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番外編 誓いの言葉
閉店後の店は、昼間とは別の顔をしている。灯りを落とした厨房。片付けの終わった調理台。外はもう、静かだ。
仕事から帰ってきたリオンは、椅子に座っていた。鎧は脱いで、いつもの服。それだけで少し安心する……でも、視線がずっと僕を追っている。さっきから包丁を洗っていても、布巾を干していても。一歩動くたび、目で追う。
彼の気持ちは重い――そのことはよく分かってる。
だけど今日は、それを全部受け止めるって決めた。そして、僕の気持ちを彼に伝える。リオンを支える、最良のパートナーになるために。
「リオン」
呼ぶと、即座に顔が上がる。
「どうした」
声が真面目すぎる。少し緊張しているのも分かる。
僕は、店の奥にある小さな扉を開けた。
「……こっちに来て」
一瞬だけ、警戒する顔。でも、逆らわない。立ち上がって、ついてくる。
店の奥。倉庫を改装した小さな部屋。椅子が二つと簡単な机。僕らしかいない空間。
慎重に扉を閉めた。
(うん、静かだ――)
「……真琴?」
不安そうなリオンの声を聞きながら、僕は深呼吸した。
逃げない。ここで、ちゃんと言う。男としてのケジメをつけるために。
「リオン、座って」
「……?」
従順に座る。王国最強騎士が素直に従ってる姿は、ちょっと可笑しい。でも、笑わない。
僕は彼の前に立った。真正面で逃げ場ゼロの距離を保つ。
「ねえ」
「……何だ」
蒼い目が揺れている。任務の前より、戦場より、今のほうがずっと怖そうだ。
「僕ね、リオンと離れてる間、ずっと考えてた」
手が少し震える。でも、言葉は止めない。
「リオンが重いことも、独占欲が強いことも、全部分かってる」
ぴくっと、リオンの形のいい眉が動く。
「自覚もあるし、隠す気もないでしょ」
「……ああ」
「それでもね」
一歩、彼に近づく。
「それを怖いと思ったこと、一度もない」
息を呑む音が僕の耳に聞こえた。リオンは緊張しているのを隠すように、あえて真顔を決め込む。
「むしろ、僕は安心するよ」
彼の蒼い目が、ゆっくり見開かれた。
「帰ってくる場所だって言われるのも、守るって言われるのも」
リオンが告げた言葉を口にするたびに、胸がじんわりと熱くなっていく。
「僕だけを見る目も……」
自分の気持ちを言わなきゃって思うだけで、喉が詰まりそうになる。
「……全部が好き」
リオンは動かない。呼吸も止まったみたいに固まっている。
「リオン、あのね――」
名前を呼ぶ。情けないくらいに震え声になったけど、思いきって告げた。
「僕と、一生一緒にいてください」
「……っ」
リオンの肩が、ぶるりと震えた。
「……え?」
リオンが顔を上げた瞬間、蒼い瞳から涙が溢れ落ちる。
「え、ちょ、リオン?」
両目から、ぼろぼろ。声を出す前に、涙が次々と落ちる。
「……真琴……」
両手で顔を覆って、呼吸が乱れる。
「そんな……」
嗚咽を漏らしながら、体を震わせた。見るからに完全に崩壊状態!
