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番外編 指輪を見せびらかす事件
翌日。王宮の廊下で、僕は確信した。
(……リオン、このポーズはわざとだ!)
なぜなら左手を、やたら前に出して歩いている。しかも自然を装って。見るからに、全然自然じゃないというのに。
「……リオン」
「何だ?」
「その手、疲れない?」
「いや」
むしろ、誇らしげに答えられてしまった。指輪が朝の光を反射して、キラッと輝いている。
そこへ――。
「おーい、副団長!」
背後から聞き慣れた声がした。きっとラディス団長だ。
振り返った瞬間、リオンが半歩前に出た。そして、さりげなく左手を胸の高さにキープする。
(ああ――完全に見せに行っているね……)
呆れ果てる僕を尻目に、団長の視線が止まる。
「……ん?」
一秒・二秒・三秒。
「…………は?」
見て理解して、脳が追いついたところで。
「……指輪?」
リオンは、静かに頷く。
「結婚指輪だ」
団長、完全沈黙。そのまま、僕とリオンを交互に見る。
「……え?」
「昨日、正式に誓った」
「……誰と誰が?」
「私と真琴だ」
団長の表情が、ゆっくり崩れる。
「……は?」
リオンは追撃するように、左手を少し上げる。
きらっ。
「これが証だ」
「証って言い方!!」
団長、しかめっ面で額を押さえる。僕は、目の前の状況に言葉が出ない。
「……いや、待て……」
団長は数秒ほど、黙考してから。
「……お前、まさか」
「見せに来た」
「だろうな!!!!!」
廊下に響く声で、周囲の騎士たちがびくっとする。
「朝一で! それだけのために?」
「はい」
即答すぎる。団長は、呆れた目で僕を見る。
「真琴殿?」
「え、えっと……その……」
言い淀んでいると、リオンがまた一歩前に出た。
「真琴は、私の伴侶だ」
「言い切るな!!」
「事実だ」
団長は自身を落ち着かせように、深呼吸を繰り返す。
「……で?」
「はい?」
「他に用件は?」
「ありません」
「ないのかよ!!」
団長は額に手を当てながら、がっくりと項垂れる。
「……なんだこれは……」
リオンは胸を張って、真剣な顔で言い放つ。
「報告だ」
「殺意の湧く報告だな!!」
顔を上げて、ギロリと睨む。
「で? 他に何か言うことは?」
リオンは、なぜか即答する。
「あります」
「聞きたくない」
「“もう結婚しろ”と言ったのは、団長だ」
「言ったけど!!」
「実行した」
「実行力が高すぎる!!」
団長は、どこか嫌そうな表情で頭を抱える。
「……で、何だ。指輪は」
「真琴が選んだ」
「でしょうね」
「私は全力で守る」
「そんなこと聞いてない」
リオンは、少しだけ声を低くする。
「……もう、誰にも触れさせない」
団長はゆっくり顔を上げて、確かめるように口を開く。
「……お前」
「はい」
「重い自覚は?」
「あります」
「じゃあ何で悪化してる」
「幸せだからだ」
団長は眼鏡を外し、無言で天を仰ぐ。
「……あ~……」
そして数秒後――。
「もういい。好きにしろ」
「ありがとうございます」
「礼を言うな!!」
苛立った様子で、リオンに指を突きつける。
「ただし!」
「?」
「業務中に指輪を見せびらかすな!」
リオンは少し考えてから、仕方なさそうに言った。
「……控えめにする」
「信用できない!!」
僕は、そっとリオンの袖を引いた。
「……ね、リオン」
「何だ?」
「ほどほどにしよう?」
その瞬間、リオンの表情が柔らぐ。
「……分かった」
そして、僕の手を取る。指輪に、リオンの親指が触れる。
団長は見た。全て見た。
「……ああ……」
遠い目をしてから、思いっきり顔を逸らす。
「もう……」
「……?」
「早く休暇を取って、新婚旅行に行ってこい」
リオン、ニッコリ笑って即答。
「検討する」
「とっとと行ってくれ!!」
廊下に、団長の叫び声が再び響き渡った。そしてリオンは、満足そうに呟く。
