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番外編 一日だけの新婚旅行

――副団長リオン=ヴァルハートの記録(私的)――  これは公式記録ではない。王宮にも騎士団にも提出しない、私個人の覚え書きだ。理由は単純。提出したら、間違いなく止められる。  出発前に、真琴が心配そうな表情を浮かべて口を開く。 「……リオン、本当に一日だけでいいの?」  言いながら、少し申し訳なさそうに微笑った。その表情だけで、私はすでに旅行に満足していた。 「一日あれば十分だ。君が隣にいる」 「それ、新婚旅行として正解なのかな?」  正解だ。ただし問題は――世界がそれを許さないことだろう。  行き先は王都近郊・湖畔の町。距離は馬車で半日。“近場”という名目で、団長と王宮を黙らせるための選択だった。  しかし到着してすぐ、違和感があった。  ――静かすぎる。湖畔の町は本来、観光客で賑わう。しかし今日は、妙に人の動きが整いすぎていた。  真琴がキョロキョロしたあと、小さく言った。 「ねぇリオン……みんな、こっち見てない?」  見ている、見ないふりで。私は即座に理解した。 (……情報が漏れたな)  宿に着くと、支配人が深々と頭を下げた。 「副団長殿、真琴殿……本日は“最上の部屋”をご用意しております」 「頼んでいない」 「はい。ですが“念のため”」  真琴が小声で囁く。 「ね、念のためって?」 「気にするな。私がいる」  支配人の目が一瞬、安堵で潤んだ。 (……なぜ安心する?)  湖の岸辺を歩いていると、明らかに“訓練された動き”の集団が距離を保って配置された。  敵ではない、護衛だ。しかも他国の。真琴がその事に気づいて、目を瞬かせる。 「リオン……あの人たち、もしかして騎士?」  私は即、真琴を背後に庇った。 「出てこい」  空気が割れた次の瞬間、湖畔の茂みから三人の男が姿を現す。 「失礼を……!」  その場で一斉に膝をつく。 「我々は隣国ヴァルグレインの者。本日は“偶然”この地を通り……」 「嘘だな、目的を言え!」  男は汗をかきながら言った。 「……真琴殿に、何もしないことを誓いに来ました」 「は?」  真琴が私の背後から、困惑した声を出す。 「え、えっと?」 「評価書の件で……もう我々は十分に……」  私は理解した。 (“何もしない”ことを、わざわざ宣言しに来たのか)  真琴は一歩前に出て、柔らかく頭を下げた。 「わざわざありがとうございます。でも……お気遣いしなくて大丈夫ですよ?」  ――終わった。男たちの顔色が、“救われた者のそれ”になる。 「ああ……感謝します!」  彼らは本当に、何もせずに去っていった。私は深く息を吐く。 (君は……本当に……)  夜、湖を望む部屋。灯りは柔らかく、とても静かで――ようやく平穏な時間を過ごせそうだった。  真琴が窓辺で言った。 「……なんだか、色々あったね」 「すまない」 「でも……楽しいよ。リオンと一緒だから」  私は、もう限界だった。迷うことなく真琴を抱き寄せる。 「君は……一日でも世界を動かす」 「それ褒めてる?」 「警告だ」  彼は笑った。そして、私の胸に額を預ける。 「……ねぇ、リオン」 「なんだ」 「また、忙しくなるよね」 「なる」 「でも……」  顔を上げ、まっすぐ見つめてくる。 「ちゃんと帰ってきてね」  ――守る。  その言葉を、誓いとして胸に刻む。  翌朝、宿を出る時、支配人がそっと言った。 「……湖が、昨夜とても穏やかでした」  真琴が微笑む。 「それは、よかったです」  私は思った。 (――穏やかなのは、湖だけだ)  結論(私的)一日だけの新婚旅行。 ・他国の誓約 ・無言の護衛網 ・世界の過剰反応  ――だが、真琴が隣にいた。それだけで、私はすべてを許容できる。次に旅行に行くときは――もっと遠くへ。ただし、世界がついて来ない場所に行きたい。  可能かどうか? たぶん……無理だろうな。 一日だけの新婚旅行 ――真琴の記録――  一日だけの新婚旅行。そう聞くと、なんだか少し物足りない気もするけれど、僕はむしろ嬉しかった。だって忙しいのに、頑張って時間を作ったリオンが「行こう」って言ってくれたから。  出発の朝、「真琴、緊張してるのか?」って馬車に乗り込んだ僕に、リオンがそう聞いた。 「え? ううん。楽しみなだけだよ」  本当は、少しだけそわそわしていた。“新婚旅行”って言葉が、まだ現実味がなくて。  リオンの手が、自然に僕の指を包む。 (……あ、これ夢じゃない)  指輪が、ちゃんとそこにあった。  湖畔の町に着いた。町はとても静かで、空気が澄んでいる。水面がきらきらしていて目に優しく、きれいだった。 「リオン、いいところだね」 「君が気に入ると思った」  そう言ってくれるのが、とても嬉しい。  ……ただ、なんだろう。みんな、やけに丁寧じゃない? すれ違う人が、やたらと道を譲ってくれるし、目が合うと微妙に緊張した笑顔になる。 「……僕、なんかついてる?」 「いや」  リオンの答えが、少し早かった。  宿にて案内された部屋を見て、思わず声が出た。 「え、広っ!」  そこは大きな湖が一望できる、素敵な部屋だった。 「ここ、間違ってない?」 「合っている」 「ほんとに?」 「……深く考えるな」  リオンが額に手を当てている。疲れてるのかな。あとで肩を揉んであげよう。  