35 / 50

番外編 翌日、団員たちに“甘やかされた余韻”がバレて赤面するリオン編

 翌朝。僕はいつも通り店の掃除をしながら、昨日の“夜の甘やかしタイム”を思い出していた。 (……リオン、かわいかったな……)  めずらしく弱音を吐いて、抱きしめたら離してくれなくて、耳元で「好きだ」と言われたあの声の甘さなんて――。 (思い出しただけで、僕が照れる……)  差し入れのチョコを手にそんなことを考えながら、騎士団本部の前を通った時。 「――副団長、今日なんか機嫌よくね?」 「……いや、むしろ“妙に落ち着いてる”というか……?」  団員たちの声が聞こえてきた。 (……え?)  角を曲がって、コッソリ副団長室を覗くと――そこにリオンがいた。いつもより髪がふわっとして、目元がやたら柔らかい。それに、顔がほんのり赤い気がする。 (あ……昨日の余韻が、ほんのり残ってる……)  そりゃそうだ。あんなに甘えてたんだから。 「副団長、昨日なにか良いことでも?」  団員のひとりが悪気なく聞く。 「……別に」  リオンは素っ気なく返すが、声がかすかに低く掠れている。 (あ、それ甘やかされ声だ……)  僕しか知らない、あの柔らかい夜の声。  団員たちはそれに気づかず、 「え〜? なんか“疲れ切ってる”感じじゃなくて、“満たされてる”感じというか?」 「“恋人ができた翌日みたいな顔”だよな」 「わかる!!!」 (うわー……!! 言う……!!)  心臓が止まりそうになる。案の定、リオンの肩がピクリと跳ねた。 「……誰が……そんな顔を……」 「いやいや副団長、今日は妙に優しいっていうか……角がないっていうか。あっ、もしかして昨日、真琴殿と――」 「待て」  リオンが即座に止めた。でもその“止め方”が、完全に動揺している。団員たちはそれを見逃さない。 「副団長……図星……?」 「ち、違――」  リオンの声が、思いっきり裏返った。 (――やばい、バレる! 昨日のことが絶対バレる!!)  しかも団員たちは、誤解の方向へ暴走した。 「真琴さんに告白したんですか? ついに!」 「逆ですか? 真琴さんからですか?」 「副団長、もしかして昨日、デート……?」 「違う!!!」  リオンの否定が、もはやほぼ悲鳴だった。団員たちの視線がさらに鋭くなる。 「じゃあ、なんでそんなに照れてるんです?」 「照れてない!!!」 (いや照れてるよ……すっごく……)  その時、ついにひとりの団員が核心に触れてしまった。 「副団長、昨夜……真琴さんに“慰めてもらった”とか……?」  リオンが固まった。瞬きも呼吸も止まったみたいに。 (……終わった……)  案の定――顔全部が真っ赤に染まった。 「っ……うっ……!」  普段威厳の固まりみたいな人が、言葉にならない声で震えてる。 「えっ、副団長……まさか本当に?」 「真琴さんに、甘やかされたんですか?」 「ど、どうなんですか?」  追撃が止まらない。もう見てられなくて、僕は慌てて姿を見せた。 「み、みなさん! リオン様をからかわないでください!」  団員たちは僕を見るなり「あっ本人きた!!!」と盛大にざわついた。リオンはというと――僕を見た瞬間、さらに赤くなる。 「ま、真琴……っ……」  その反応が完全に“バレてます”の証拠になってしまい、 「副団長ガチだ……」 「本当に甘やかされた翌日の顔だ……」 「真琴さん、昨夜なにを?」 「な、なにもしてません!! なにもしてませんから!!」 「真琴、黙れ」  リオンが小声で遮ってくる。でも、その声がまた甘い。 (ほんとに……かわいいんだから……)  団員たちは確信を得て大盛り上がりする。 