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番外編 団長、真琴に“副団長は恋で瀕死”を通告する

 ある日、騎士団に顔を出すとラディス団長が「少し話せるかい?」と言うので、団長室に通された。 (なんか……大事な話っぽい?)  団長は手にしていた書類を執務机に置き、椅子に寄りかかると落ち着いた声で言った。 「真琴殿。結論から言おう」 「は、はい」 「うちの副団長は――君に恋して死にかけている」 「……え???」  あまりにも真顔だったので、頭が一瞬真っ白になった。 「し、死に……?」 「そうだ。あれは“重度の恋症状”だね。もはや戦場より危ない」 (――何か、病気の説明みたいに言ってる⁉)  ラディス団長は組んだ指を軽くトントンと机に当てながら、分析を続けた。 「まず、気づいているかい? 君の話をしている時のリオンの顔を」 「えっと……結構、赤くなってましたけど」 「赤くなる程度なら、かわいいものだ。彼は今日だけで顔色が三回変わった。赤、白、紫。あれは恋で寿命が縮んでいる時の顔だ」 (えぇ……?)  団長は肩をすくめる。 「そもそもだ。副団長は戦場では、あれほど冷静沈着なのに――君の前では“感情が全部外に漏れている”。気づかなかったかい?」 「え? リオン、あれでも隠してるつもりみたいですけど……」 「隠せていない。全く」 (――団長、断言した!)  団長は眼鏡を押し上げ、苦笑しながら続ける。 「この間の王宮との合同会議で、私は確信したよ。リオンは君に一言褒められただけで、心臓が三回止まりかけていた」 「し、心臓が……!」 「君が“隣にいてくれたら嬉しい”なんて言った瞬間は――確実に昇天していたね」 (僕の言葉、そんなに強かった……?)  団長は淡々と続ける。 「真琴殿。君の発言は、あれにとって“致死量”なんだ」 「ち、致死量⁉」 「うむ。端的に言おう、リオンは君の言葉一つで勝手に死ぬ」 (そんな雑な死に方……) 「ちなみに、君がうっかり笑いかけたりすると――胸を押さえて壁にもたれていたよ。あれは完全に恋する青年だ」 (え、そんなに? 全然気づかなかった!!)  驚く僕を尻目に、団長は優しい声で言った。 「リオンは強い男だが、恋に関してだけは脆い。だから、どうか優しくしてあげてほしい」 「……僕、たぶん……ずっと優しくしてもらってばかりで……」  胸が少し熱くなる。 「知ってるよ。彼が君をどれだけ大切に思っているかも、君がそれに気づいていないことも」 (気づいてない……? いやでも僕、最近はなんとなく……) 「真琴殿、もし君が彼を気にかけてくれているなら――どうか、あまり無防備に“心臓に良くないこと”を言わないように」 「心臓に良くないこと?」 「たとえばだ。“隣にいたら嬉しい”とか“安心する”とか、“好き”に近い言葉だね」 (え……僕、いつも言ってる……)  団長は深いため息をついた。 「君は……罪深いね」 「す、すみません……?」 「謝らなくていい。しかし――」  団長は椅子から立ち、扉の方を指差した。 「真琴殿。扉の外にいる副団長は、既に半分死んでいるよ」 「えっ?」  慌てて扉を開けると、そこには壁に背を預けて顔を覆いながら、震えているリオンがいた。 「……ま……真琴……聞こえてしまった……全部……」 「えぇぇぇ!」  リオンは涙目。団長は楽しそうにため息。僕は大混乱。  団長が優しく微笑み、僕の肩を叩いた。 「さぁ、店に連れて帰っていいよ。うちの副団長は、もう今日の仕事は無理だ」 「だ、団長……!!」 「恋で死ぬなよ、リオン。君の命の管理は真琴殿に任せた」 (――命の管理⁉)  リオンは完全に崩れた顔で僕を見た。 