午後、湖畔の散歩をするために、湖の周りを一緒に歩いた。風が気持ちよくて、リオンの歩幅に合わせて歩くのが、なんだか嬉しくて、自然と足が弾んでしまった。 「ねぇ、リオン」 「なんだ」 「こういう“普通のデート”、久しぶりだね」  少しだけ、リオンの表情が柔らかくなる。 「……ああ」  そのとき茂みの向こうから、がさっと音がした。びくっとした僕の前に、リオンが一瞬で立つ。 「出てこい」 (……あ、これ、よくないやつ?)  出てきた人たちは、武装してるけど――全員、めちゃくちゃ緊張してるのが雰囲気で伝わった。  そして、まさかの――僕らに跪いた。 「……え?」 「本日は、何も致しません!」  え、なに? 何もしない宣言? 「評価書の件で……!」  評価書? よく分からないけど、このままじゃ空気が怖い。 「えっと……」  僕は一歩前に出て、頭を下げた。 「わざわざありがとうございます。でも……お気遣いしなくて大丈夫ですよ?」  すると、その人たちが――泣きそうな顔で安堵した。  え、そんなに?  帰っていく背中を見送りながら、僕は首を傾げた。 「……いい人たちだったね」  リオンが、深く息を吐いた。 「……そうだな」  夜。宿に戻って、少しだけ静かな時間。窓から見える湖は、昼よりも穏やかで、灯りが水に揺れていた。 「リオン……今日、楽しかった?」  そう聞くと、彼は迷いなく頷いた。 「ああ。君が笑っていたからな」  胸が、じんわり温かくなる。 「僕も。……ね、リオン」 「?」 「忙しくても、こういう時間、たくさん作ろうね」  リオンの腕が、そっと僕の背に回る。 「約束する」  低くて、真剣な声。  ……ああ。この人の“約束”は重い。でも、だからこそ安心できる。  柔らかな月光がカーテン越しに差し込み、二人の影を優しく描く。リオンの蒼い瞳が、僕を映して輝いた。  今日一日、街を散策して手を繋いで歩いた記憶が、まだ体に残る温もりとして残っている。 「……真琴」  リオンの声が、耳元で甘く響く。彼の指が僕の頰を優しく撫でてから、唇が近づく。最初は優しいキス。触れるだけの、探るような。でもすぐに深くなって舌が絡み合い、互いの息が混じり合う。甘い吐息が漏れて、胸が高鳴る。 「ん……リオン……」  僕の声が、甘く溶ける。リオンの手が背中から腰へ滑り、布地越しに肌をなぞる。寝間着がゆっくりと脱がされ、露わになる肌に彼の唇が触れる。首筋を優しく吸い、胸板へ降りていく。指先が敏感な部分を優しく刺激するだけで、体がびくりと反応する。 「美しい……君は、私のすべてだ」  リオンの言葉が、心を溶かす。僕の手が彼の胸に触れ、筋肉の感触を確かめる。新婚の喜びが、互いの触れ合いに溶け込む。彼は僕をベッドに優しく押し倒し、上から覆い被さる。  唇が再び重なり、キスを深くしながら手が下へ滑る。硬くなった僕のものを優しく握り、ゆっくりと扱く。滑らかな動きに、腰が自然と浮き上がった。 「あっ……リオン、そこ……」 「感じてくれ……私の愛を」  彼の声は低く、愛に満ちている。僕の足を開き、自身の熱くなったものを近づける。ゆっくりとリオンが挿り込み、互いの体が繋がる瞬間、息を漏らす。動き始めると、部屋に甘い喘ぎと肌のぶつかる音が響く。  リオンの腰が優しく、でも深く打ちつけるだけで、快楽の波が広がる。 「真琴……愛してる……永遠に」  その言葉に煽られ、僕の体が震える。頂点が近づき、声を上げて達する。熱い迸りが溢れ、リオンも低く唸り、僕の中にすべてを注ぎ込む。余韻に震えながら互いに抱き合い、息を整える。  月光の下、二人は静かに体を寄せ合う。新婚の夜は、まだ始まったばかり。この約束の重さが、永遠の絆を紡いでいく。  翌朝。腰の痛みで目が覚めたとき、リオンがもう起きていて僕を見ていた。 「リオン……おはよう」 「おはよう。よく眠れたか」 「うん」  指輪が、朝の光を反射してきらっと光る。  昨夜の余韻が、まだ体に残っている。腰の鈍い痛みは、激しい愛の証。リオンの視線が優しく僕を包み、頰が少し熱くなる。 「……まだ、痛むか?」  リオンの声が低く、気遣うように響く。彼はベッドの端に座り、そっと僕の額に手を置く。指先が優しく髪を梳き、昨夜の熱を思い起こさせる。 「少し……でも、いい痛みだよ」  僕が微笑むとリオンは目を細めて、僕を引き寄せる。腕の中に収まり、胸板に耳を当てる。心臓の音が、穏やかで力強い。昨夜の激しい鼓動とは違う、静かなリズム。 「……君の温もりが、朝になってもここにある。それが幸せだ」  耳元で囁かれ、胸が甘く締めつけられる。  リオンの唇が額に触れ、優しいキスを落とす。そこから頰へ、鼻先へ、そして唇へ。朝の光の中で、ゆっくりと深くなるキス。舌が優しく絡み、昨夜の情熱を優しく呼び起こす。 「ぁん……リオン……」  息が混じり、互いの体温が再び高まる。でも、今日は急がない。リオンの手が背中を優しく撫で、腰の痛みを労わるようにマッサージする。甘い吐息が漏れ、目が潤む。 「もっと、君を抱きしめていたい。永遠に」  その言葉に、僕も腕を回す。新婚の朝は、こんなふうに始まる。昨夜の余韻を優しく溶かし、今日の約束を紡いでいく。  新婚旅行は、たった一日。事件も、ちょっと不思議なこともあったけど――全部、楽しかった。

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