「副団長がデレてるなんて、初めて見ました!」 「真琴殿、責任取ってくださいね!!」 「お二人とも、お幸せに!!!」 「ま、待てやめろ帰れ黙れぇ!!!」  リオンの絶叫が響いた。  結局その日。リオンは顔を真っ赤にしたまま一日を過ごし、団員たちは副団長の“恋バナ”で幸せに盛り上がり続けた。  その日の夜、店番を終えて自室に戻ると――リオンが部屋の前で待っていた。壁に背を預け、腕を組んで、眉間にささやかな皺を寄せている。  明らかに不機嫌……というか、拗ねてる顔だ。 「リオン……ずっと待ってたの?」 「……ああ」  短く返事をするけれど、声が低い。怒ってる? いや、どちらかというと“むくれてる”。 「今日は……すまなかった」 「え? リオンが謝ることなんて――」 「団員どもが、余計なことばかり言った」 「ああ……それは……まぁ……」 (だって、完全に余韻が出てたし……)  そんなことリオンに言えない、絶対に!。  するとリオンは一歩、僕に近づいた。夕食のあとの時間で、廊下は薄暗い。光の少ないところで見るリオンの顔は、やけに色っぽい。 「真琴」 「はい」 「……君のせいだ」 「えっ僕!? な、なんで!?」  思わず素っ頓狂な声が出る。リオンはじっと蒼い目を細めて、 「昨夜……あんな顔をさせるからだ」 「ど、どんな顔?」 「……言わせる気か」  低い、甘く掠れた声。まだ怒ってるのに、声だけは完全に“甘やかされ翌日”仕様だ。  僕の鼓動が一気に跳ね上がる。 「だって……そんな、リオンがああいうふうになるなんて思わなくて……」 「真琴が……あんなふうに抱きしめてくるからだ」 「……!」  その瞬間、リオンの耳まで赤くなった。 「君の腕の中は……安心する。完全に油断した」  僕は、胸の奥がぎゅっと痛むくらい嬉しくなった。けれどリオンは、さらに顔を赤くしながら続けた。 「……団員たちに“甘やかされた”などと騒がれて……屈辱だった」 「ご、ごめん」 「謝るな」 「えっ?」 「代わりに……責任を取れ」 「責任?」  言っている意味がわからず首を傾げると、リオンは僕の腕を掴んで、ぐいっと引き寄せる。それは、息が詰まるほど近い距離だった。 「私を……あんな顔にした責任を」 「え、えっと、その……どうすれば?」  問いかけた瞬間、リオンの額が僕の肩に落ちる。そして抱きしめられた。ぎゅうう、と子どもみたいに強く。 「……真琴。今日は、誰にも邪魔させたくない」  声が本当に弱くて、甘くて、胸が溶ける。 「ずっと……悔しかったんだ」 「リオン……」 「君の前では……かっこつけたいのに……。団員に見られて……全部、崩れた」  それはもう、甘えというより“縋る”に近い抱きつき方で。僕の胸元を軽く握る指が、ほんの少し震えていた。 (……かわいい……こんなの反則だよ……)  僕はそっとリオンの頭を撫でた。 「リオン。僕はあのときのリオン、かっこ悪いなんて思わなかったよ。むしろ……すごく愛しいと思った」  その瞬間、肩口に押し当てられていたリオンの額が熱を帯びた。 「……真琴。そんなことを……言うな……」 「どうして?」 「理性が……持たない」  掠れた声で呟く。抱く腕がさらに強くなった。 「今日は……私を甘やかせ」 「うん、いいよ」 「中途半端は許さない」 「僕もそのつもりだよ」  リオンの呼吸が止まった気がした。そして次の瞬間、僕は部屋の中へ押し込まれた。扉が閉まり、鍵がかかる。  リオンは僕の腰を抱き寄せたまま、小さく囁いた。 「……真琴、覚悟しろ」  それは昼間から溜め込んだ悔しさと嫉妬と甘さを、全部詰め込んだ声だった。

ともだちにシェアしよう!