「……見せびらかすのは楽しい!」
「やめて!!!」
〇指輪災害・第一波――騎士団詰所
団長に叱られた直後。私は「控えめにする」と約束した――はずだった。
「副団長、おはようございます!」
詰所に入った瞬間、若手団員たちが一斉に敬礼する。私は頷き、自然な動作で手袋を外した。
自然だ、非常に自然……左手を前に出しただけだ。
「…………」
「………………?」
一人が気づく。
次に、二人。
そして――。
「え?」
「……え?」
「……え???」
視線が、一点に集中する。
薬指に嵌められた指輪。そして皆が沈黙した次の瞬間。
「副団長!?!?!?!?」
「指輪!?!?!?」
「え、結婚!?!?!?!?!?」
「誰と!?!?!?!?!?!?」
目の前が大騒ぎ状態だったが、私は静かに答える。
「真琴だ」
その即答に、詰所が爆発した。
「真琴殿ォォォォ!?!?!?」
「やっぱり!?!?」
「公式!?!? 公式なんですか!?!?」
私は一歩前に出る。
「公式だ」
さらに一歩。
「ふたりで、誓いも済ませた」
追撃をするように、堂々と答える。
「この指輪は、真琴が選んだ」
「致死量!!!!」
誰かが叫び、誰かが膝をつく。若手Aが震えながら言う。
「……副団長、もしかして……」
「何だ」
「今日……やたら機嫌良くないですか?」
私は少し考え、笑いながら答える。
「良い、非常に良い」
「そりゃそうだぁぁぁ!!」
そこへ、別の団員が恐るおそる訊ねる。
「副団長……その……」
「?」
「指輪、触っても……」
私は即答した。
「だめだ」
「却下された!!」
「これは私のものだ」
「指輪は!?」
「真琴殿は!?」
「どっちの意味ですか!?!?」
「両方だ」
詰所が再び壊滅した。
〇指輪災害・第二波――任務先の街
数日後、隣国との国境付近で合同警備任務にあたった。他国の騎士、商人、護衛が入り乱れる現場だった。
「副団長、こちらの隊長殿がご挨拶を」
紹介された相手が、にこやかに言う。
「いやはや、噂のアルセリア最強騎士殿とは――」
握手を求めて手が伸びる。私は自然に一歩下がった。
「申し訳ない」
「?」
「既婚者なので」
場が止まる。
「……は?」
「既婚者だ」
もう一度言い放つと、相手はゆっくりと視線を下げる。
「あ……指輪?」
「伴侶がいる」
「そ、そうでしたか……!」
即・距離が空く。同行していた部下が、ひそひそ言う。
「副団長……言わなくても……」
「言う」
次、露店の商人が挨拶しに来た。
「旦那、護符どうだい? 奥方に――」
「不要だ」
「え?」
「伴侶は私が守る」
「重っ……」
次、他国の女騎士がやって来た。
「副団長殿、その剣の扱い……」
一歩近づいた瞬間。
「近づくな」
「え?」
「既婚者だ」
「また言った!!」
部下が頭を抱える。だが私は真剣だ。
(――万が一にも、誤解は許されない!)
さらに夜の野営地、警戒交代の確認中。
「副団長、休憩中に酒でも――」
「飲まない」
「どうしてです?」
「伴侶が待っている」
「ここ戦地!!」
部下たちが一斉に叫ぶ。だが私は、指輪に触れながら静かに言う。
「真琴は、私の帰りを信じている」
その内、誰も何も言えなくなる。やがて部下のひとりが呟いた。
「……副団長……」
「何だ」
「……既婚者アピール、強すぎません?」
私は少し考えた。
「足りないか?」
「十分です!!」
結果その任務期間中に、他国で広まった噂がある。
『アルセリア最強騎士は
・近づくと既婚者宣言をする
・指輪を見せながら伴侶の話しかしない
・伴侶への忠誠心が国家レベル』
帰国後。団長が、報告書を読みながら一言。
「……お前さ」
「はい」
「もう歩く外交問題だぞ」
私は胸を張った。
「誇りだ」
「……真琴殿、ほんとにお疲れ様です……」
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