「私が……言うつもりだった……」
「う、うん?」
「覚悟も……指輪も……言葉も…ぜんぶっ!!」
顔面がぐしゃぐしゃな王国最強騎士、完全に号泣。
「それを……奪うな!」
「奪ってないよ!」
「幸せすぎて……耐えられない!」
つい笑ってしまう。でも、同時に胸がいっぱいになった。こんなふうに泣くほど、大事に思われてるんだって。
僕は、しゃがんで目線を合わせた。
「ねえ、リオン」
手を伸ばす。震える頬に、やさしく触れる。
「一緒にいよう」
涙で濡れた蒼い瞳が、僕を見る。
「守るとか、守られるとかじゃなくて」
額が触れる距離まで近づく。
「一緒に、生きよう」
次の瞬間、抱き寄せられた。今までで一番、優しくて必死な抱擁だった。
「……っ、誓う……」
震える声が僕の耳に落ちる。
「命も、剣も、心も……全部……」
リオンは顔を上げる。泣き腫らした目のまま、真剣に口を開く。
「君に捧げる……」
僕は、微笑んで言った。
「うん。受け取る」
それで、十分だった。リオンの手が、そっと頬に触れる。
「……誓いの……」
「うん」
答える前に、距離がなくなった。唇が、ゆっくり重なる。静かなのに深くて、確かなキス。逃げ場も、迷いもない。唇が離れても、額は触れたまま。
「……離れない」
低く強い声で言いきるリオンに、僕は何も言わずに頷いた。
「もう、二度と」
重い。でもこの重さは、間違いなく世界一幸せだ。
***
その日たまたま一緒に出掛けていて、僕は軽い気持ちで言っただけだった。
「ねえ、指輪……見に行こうか」
歩いていたリオンの足が完全に止まった。
「……今?」
「うん。二人とも休みだし」
たったそれだけ。なのに――。
「分かった」
声が異様に低い。次の瞬間から雰囲気まで変わる。
「……護衛、展開する」
「えっ?」
なぜか周囲を一瞥。人の流れ、路地、建物の影に至るまで、リオンは鋭い視線を注ぐ。
「リオン?」
「宝石店は人が集まる。死角が多い。危険度が高い」
「指輪屋さんだよ?」
「だからだ」
意味が分からない。でも、もう歩き出している。
僕の半歩前、完全に“守る位置”をキープする。宝石店に近づくにつれて、彼の圧が増す。
「……リオン、肩に力が入りすぎ」
「当然だ」
「そんな覚悟で入る場所じゃないよ」
「真琴の未来が置かれている場所だ」
重い、とても重い。
店の前で、立ち止まる。ガラス越しに見える、きらきらした世界。 それなのに――。
「……罠はなさそうだ」
「罠⁉」
扉を開ける前に深呼吸。そして、真顔で一言。
「何かあれば、すぐ私の後ろに」
「何も起きないからね?」
入店すると、耳に鈴の音が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ」
店員さんの笑顔に迎えられた瞬間、リオンが一歩前に出た。完全に壁になる位置だ。
「……」
店員さんが、微妙にたじろぐ。
「あ、あの……ご用件は……?」
「指輪だ」
短くて鋭い声は、明らかに戦場で使いそうな声だった。
「結婚指輪を探している」
店内が、きらっと輝いた。
「まあ……おめでとうございます!」
微笑んだ店員さんが僕を見る。その瞬間リオンの手が、僕の腰に回った。
「……っ」
「近い?」
耳元で、低く囁かれても。
「近いっていうか……見られてる……」
「当然だ」
何が当然なの。
「こちら、よろしければご覧に――まずは指輪のサイズを」
店員さんがトレーを出す。リオンの視線が指輪ではなく、店員さんの手に注がれる。
「……触れるな」
「え?」
「真琴の手に、許可なく触れるな」
「リオン!!」
慌てて止める。
「落ち着いて。サイズを測るだけだから!」
「私がやる」
「え?」
リオンが、僕の手を取った。しかも超丁寧。宝物を扱うみたいに。
「……少し冷たいな」
「い、今それ言う?」
店員さんが、微笑みつつ引いてる。
「では……サイズは……」
「把握している」
「え?」
「いつも、私の指を握っているから」
店内が尊死空間。僕の顔、たぶん真っ赤だ。
「……こちらはシンプルですが――」
「だめだ」
「え?」
「傷がつく」
「それは……使えば……」
「真琴はよく転ぶ」
「転ばないよ!」
「角でぶつける」
「ぶつけない!」
「重さがある。疲れる」
「指輪に疲れるの?」
却下の嵐。気づけば十数個、全滅。かわいそうな店員さん、若干涙目になっていた。
「あのね……リオン」
僕は、小さく言った。
「僕が気に入るのを、選びたい」
その言葉で、却下の声が止まる。
「……」
数秒。ゆっくり、息を吐く。
「……分かった」
やっと手を離す。でも一歩、後ろに下がるだけ。完全監視をキープする。
そんな中で僕は、シンプルな指輪を手に取った。それは細くて、優しい光を放っている。
「……これ」
リオンが、じっと見る。しかも長い沈黙を維持して、僕が選んだ指輪を凝視する。
「……真琴」
「なに?」
「それを着けている未来が、はっきり見える」
真剣すぎる。
「……生きててよかった」
「急に重い!」
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