18 / 20

お互い様

 3月半ばに、汀は東京へとやってきた。  母親と共に何日か東京に留まり、部屋を決め、学校の定める備品等も揃え、徐々に東京(ここ)で生活するんだ、という気持ちを高めてゆく。  部屋は、最寄駅から徒歩15分ほどの1DK。汀の足なら10分程度で着くだろう。  1DKにしたのは、片付けができなかった時に、一部屋に詰め込んじゃいなさい!という(先人)の知恵だ。  それでもきちんと片付けられるように躾けていた笙子には、それは必要ないだろうことは一番よくわかっていた。  部屋決めのもう一つの要因は、駅から部屋までの途中にコンビニもスーパーもあり、その便利さだといってもいい。 「あんたズボラなんだから、毎日ちゃんと洗濯するのよ。運動系なんだし。ご飯もコンビニばっかじゃダメだからね。スーパーもあるんだから自炊よ、じ・す・い」  部屋で備品や届いた荷物を解きながら笙子が言い募るが、家で本当に簡単な卵焼きやチャーハンなどを教えられたことなどそれも含め、今の汀にはありがたいとしか思えなかった。  以前は、うるせえな、としか思わなかった小言も今現在は寂しさすら感じる。 「俺甘えてたなあ」  キッチンでカップなどをしまいながら汀は呟いた。 「なんか言った?」  壁に耳でもあったのかと思うほど、鋭いツッコミが来て 「何も言ってねえよ」  などと反発するのもまた、親離れの最終段階だ、と汀は小さな食器棚を閉めた。  カップといえばいつか遥翔のも…などとそんなことが急に浮かび苦笑する。  『まだ、そっちは最終段階が済んでいなかったな』  これから何日か後に、直接対決せなばならない。  ことと次第によってはそんな甘いことは起こらないかもしれないから、今は… 親離れだけ考えていようと立ち上がった。 「かーさん今日泊まってくんだろ?」  今度はさっき買ってきた皿数枚を出しながら笙子に問うが 「今日は帰るわよ。今日あたり帰らないとお父さんが干あがっちゃうじゃない。あんたと晩御飯食べたら帰るわ」 「あ、そうなんだ。この部屋に一泊くらいするのかと思ったからさ」  皿をシンク上の戸棚にしまって扉を閉める。 「なあに?あんた寂しいのぉ?だったら泊まってやらないこともないわよ?」  肩から擦り寄ってくる笙子を手のひらで押し返しながら 「そういえば布団一組しかないから無理だね」  と思い出して、隣の部屋の布団を袋から出す作業を始めた。 「一緒に寝る?」 「寝ねーわ」  もう母の揶揄いが面白くなってしまって、汀も笑ってしまう。 「まあ、そうね。息子とはいえ、男と一緒の部屋は落ち着かなーい。お父さんとこに帰りましょ」  箱から出した衣類を畳もうと床に座り、一枚一枚を丁寧に折りたたむ。  その姿もすでに懐かしいなと手を止めて見てしまう汀だが 「ちょっと、畳み方覚えてね、箪笥の中ぐちゃぐちゃにしないのよ!」  といきなり言われ突発的に『うるせ』と再び布団出しにかかった。まだ甘えん坊だ。  夕方になり、近所のご飯屋さんを探索しながら、地元の洋食屋に2人で入る。  内装も特に可愛らしいわけでもなく、それでもオムライスやエビフライという日本の洋食という分類のメニューが並んで、汀はこの店が気に入った。  遥翔もつれてこよう、と今は自然にそう思った。  その後、笙子は19時台の新幹線で帰るためそのまま最寄り駅へと向かった。 「改札まででいいわよ」  と言ってさっさと切符を改札にいれて中へ行ってしまった母を見ていた汀は、その母の背中がやけに寂しそうに見えたことに軽くグッときたがその直後に右手が目をなぞったことがより汀の心刺さった。  今の光景が写真のように切り取られ、いつまでも消えない記憶になるんだな、と漠然と思い、グッとくるものを堪えるのに必死にならなければならなかった。  そして振り向いて笑って手を振る笙子に手を振りかえし、汀はちゃんと大学生活やろう、と決意を新たにした。  それから5日後。  遥翔と汀は連絡を取り合い、汀が遥翔の家に行くことになった。  最終決戦だ。  汀の家ほどの一軒家だったが、見た目がなんだか可愛らしくて、その外観を見て汀ですら幼い頃見ただけの弥生が浮かぶほどだった。 「可愛い家だな」  その呟きに『え?』と振り返った遥翔は 「あー…ね。外装の指示は母さんだったって聞いてる。母さんらしいよね」  と笑って、まずは入りなよ、と玄関を開けた。 「玄関に部屋がある…」  夕飯も外で済ませ、夜を徹して話す覚悟で汀はやってきた。  