「……真琴……帰ろう……私はもう……無理だ……」 (……団長、真顔だったけど全部本気だったんだ)  騎士団からの帰り道、リオンはずっと無言だった。 (……大丈夫かな。なんか、魂の半分くらい抜けてる感じが……)  肩が落ちてて、歩幅も少し遅い。僕がちょっと話しかけると、かすかに震える。 「リオン?」 「…………」 「怒ってるの?」 「……怒ってはいない……」  小声だけど、なんだか情けない響きが混ざってる。団長の「恋で死にかけているぞ」という真顔の宣告が効いたのだろうか。  リオンは、音もなく僕を抱きしめてきた。 「……ま、真琴…………」 「うわっ、リオン! どうしたの?」  抱きしめる腕が強い。胸元に額を押し付けてて、いつもより呼吸が早い。 「……今日は……本当に、だめだ……」 「だめって?」 「君のせいだ……」 「僕?」 「“隣にいたら嬉しい”なんて、どうして言うんだ……」 (あっ……団長、それ言ってたっけ……)  リオンは、ぎゅうっと抱きしめる力を強くした。 「真琴のその一言で……私は本当に倒れそうだった……」 「倒れそうって……」 「本当に……心臓が……痛かった……」 (恋で死にかけてるって団長さん言ってたけど……本当に!) 「リオン、息……苦しくない?」 「苦しい。全部、君のせいだ……」  顔を上げ、真っ赤な目でこっちを見る。 「真琴は……自覚がなさすぎる……」 「え……」 「私にとっては……その一言が……命取りなんだ……」  声が震えている。 (あ……これ、本気で限界だ……) 「団長が……変なこと言ったのは、わかっている。だけど…………全部図星なんだ……」 「図星?」 「……真琴に優しくされると……死ぬほど嬉しい……」  俯きながら、しぼり出すように言う。 「心臓が止まりそうなくらい……苦しくて……幸せで……どうしていいかわからない」 「リオン……」 「私は……戦場では怖いものなどないのに……真琴だけには……本当にどうにもならない……」  僕の手を取って、ぎゅっと握りしめた。 「真琴。“そんな言葉”を……他の誰にも言わないでほしい」 「そんな言葉……?」 「嬉しい、とか。安心するとか。隣にいたい、とか……」 「そんなの、リオンにしか言わないよ」  正直に言った瞬間、リオンの肩が大きく震えた。 「……っ……真琴……」  抱きしめてきた。さっきよりも強く、必死に。 「ダメだ……無理だ……限界で……どうにかなりそうだ……」 「ど、どうにかって……?」 「言葉にしたら……抱きしめるだけじゃ済まなくなる」 (――え、そんなに!) 「だから……今日は……そばにいてくれればいい……」  額を僕の肩に押し付け、浅く息をつく。 「真琴。頼む……どこにも行くな……」 「行かないよ」 「……本当か……」 「うん。ずっと傍にいるから」  その言葉を聞いた瞬間、リオンの全身から力が抜けたように震えが止まった。 「……真琴……大好きだ……」  消え入りそうな声でそう言うと、僕を抱きしめたまま静かに息を整え始めた。 (……限界どころか、壊れちゃってる……)  でも、その抱きしめる腕はとても温かくて。僕もそっとその腕を抱き返した。リオンは僕を抱いたまま離れなかった。息が落ち着いても、手を離す気配がない。 「……真琴。次にそんなこと言ったら……」 「うん?」 「きっと……耐えられない……」 「何を?」 「君が……かわいすぎて……」  声が苦しそうで、甘くて、そして僕の胸がまたじんわり熱くなる。 (……僕の言葉で、ここまで?)  リオンの腕の中、その震える呼吸を感じながら、そっと囁いた。 「じゃあ……もっと優しくするよ」 「ま、まこと……っ!」  リオンはそのまま、完全に言葉を失った。 (……あ、気絶したかも)

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