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番外編 リオンの誤魔化し不可能なデレ崩壊編
翌朝、僕は少し困っていた。理由は一つ。目の前のリオンが、まったく正常に戻らない。
「……真琴、今日の予定は?」
「えっと、午前は工房で仕込みして、午後は――」
「午後は私が付き添う」
「え、なんで?」
「……君を、一人にしたくない」
朝からこれである。声は落ち着いているのに、視線は僕に吸い寄せられて離れないし、距離感は半歩近すぎるし、紅茶を渡す際に指が触れた瞬間、肩がビクッてなるし。
完全に、昨日の“甘えモード”を引きずっている。
(やばい……かわいすぎて仕事にならない……)
「ねぇリオン、その……大丈夫?」
「何がだ?」
「昨日、色々あったから疲れてるのかと思って」
するとリオンの耳が、ばちんと赤くなった。
「つ、疲れてなど……!」
言いかけて、思いっきり目が泳ぐ。
(あ、これはまずい。必死になって誤魔化そうとしている)
「昨日……」
僕が続けると、リオンは一瞬で背筋を伸ばし、
「ゆ、夕べのことは……忘れていい」
「えっ、忘れたほうがいいの?」
「いや、忘れなくていい。むしろ忘れてほしくない。だが、今は話題に出すな。頼む」
矛盾の塊みたいな懇願をしてきた。顔は真っ赤で、目はずっと泳ぎっぱなし。もう誤魔化しなんてできていない。
けれど、それはまだ序の口だった。
仕込み中。
「真琴、熱いぞ、気をつけろ」
「ありがとう、リオン」
ただ礼を言っただけなのに、リオンは口元を押さえた。
「ど、どうしたの?」
「……いや。名前を呼ばれると、まだ……慣れなくて」
「え、今さら?」
「君が昨夜……その……」
言いかけて固まる。紅い耳とむずむずした息。蒼い目は僕を見るたび、潤むみたいに揺れてる。
(あ……完全にデレ崩壊してる)
想像以上に、リオンにダメージが残っていたらしい。
昼前、フェリシュが材料を届けに来た。
「こんにちはなのですぅ」
挨拶しながら、フェリシュが固まる。視線の先には僕の後ろにぴったりついて、隙あらば手を触れようとしてくる副団長。
「あの……リオン様?」
「……何だ」
「なんで、真琴の背後霊みたいになってるんです?」
「……離れる理由がない」
「あるでしょ!!」
フェリシュが叫ぶ横で、僕はそっと視線をそらした。
(いや……本当に今日はすごい……昨日の今日だからなんだけど)
「真琴をひとりにするなと……私が言った」
「誰に?」
「私自身がだ」
「意味が分からない!!」
フェリシュの叫びが店に響く。
リオンは顔を背けて、ぼそりと言った。
「……昨日、泣かせてしまったから」
「泣いてないよ! 泣いてないけど!!」
「私のせいで心を不安にさせた……もうさせたくない」
その口調は、優しくて真剣で甘すぎる。フェリシュが「あ、これ重症だ……」って顔をした。
午後――。
「真琴、これは私がやる」
「え、でもリオン、重いよ?」
「構わない」
なんでも率先してやってしまう。しかも渡された器具に触れるたび、微妙に手が震えてる。
(――まったく。どれだけ、昨日のことを引きずってるの……)
「リオン、本当に大丈夫? 無理してない?」
僕が手を伸ばして袖を軽く引くと、リオンは固まった。
「真琴……っ」
僕の手を両手で包み、目を伏せた。
「……離れないでくれ」
耐え切れてなかった。ここで、完全に崩壊した。誤魔化し不可能。騎士でも副団長でもなく、ただ“僕に惚れた人”の顔になっていた。
「離れないよ、リオン」
そう囁いた瞬間、リオンの肩がふるっと震えた。
「……ありがとう」
その声は、昨晩よりずっと甘かった。
そしてその日の終わり。帰り道、並んで歩きながら。
「真琴」
「うん?」
「今日は……すまなかった」
「なんの?」
「一日中……君に触れたくて仕方がなかった」
直球すぎて、こっちの心臓が死ぬ。
「でも君が嫌がらないなら……これからも、そばにいたい」
「嫌じゃないよ。むしろ嬉しい」
そう言うと、リオンは顔を覆った。
「……もう駄目だ……」
「な、なにが?」
「君が甘すぎて……私の理性が保てない」
夜風の中で、小さなため息をひとつ吐く。
「真琴。君は……私を溶かす」
最後の言葉は囁きでも呟きでもなく、ただ真実だけでできていた。
デレ崩壊したリオンは、隣でそっと僕の手を握り、そのぬくもりを手放さなかった。
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