玄関ホールでそう呟き、ーどうぞーと言われ入ったリビングも広くて 「俺の借りた部屋の10倍くらいある…」  と目を見開いた。 「そんな大袈裟な…まあでもおばあちゃんが頑張ってくれてさ、父さんと相談しながら俺の母さんの思い出も残してくれてね、キッチンの感じなんかはその時のままなんだよ。でもこっちの広いのは俺もびっくり。俺の要望は掃除しやすくってだけだったんだけどね」  と少し嬉しそうであり困ったようでもあるような複雑な表情をする。 「こっちの広い所は元々和室でね、一階は1LDKだったんだけど全部さらっちゃって」  ここまでするとは自分でも思っていなかったと告げるが、広い事実は変わらない。 「でもいい部屋だね。住みやすそうだし。でも1人は広くね?」 「うん、だから俺は一階でしか暮らしてない。見て、ソファの布団」  言われて見てみたら、和室があったと言われたリビングには大きなソファが3台おいてあり、そのソファがまたでかい。  どれもが座る場所は大の大人があぐらをかいてもあまりある広さだ。  そこの一つに布団が畳んで置かれていて、 「もうこの一階だけで広めのワンルームと思うことにした」  と笑ってキッチンへと向かった。 「何か飲む?お茶もコーヒーも紅茶もコーラもなんでもある。おばあちゃんがねえ…」  さっきからおばあちゃん連呼だが、よっぽど孫が可愛いのか随分と手をかけてもらっているようだと、汀は微笑ましくなる。 「遥翔は俺んちの方のおばあちゃんにもこっちのおばあちゃんにも可愛がってもらってるよな」  布団が乗っていないソファに座って、座り心地を試す。悪くないどころか最高だ。 「ん~あれじゃない?母さんが早くにいなくなっちゃったから、おばあちゃんたちお母さんがわりなんだろうね」  どうせコーラだろうと500のペットボトルを持ってきて手渡し、遥翔も汀のソファに直角に置かれている隣のソファへ腰掛けた。  ソファが大きい分、距離が遠い。  隣にくればいいのに、と思ったが今日は遥翔の話を聞きにきたのだから、遥翔のスペースで話させてあげようとコーラの蓋をプシュッと音を立てて開けた。 「さて、何から話そうかな」  遥翔は、自分の分のコーラを開けて一口喉を潤した。 「まあ、あれだね…急に黙って帰っちゃったことからかな」  もうそこから言いにくくて、コーラの蓋をカラカラと占めてテーブルへ置いた。 「うん。あの日から、何があったのか俺にはさっぱりなんだよ。未だにね。そこはまず知りたい」  汀もコーラを置く。  遥翔は一つ深呼吸をしてーあの日の夜にねーと話し始めた。 「プリクラを撮った日の夜、俺さ…あの…」  言いづらそうな遥翔にコーラを手渡して、 「遥翔のペースでいいから。ゆっくりな」  と自分もコーラを一口飲んだ。  遥翔ももう一度コーラを口にしてそれを手に持ったまま話し始める。 「あの時ね、俺…み…汀をおかずに…その…1人で…」  おかずと聞いて、やはり男で有る汀も理解ができるが少々驚いた顔をして遥翔を見てしまった。   コーラを持った両手の間に顔が入ってしまうのではないかと言うほど俯いて、遥翔は小さな声で 「汀をおかずに1人でしちゃったんだよ」  少々投げやりにそう言って、ますます顔が埋まってゆく。  あの時のことを思い出すのは恥ずかしい。ましておかずにした人に話すのなんてことはあり得ることではない。 「え…それ…」  汀の声が掠れていた。  その声に体を震わせて 「ごめん…」  とまた小さな声で遥翔が言うと 「なんだ…」  汀のホッとしたような声がして、遥翔は顔を上げた。 「俺、遥翔になんかしちゃったかなって、めっちゃ悩んだぞ」  遥翔が想像していた蔑むような目ではなく、汀は笑っている。 「でも、俺は…そんな対象に汀を見ちゃって…もう顔合わせられないってなっちゃって、それで…帰っちゃおってなって…」  また段々と顔が下を向いていく遥翔の膝に手を置いて、 「じゃあ、俺も言わなくちゃならなくなるじゃん?」  そう言われて、ちらっと見た汀がなんだかちょっと、悔しいくらいに男に見えて、遥翔はますます動揺してしまう。 「俺は…そうしちゃったら、汀の顔が見れなくなっちゃって、いっぱい考えて、どうしようか考えて、ずっとあのままでいたかったけどそんなことしちゃったら俺はもう…みーくんを…」  自分では(いた)く重要に捉え、それこそずっと悩んで考えて、それを機にあわない決心までしたのに、なのになんでそんな簡単に言うんだよ!