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番外編 騎士団、守るものを盛大に間違える
団長はその報告を受けた瞬間、静かに天を仰いだ。
「……で?」
報告役の団員が、冷や汗をだらだら流しながら言う。
「敵国・ヴァルグレインより、正式な外交文書が届きました」
「うん」
「内容が……」
団員は、そっと差し出した紙を開いた。
『貴国の“真琴殿評価書”を拝読いたしました』
「なぜある?」
「なぜ読めている?」
「なぜ“拝読”?」
事務室が地獄絵図になった。
「経路を洗え!!」
団長の怒号に、団員たちが次々と報告する。
「写しを取ったのは私です!」
「保管庫に入れたのは俺です!」
「整理中に“参考資料”としてまとめました!」
「“副団長案件フォルダ”に入れました!」
「そのフォルダ、誰でも見れるだろ!!」
「だって“国家重要”って書いてあったので……」
「重要だから隔離しろ!!」
団長、机に突っ伏す。
「お前たち……宝石を市場に放置するタイプか……」
一方、敵国ヴァルグレイン。軍議室は、異様な静けさに包まれていた。
「……これが……噂の……」
敵将が、震える手でページをめくる。
【抜粋】
・真琴殿が名前を呼ぶと士気が上がる
・謝罪されると罪悪感が増幅する
・副団長リオンの戦闘力が不安定化(主に激増)
・危険度は本人の自覚と反比例する
「……人質にしてはいけない人物、というより……」
額の汗を拭いながら、参謀が呟く。
「触れてはいけない概念では?」
「“普通にしたい”と言ったら、危険度が上がるって何だ」
「これは……兵器ではない……」
「むしろ、災厄に近い」
敵将が、あるページで完全に動きを止めた。
【非公式追記】
・真琴殿が「不安だ」と言った直後、副団長が単騎で敵を殲滅した事例あり
「…………」
敵将、ゆっくり立ち上がる。
「戦争は中止だ」
「将軍!」
「勝てる気がしない」
「そもそも……」
敵将は、遠い目をした。
「あの人に悲しい顔をさせたら、世界が終わる」
***
「団長、敵国が降伏を打診してきた」
王が言うと、団長は無言で机に額を打ちつけた。
「理由は?」
「“真琴殿をこれ以上怖がらせないため”という理由らしい」
団長の傍に控えていた真琴が、呆けた顔をする。
「……え?」
リオンがわかったような面持ちで頷いた。
「……だろうな」
真琴は、完全に理解できていない。
「えっと……僕、何もしてないけど……」
「してないのが問題だ」
利き手で額を押さえた団長は、大きなため息を吐くしかなかった。
その日の夜。事務室の壁に、新しい貼り紙が出た。
【重要】
真琴殿評価書
・閲覧制限:副団長、団長、王
・写し作成禁止
・感想文禁止
・追記禁止
・私的メモ禁止
・外部流出厳禁(特に敵国)
その下に、誰かが小さく書き足していた。
※真琴殿本人に見せるのも要相談
団長は、それを見て呟いた。
「……騎士団がザルなのか、真琴殿が世界を壊してるのか、もうわからん」
リオンは、真琴の肩を抱き寄せて静かに言う。
「大丈夫だ」
「何が……?」
「君は何も悪くない」
団長&団員たち(同時)
「だから困ってる!!!!」
***
その文書が届いたのは、朝の執務が始まって間もない頃だった。
「……敵国ヴァルグレインより、正式な外交要請です」
団長は嫌な予感しかしない顔で受け取る。
「今度は何だ。降伏? 同盟? それとも“真琴殿を刺激しない条約”か?」
「いえ……内容が少々……」
書簡を開いた瞬間、団長は目を疑った。
(要請書) 我が国は、貴国より流出した『真琴殿評価書(写)』を保有しておりますが、これ以上の保管は我が国の精神衛生および国家安全保障に深刻な悪影響を及ぼすと判断いたしました。
つきましては、速やかに返却いたします。
※焼却も検討しましたが、「内容を完全に理解した者が処分するべき」と判断いたしました。
「…………」
団長は、ゆっくりと書簡を閉じた。
「……怖かったんだな」
報告役の団員が、かすれ声で言う。
「備考欄が……さらに……」
続きを読む。
【追記】
・本評価書を読んだ参謀二名が夜中に“副団長が来る夢”を見て不眠症になりました
・真琴殿の“善意”が戦略兵器以上の抑止力を持つと結論しました
・これ以上の分析は危険です
「研究対象扱いをやめろ!!!!」
団長の叫びが、執務室に響いた。
敵国の申請書の件で、王宮は緊急会議を開くことになった。
「返したいって……」
王は書簡を読みながら、眉を上げる。
「敵国から“怖いので返します”って言われる評価書、前代未聞だな」
「前代未聞なのは、内容です」
団長が壁際に立っている真琴を、横目で眺めた。
「……あの……それ、僕の話なんですよね?」
リオンは即座に、真琴を自分の背後に下げた。
「読むな」
「え、でも……」
「読む必要はない」
「賛成だ。精神的に危険だ」
団長は胸の前に腕を組み、何度も頷く。王は苦笑いを浮かべながら呟いた。
「もはや国家機密というより、呪物扱いだな」
『真琴殿評価書(写)』返却当日、中立地に設けられた返却会談の場。敵国の使者は、布で何重にも包まれた箱をまるで危険物のように両手で抱えていた。
「……こちらが、その……」
声が震えている。
「真琴殿評価書(写)でございます」
リオンが一歩前に出る。
「確認する」
箱を開いた瞬間、敵国側の護衛が一斉に息を呑んだ。
「副団長殿……どうか怒らないでください」
「怒っていない」
その低い声だけで、数人が後ずさる。同行していた真琴は、困惑しながら小さく頭を下げた。
「あの……ご迷惑をおかけして、すみません……」
――その瞬間、敵国使者が勢いよく膝をついた。
「いえ、 我々が悪いのです!!」
「えっ?」
「評価などという不敬を働き、真琴殿を“理解しよう”としたこと自体が過ちでした!!」
同じく同行していた団長は、敵国の様子を見て理解を放棄した。
「……真琴殿」
敵国使者は真琴を見ず、床を見つめたまま言った。
「どうか……これ以上、我が国を“優しい顔で見ないでください”」
「……?」
帰国後、騎士団本部。団長は、返却された評価書を厳重に封印しながら呟いた。
「……敵国が正しい判断をしたのは初めてだ」
リオンは真琴の手を握り、静かに言う。
「もう誰にも見せない」
「え、でも……」
「君は知らなくていい」
団長が断言するように言う。
「知られたら、次は世界が返却を求めに来る」
「そんなこと……」
困惑する真琴に、リオンは告げた。
「ある」
「確実にある」
リオンの言葉を肯定するように、団長も同じことを言いきった。
その夜、敵国ヴァルグレインでは、“真琴”という名を口に出すのが半ばタブーになったという。
理由?
「呼んだら来そうだから」
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