に話すのなんてことはあり得ることではない。 「え…それ…」  汀の声が掠れていた。  その声に体を震わせて 「ごめん…」  とまた小さな声で遥翔が言うと 「…遥翔、そんなことで悩んでたのか?俺なんかやらかしたかと思ってた」  汀はなんだか安心した顔で、ソファに寄りかかる 「え…え?そんなこと…なの?」  汀の反応が意外すぎて遥翔も思わず顔を上げてしまう。  そして汀の口から 「まあ…その日じゃないけど、俺だって…」  と言う衝撃発言が。  今度は遥翔の顔が、何を言われたのかわからない顔になり、その次には 「俺は…そうしちゃったら、汀の顔が見れなくなっちゃって、いっぱい考えて、どうしようか考えて、ずっとあのままでいたかったけどそんなことしちゃったら俺はもう…みーくんを…」  自分では(いた)く重要に捉え、それこそずっと悩んで考えて、それを機にあわない決心までしたのに、なのになんでそんな簡単に言うんだよ!とやり場のない気持ちを遥翔は爆発させてしまった。  汀は軽はずみな自分の言葉を反省した。  そしてみーくん呼びが懐かしくて、あの時に戻りたくなった。 「はる君ごめん、軽く扱ったわけじゃないんだけど、お…れだってはる君おかずにしてたの本当だし…だけどそんな深刻に考えてなくて。それで…」 「言わなくていいそんなこと本人に!」  拗ねたような目が汀を見てくる目に、『言い出したのはる君じゃんか〜』と思うがそこからはさりげなく目を逸らして 「でね…はる君がちゃんと言ってくれたから俺もちゃんと話すけど俺、まだきちんと伝えてないことがある」  今度は睨むような目で汀を見て、 「なに…」  と問い返す。 「中2の時にはる君が帰る時見送りに行かなかった時の事」  遥翔はゆっくりと思い起こす。 「あの日の前日、はる君寝ちゃったじゃん、俺と遊んでて」 「うん、あれは俺が寝ちゃったからみーくんが気に障ったんだと思っちゃってた。あとで違うって言われたけど」 「うん、ほんと違うんだよ。あん時な、はる君敷居を枕にして寝ちゃっててさ、痛そうだったから俺…はる君の頭の下に座布団入れ込もうとしたんだ。二つに折ってね。で、頭持って座布団入れようとしたら…顔が近づいちゃって…その時に…俺ははる君にキスした。渋谷で言ったファーストキスの話は、その時の話…で」  流石に汀も照れてくる。  コーラを煽ってはーへへっーと笑い、遥翔もジーッと汀を見つめた。 「俺あの時…みーくんにキスされた夢見てたよ…あれは…現実だったってこと…?」 「ん…俺がはる君にキスしたよ。高校に受かってこっちに…いやあっちに来た時にさ、はる君が実際にされたことがすぐに夢になるって言う話した時に、俺はバレたかと思ってビクビクしてた」  それはリンクしなかった。顔にGが這った夢を見た話だとは思い出したが、その時にそれはリンクできなかった。 「それで…見送りに来なかったわけ?学校に行ったのも嘘?」 「うん…公園にいた…」  それはちょっとーなんだよ〜ーとは言えなかったが、なんだかだんだん気づいてくることがある。 「だからさ…俺はその頃から…ん〜〜…はる君で…」  遥翔は汀の顔を見るが、汀はコーラを見つめている。 「はる君…こっち座んね?」  目は合わせないままソファを少しズレて、汀がポンポンと隣を叩いた。 「うん…」  遥翔も頷いて隣に座った。距離は30cm 「なんだかこれまでの話でびっくりする事多くて、俺…もしかしてつまらないことで悩んでた?」 「つまらない事かどうかは…個人の考えだろうけど…」  汀もちょっと言葉に詰まって黙ってしまった。  遥翔は話も途中だったし、まだ言わなきゃなこともあって 「じゃあ話の続き…」  両足を抱えるようにソファにあげて、話し始める。

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