とやり場のない気持ちを遥翔は爆発させてしまった。でも…  『って、みーくんの言わなきゃならないことって…?』  汀は軽はずみな自分の言葉を反省した。  そしてみーくん呼びが懐かしくて、あの時に戻りたくなった。 「はる君ごめん、軽く扱ったわけじゃないんだけど、お…れだって時期は違うけどはる君おかずにしてたの本当だし…だけどそんな深刻に考えてなくて。それで…」 「言わなくていいそんなこと本人に!」  拗ねたような目が汀を見てくる目に、『言い出したのはる君じゃんか~』と思うがそこからはさりげなく目を逸らして 「でね…はる君がちゃんと言ってくれたから俺もちゃんと話すけど、俺まだきちんと伝えてないことがある」  今度は睨むような目で汀を見て、 「なに…」  と問い返す。 「中2の時にはる君が帰る時見送りに行かなかった事」  遥翔はゆっくりと思い起こす。 「あの日の前日、はる君寝ちゃったじゃん、俺と遊んでて」 「うん、あれは俺が寝ちゃったからみーくんが気に障ったんだと思っちゃってた。あとで違うって言われたけど」 「うん、ほんと違うんだよ。あん時な、はる君敷居を枕にして寝ちゃっててさ、痛そうだったから俺…はる君の頭の下に座布団入れ込もうとしたんだ。二つに折ってね。で、頭持って座布団入れようとしたら…顔が近づいちゃって…その時に…俺ははる君にキスした。渋谷で言ったファーストキスの話は、その時の話…で」  流石に汀も照れてくる。  コーラを煽ってはーへへっーと笑い、遥翔もジーッと汀を見つめた。 「俺あの時…みーくんにキスされた夢見てたよ…あれは…現実だったってこと…?」  たった一回の昼寝の夢を我ながらよく覚えているとは思うが、遥翔はそれにも縋って今まで来ていたことにも今気づいた。 「ん…俺がはる君にキスしたよ。高校に受かってこっちに…いやあっちに来た時にさ、はる君が実際にされたことがすぐに夢になるって言う話した時に、俺はバレたかと思ってビクビクしてた」  それはリンクしなかった。顔にGが這った夢を見た話だとは思い出したが、その時にそれはリンクできなかった。キスされた夢は覚えていたはずなのに…。 「それで…見送りに来なかったのか…。学校に行ったのも嘘?」 「うん…公園にいた…」  それはちょっとーなんだよ~ーとは言えなかったが、なんだかだんだん気づいてくることがある。 「だからさ…俺はその頃から…ん~~…はる君で…」  遥翔は汀の顔を見るが、汀はコーラを見つめている。 「はる君…こっち座んね?」  目は合わせないままソファを少しズレて、汀がポンポンと隣を叩いた。 「うん…」  遥翔も頷いて隣に座った。距離は30cm 「なんだかこれまでの話でびっくりする事多くて、俺…もしかしてつまらないことで悩んでた?」 「つまらない事かどうかは…個人の考えだろうけど…」  汀もちょっと言葉に詰まって黙ってしまった。  遥翔はじっと考える。  渋谷で汀が行ったファーストキスが自分だったということ。でもそれは自分ではあの事故チューだったと思ってたけど本当は…  『あの時からみーくんは俺を…?』  遥翔の情緒がごちゃごちゃになってゆく。 「俺よりすごいことしてんじゃんみーくんは!」  突然顔を振り上げて、汀に顔をむけ少し叫ぶような声。 「だから…言ってんじゃん…俺もちゃんと言わなきゃいけないことあったって」  今更の様にそう言われて、照れるやら居心地悪いったらで汀も落ち着かない。 「あ、ごめん。責めたんじゃないんだけど…」  遥翔も落ち着いて、向き直った。  しかしそれ以上『もっと』な事を今から言わなければならない…  遥翔は深呼吸をした。 「責められたとは思ってないけど、俺…」 「みーくん…俺はもっと言わなきゃいけないことがあるんだ。みーくんに」  さっきの声とは真逆な、自信のなさそうな、か細い、言いたくなさそうな声が遥翔から漏れた。 「うん。今日はなんでも聞く。そのために来たんだしな」  寝てる最中を襲った『実害』は許してくれたみたいだ、と汀は胸を撫で下ろす。実害は言い過ぎだが…。  いまの…『おかず』の話とファーストキスの話は、なんとか二人で折り合いがついた。  遥翔にはこれから話す内容の方が気が重くて、これを言ったら嫌われるかもしれないと言う瀬戸際だったが、おかずはいずれにしろファーストキスの話はちょっと嬉しさも感じていた。 「じゃあ話の続き…」  遥翔は両足を抱えるようにソファにあげて、話し始める。

ともだちにシェアしよう!