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番外編 団長、謝罪文は王宮で検閲事件
帰路の馬車は空気は妙に重い。原因は私の向かいに座る団長が、先ほどから一言も発していないことだ。
視線は私の手元。正確には、真琴宛ての謝罪文の束。
「……」
「……」
「団長」
呼びかけると、ようやく顔を上げた。
「……リオン」
低い声で名を呼ばれた。そして――。
「それは」
指先で、謝罪文を示す。
「何だ?」
「敵兵が、自発的に書いた謝罪文です」
「誰に」
「伴侶に」
団長は、深く、深く息を吸った。
「……ほう」
そして、馬車が止まった。
「降りろ」
「?」
「いや、座ったままでいい」
団長は私の向かいから身を乗り出し、謝罪文を一枚つまみ上げた。
読む、無言。二枚目。三枚目――途中で、額を押さえた。
「……リオン」
「はい」
「確認する」
「どうぞ」
「これは」
紙束を軽く振る。
「王国に対する反逆文書ではないな?」
「違います」
「魔術的呪詛も?」
「ありません」
「真琴殿を“概念”扱いしている部分は?」
「敵兵の認識です」
「……だろうな」
団長は、はっきりと言った。
「これはな、王宮で検閲する」
「なぜですか」
本気で疑問だった。
「理由は三つある」
団長は指を立てた。
「一つ。民間人――しかも副団長の配偶者に、敵国兵が公式謝罪文を送る前例がない」
「確かに」
「二つ。内容が過剰だ」
「これでも、かなり削らせましたが」
「削ってこの量だろう」
その通りだった。
「三つ」
団長は、真顔で言った。
「これをそのまま渡したら、真琴殿が混乱する」
――あ。一瞬で理解した。
「……確かに」
「だろう」
団長はため息をついた。
「お前は自覚がない」
「何の」
「君の伴侶が、どれほど周囲の精神安定を破壊しているかだ」
「?」
「敵が謝罪文を書く時点で異常だ」
「恐怖では?」
「尊敬混じりの恐怖が、一番厄介なんだよ」
団長は紙束をまとめ、きっちり封をする。
「よってこの謝罪文は一度王宮で検閲し、真琴殿に“渡しても問題ない形”に編集する」
「編集?」
「そうだ」
団長は私を見る。
「例えば――“ご主人が強すぎて怖かったので謝ります”くらいに要約する」
「それは」
想像した。真琴がそれを読んで、困ったように笑って、「そんな理由で……?」と言う姿。
「……可哀想では?」
「だから検閲する」
正論だった。
馬車が再び動き出す。
団長は最後に、ぽつりと言った。
「リオン」
「はい」
「もう一つ忠告だ」
「何でしょう」
「これ以上、真琴殿の名前を任務先で出すな」
「?」
「敵が戦意を喪失する」
「それは……平和的では?」
「戦争が終わる方向が歪む」
団長は窓の外を見た。
「王国はな、“最強騎士の伴侶”を外交カードにするつもりはない」
私は少し考えた。
「……自重します」
「本当か?」
「努力します」
「その言い方が、既に信用ならん」
団長は苦笑した。
その夜。王宮記録文書・追記。
※副団長の配偶者に関する文書は原則として、王宮検閲対象とする。
理由:世界観が崩れるため。
***
朝の店は静かだった。いつもより少し早く目が覚めて、奥の小さな机で帳簿を確認していると、背後から気配が近づく。
――重い。これはもう、確実にリオンだ。
「……真琴」
案の定、腰に腕が回される。
「おはよう」
「……おはよう」
背中に額を預けられたまま、しばらく動けない。
「……昨日、王宮から文書が戻ってきた」
「うん」
リオンの声は、どこか不機嫌だった。
「……検閲済みだ」
「けんえつ?」
振り返ると、リオンは露骨に拗ねた顔をしている。
(――あ、かわいい!)
いや、本人には絶対言えないけど。
「本当は」
リオンは視線を逸らし、ぽつりと続けた。
「……もっと、書いてあった」
「え?」
「敵兵が私ではなく――君に宛てて書いた文だ」
「……僕に?」
思考が追いつかない。
「……なんで?」
リオンは一瞬、黙った。そして、観念したように話し始める。
「元の内容は……」
・任務中、真琴に似た声を聞いた気がしたこと
・それだけで心が折れかけたこと
・“副団長の伴侶”という存在が戦場に与える影響
・生きて帰れたことへの感謝
・二度と関わらないという誓約
「………………」
途中から、言葉が出なかった。
「え……?」
いや、ちょっと待ってほしい。
「それ……僕、何もしてないよね?」
「していない」
「会ってもいないよね?」
「会っていない」
「声も……出してない」
「当然だ」
リオンはきっぱり言った。
「だが、存在だけで十分だったらしい」
「……」
困惑、という言葉がぴったりだった。
「……それ、怖くない?」
「怖いだろうな」
リオンは少し誇らしげですらあった。
「だから王宮が止めた」
「そりゃ止めるよ!!」
思わず声が裏返る。
「それ、僕が読んだらどうなるって思ったの……」
「困る」
「そうだよ!!」
額を押さえる。
「謝罪文なのに、読んだ側が申し訳なるやつじゃん……」
「……だから渡されなかった」
リオンは、少しだけ残念そうに言う。
「……本当は、君に読んでほしかった」
「え?」
「君がどう思うか、私は知りたかった」
その口調は静かで、少しだけ弱かった。
「……僕が読んだらたぶん困って、どう返事したらいいか分からなくて」
リオンを見る。
「でも、リオンが無事に帰ってきたなら、それでいいって言うと思う」
リオンの蒼い目が、ゆらりと揺れた。
「……それが」
小さく息を吸う。
「一番、重い」
「え?」
「君がそれを言うから、皆が壊れる」
「僕のせい?」
「君のせいだ」
断言。そして、ぎゅっと抱き寄せられる。
「……検閲して正解だったな」
「だよね……」
胸元でくぐもった声が聞こえる。
「……でもさ」
「うん?」
「次は何かあったら、ちゃんと僕にも話して」
「……約束する。……ただし」
リオンが、低く囁く。
「君に害意を向けた者の謝罪は全部、私が最初に読む」
「それ、過保護通り越してない?」
「自覚はある」
即答だった。
ため息をつきながら、それでも少し笑ってしまう。
「……ほんと、重い」
そう言うと、リオンの腕に力が入った。
「……褒め言葉だな」
「喜ぶところじゃないから!」
でも、離れない。
重くて少し困って、でも間違いなく大切な伴侶の腕だった。
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