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番外編 団長、公式文書に“副団長の弱点:真琴”と書きかける
王国騎士団・団長室。机に向かって書類を捌いていた団長が、隣で立ち尽くしている副官に声をかけた。
「……なあ、これ」
「はい?」
団長は眉をひそめ、ペン先を一点に当てたまま止まっている。
「副団長・リオン=ヴァルハートの“個別戦術評価”の欄だが……“弱点”が、どうしても空欄のまま書けん」
「あぁ、それは……」
「いや、通常こんなに悩まんぞ?」
渋い表情を決め込んだ団長は腕を組む。
「剣技・魔力・体力・統率……全て見事だ。これだけ完璧な男に、“弱点がない”という評価は逆に怪しい」
「…………」
副官は言葉が出なかったのに、団長は薄く笑う。
「だからな、私は昨日から“疑い”を持っていた。あれほど完璧な男が、真琴殿が絡むと溶けるだろう?」
「それは溶けるというか……溶け落ちるというか……」
「同義だ」
団長は深く頷き、再びペンを走らせた。
■ 副団長 リオン=ヴァルハート弱点:清水真琴(精神的急所)
「あ〜あ、書きましたね団長!!!」
副官が目を見張りながら叫んだ。
「まだだ。これは“仮”だ」
「仮でも書いちゃダメです!!」
「だが事実だろう?」
「事実ですけども!!!」
団長は、美味しそうにお茶を飲みつつ平然と言う。
「私は騎士団長だぞ? 部下の精神的急所を把握しておくことは、安全管理上は正しい判断だ」
「でも“真琴(精神的急所)”って!」
「なら“真琴(致命弱点)”のほうがいいか?」
「やめてください!!」
副官が涙目で書類を取り上げようとした、その瞬間――。
コン、コン。
「団長、失礼します」
扉の向こうからリオンの声がした。二人は瞬時に固まる。
「……入れ」
リオンが入ってきた。いつもの無表情……に見えて、昨日の事件のダメージがまだ残っているように耳が赤い。
「団長、先日の外部警備の報告書を――」
リオンの視線が、団長の机上に置かれた“例の紙”に止まる。一行……そこに、はっきりと――弱点:清水真琴(精神的急所)
「……………………」
リオンは動かない。瞬きひとつしない。そのことに副官は青ざめ、団長は微笑んだ。
「リオン。これはな、公式文書として――」
「団長」
リオンが低い声で言った。
「それを、どこに回すつもりですか」
「王城の軍務局だ」
「やめてくださいッ!!!!!」
リオンが机に手を突いて叫んだ。
「真琴が! 真琴がこれを読んだら!! 私は……私は!!!」
「“精神的急所”と書かれたくらいで、どうなるのだ?」
「死にます!!! 羞恥で死にます!!!」
「ほう。だが昨日“真琴がそばにいれば生き返る”と言っていたな?」
「団長おおおおお!!!」
リオンの悲鳴が団長室に響き渡る。
「しかしな、リオン」
「……っ、はい」
「これはあくまで、戦術上の弱点だ。個人的な話ではない」
「う……は、はい」
「君は、真琴殿が負傷すれば、取り乱すだろう? 真琴殿が泣けば、判断力が落ちるだろう? 真琴殿が他の男に笑えば、怒りで戦闘力がうんと跳ね上がるだろう?」
「く~~~~~~~~っ!!」
リオンは羞恥で耳まで真っ赤になり、両手の拳を震わせる。
「それを“精神的急所”と言うのだ。私の判断は正しい」
「団長!! 団長ぉ!!! お願いします……公式の記録だけは!! 真琴にだけは……知られないように!!」
「なるほど。ならば――」
団長は書類をくるりと裏返し、またペンを取り上げた。
■ 追記:本件は真琴殿に伝えた場合、副団長が羞恥で戦闘不能となる恐れがあるため、秘匿扱いとする。
「団長ぉぉぉぉ!!!???」
リオンは床に崩れ落ち、副官は心の底から同情した。
その夜、帰宅したリオン。真琴に「おかえり」と笑顔で迎えられ、
「今日も頑張ったね、リオン」
優しく肩に触れられた瞬間――団長の書類の一行が脳内に蘇る。
弱点:清水真琴(精神的急所)
「っ……!!」
「え、リオン? 顔が赤いよ! 熱があるかも?」
「……ちが……っ……真琴……近い……」
「あ、やだ……ほんとに熱がある?」
「だめだ……ほんとに……弱点……なんだ……」
リオンは限界だった。真琴の指先が頬に触れただけで、膝が崩れる。そのまま真琴に抱きしめられ、床に座り込む。
「ねぇ大丈夫? リオン……」
「……っ、真琴……君に触れられると……全部……どうでもよくなる」
「うん、いいよ。僕はリオンの味方だよ」
その一言が団長が書いた書類の“精神的急所”という言葉を、完全に肯定してしまった。
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