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番外編 フェリシュを本気で警戒しはじめるリオン
昼下がりのショコラトリエ。客足が落ち着いた時間、僕は新作のガナッシュを練っていた。
フェリシュはいつものように僕の肩の上に座って、軽く足を組んで楽しそうにしている。
「ん〜〜♡ 今日の真琴はいい匂いがする〜」
「そう? いつもよりカカオが濃いからかな?」
「違うよ、昨日の名残だよ〜♡」
「フェリシュ!!!」
声が裏返る。もうやめてほしい。僕の心臓の残機がない。
その時――。
「真琴、手伝おうか?」
店の奥からリオンが出てきた。さっきまで騎士団本部に書類を届けに行っていたらしく、外套を脱ぐ仕草が絵になるほど整っている。
フェリシュがニヤリと笑った。
「あ、リオンさま〜♡ こんにちはぁ〜♡」
その妙に甘く伸びた声を聞いたリオンの眉が、ほんのわずかに動いた。
(あ……嫌な予感)
「フェリシュ、君は……何を真琴に言った?」
「あれ? 何か聞きたいことがあるのかな? 昨夜のこととか、真琴のかわいい反応とか♪」
「……っ」
リオンの蒼い目が細くなる。怒っている、というより――警戒している目だった。
まるでフェリシュを危険生物として認識したみたいな、あの鋭さ。きっとそれは、敵国の軍人を見ているのと同じなんじゃないだろうか。
(うわ……これは、やばい!)
「フェリシュ」
低い声が落ちた。
「真琴をからかうのは、やめてもらおう」
「え〜? なんでぇ? すっごくかわいいのに」
「かわいいからだ」
「ほぇ?」
フェリシュが固まる。僕はもっと固まる。
「真琴は照れやすい。そこを刺激されると……私が困る」
「どのへんが?」
「……私が、真琴を抱きしめたくなる」
「ぶっ!!」
僕は咳き込んだ。
(――リオン、それは言っちゃダメ!! かわいいけど!!!)
しかしフェリシュはリボンの羽をぱたぱたと揺らし、ニヤァッと笑った。
「あ~なるほどね! 真琴に近づくライバルだと思ってるんだ?」
「……君が、真琴の心を乱すなら敵だ」
「敵?」
フェリシュは、両手でお腹を抱えて笑い出した。
「やだぁ、リオン様必死〜! 私、真琴の恋人じゃないよ」
「だが、真琴の心に入り込む余地はある」
「入ってほしいの?」
「入ってほしくない!」
即答――そして声が大きい。僕は再び咳き込んだ。(二回目)
でもフェリシュは、どこか嬉しそうに羽を揺らした。
「ねぇリオン様? もしかして……嫉妬してる?」
「嫉妬ではない」
「じゃあなに?」
リオンは一歩、僕の方へ寄った。すっと僕の腰に手を添えながら、真っすぐフェリシュを見据える。
「これは“真琴を守る本能”だ」
「……は?」
「真琴は流されやすい。誰かに甘い言葉をかけられたら、簡単に赤くなる」
「それは事実だね!」
「その隙を突かれたら困る」
「誰が突くの?」
「君だ」
「なんでーーーっ!!」
フェリシュの悲鳴。僕は両手で顔を覆う。
(恥ずかしい……けど……リオン、わりと当たってる……)
「リオン……あのね?」
勇気を振り絞って声を出した。
「フェリシュは、僕をからかってるだけで……奪おうとしてるわけじゃ――」
「真琴」
「な、なに?」
「君が誰かに奪われる可能性など、一点も残したくない」
「……っ」
ああ、だめだ。こんなこと言われたら、心が溶ける。フェリシュも、完全に言葉を失っていた。
リオンはそのまま、フェリシュに向き直り――。
「以上の理由で、君は“要注意対象”だ。今後、真琴の弱点をこれ以上刺激しないこと」
「わ、弱点⁉ いや、それは……真琴のかわいいところで!」
「そこを刺激されると、私が困る」
「またそこ?」
フェリシュがジタバタしている。僕は耐えきれず、顔を両手で覆った。
(恥ずかしい……けど……なんか幸せ……)
するとリオンが僕の背に手を添え、優しい声で囁いた。
「真琴。君は……本当に私の弱点だ」
「~~~~~っ!!!」
フェリシュは呆れ顔で、大きなため息をついた。
「……はぁ。もういいや。ふたりとも甘過ぎて糖度が高いし。真琴を奪う気はないから、そんなに警戒しなくていいよ」
「……本当か?」
「本当だよ。真琴はリオン様のだし」
「フェリシュ!」
「ふふーん♡」
リオンは、安心したように小さく息をついた。
「ならいい。だが、監視は続ける」
「続けるんだ!」
こうしてショコラトリエに“フェリシュ要注意モードのリオン”が誕生した。
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