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番外編 国家機密文書を本人に見せてはいけない理由
「……ラディス団長」
「何だね、真琴殿」
「これ……僕の、評価書……ですよね?」
真琴は、両手で分厚い書類を持ったまま固まっていた。表紙には、はっきりと書かれている。
《王国重要人物・特別評価報告書》――対象者:清水真琴
「見せるつもりはなかったんだが」
団長は遠い目をした。
「副団長が“伴侶に隠し事はよくない”と言い出してな」
「リオン……!」
真琴は思わず書類を抱きしめてしまう。
(や、やだ……絶対大げさに書かれてる……)
ドキドキしながら、ページをめくる。
【総合評価】危険度:極めて高い(本人に自覚なし)
「……ん?」
真琴は一度閉じてから、もう一度開いた。
「き、危険度?」
「読み進めていいぞ」
「よ、よくない気がします……」
それでも、真琴は続きを読んだ。
【影響範囲】
・副団長(王国最強戦力)
・騎士団全体
・王宮上層部
・同盟国
・敵対国(士気低下・戦意喪失)
「……え?」
真琴の喉が、こくりと鳴った。
「えっ、敵対国?」
「最近は“真琴殿が来る可能性がある”だけで、撤退する例も出ている」
「!?!?!?」
真琴は、ページをめくる手が震え始めた。
【特記事項】
・対象者が穏やかな笑顔で発言した場合、周囲は“最後通告”と誤認する傾向あり
・対象者が困惑した場合、“怒りを抑えている”と誤解される
・対象者が謝罪した場合、“慈悲”と受け取られる
「……」
真琴は、声が出なかった。
(僕、全部……普通に……)
次のページ。
【副団長との関係性】
・対象者の安全=国家戦力の安定
・対象者の情緒変化が副団長の戦闘力に直結
・対象者が落ち込んだ場合、周囲は緊急事態と判断すべき
「……」
真琴は、そっと書類を閉じた。
「……ラディス団長」
「何だ」
「僕……」
声が、かすれた。
「もしかして、国を背負ってます?」
団長は、はっきりと言った。
「背負っているというより、国が真琴殿を背負っている」
「ひっ……」
そこへ。
「真琴」
聞き慣れた声がした。リオンが団長室に入るなり、真琴に話しかける。
「評価書、見たか」
真琴は、ゆっくり振り向いた。
「……リオン……」
「大丈夫だ」
リオンは迷いなく言った。
「私は、全部込みで守ると決めた」
「そういう問題じゃ……!」
真琴は思わず声を上げた。
「僕、知らないうちに……みんなを……世界を……」
「ああ」
リオンは即答した。
「無自覚でな」
真琴は、膝から力が抜けそうになる。
「……どうしよう……」
リオンは真琴の手を強く、でも優しく握った。
「どうもしない」
「え……?」
「真琴は、今まで通りでいい」
その目は、揺るがなかった。
「世界の方が、勝手に解釈しているだけだ」
団長が、深くため息をつく。
「だから言っただろう」
「……何をですか?」
「評価書を本人に見せると、精神的ダメージが大きすぎる」
真琴は、涙目で訴えた。
「これ……回収してください!」
「却下」
「えええ!」
「副団長が“伴侶にも自覚を持ってもらうべきだ”と」
リオンは、少しだけ照れた。
「……一緒に生きるなら隠し事をなしにして、現実も共有したい」
「リオン……これ重いって」
リオンは、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
「そこ、喜ぶところじゃない!!」
その日の夜。真琴は布団の中で、ぽつりと呟いた。
「……僕、普通に生きたいだけなのに……」
リオンは、そっと抱き寄せる。
「それで十分だ」
「……本当に?」
「ああ」
リオンは静かに言った。
「普通でいようとする真琴が、一番怖い」
「やめてぇぇぇ……」
こうして、真琴はようやく悟った。自分が、国際問題を量産する存在であることを。
***
王宮騎士団・事務室。机の上に積まれた一冊の分厚い書類を見て、団長は頭を抱えていた。
「……おかしいな」
昨日まで、確かに一冊だった。
《王国重要人物・特別評価報告書(真琴)》
しかし今。横や縦に、付箋・追記用紙・別冊・補遺・非公式メモが増殖している。
「誰だ……増やしたのは……」
団員たちは視線を逸らしたが、圧のある団長の雰囲気にのまれて――。
「……私です」
「俺もです」
「気づいたら書いてました」
「書かずにはいられなくて……」
「業務報告です!!」
「やめろ!!」
団長の悲鳴が事務室に響いた。
メガネを押し上げながら、渋い表情をキープした団長は一枚、無言で追記を手に取る。
【追記①】
・真琴殿が「大丈夫です」と微笑んだ際、副団長の殺気が一時的に消失→周囲の緊張が一瞬緩むため、敵が“嵐の前の静けさ”と誤認しやすい
「誰だ、これを書いたのは」
「副団長です」
「本人が書くな!!!!」
【追記②】
・真琴殿が団員の名前を覚えていた場合、当該団員の忠誠心が急上昇
・士気向上効果が高すぎるため、部隊バランスに注意
「これも誰だ」
「俺です!」
「誇るな!」
【追記③・私的メモ】
・真琴殿に謝罪されると「赦された」と錯覚し、罪悪感が倍増する
・敵将が泣いた(実例)
団長は、ゆっくり机に突っ伏した。
「これ……もう評価書じゃない……信仰文書だ……」
「失礼します……」
その声に、全員が凍りついた。真琴だった。
「……団長……その……」
真琴は、例の評価書――増殖版を見て青ざめた。
「追記……増えてません?」
「増えているな」
「なんで?」
団員たちが、そろって背筋を伸ばす。
「善意です!」
「事実です!」
「記録です!」
「愛です!!」
「最後のは帰れ」
真琴は、震える声で言った。
「こ、これ……僕の危険度……」
表紙を見る。
【総合評価】
危険度:極めて高い
※追記により上昇傾向
「昨日よりも、上がってますよね……」
「上がっている」
真琴は、深呼吸した。
「……下げます」
「……は?」
「ぼ、僕……危険度……頑張って下げます!!」
両手に握りこぶしを作り、涙目になって訴える真琴。
「やめろ」
「普通にします! 目立たないようにします! あの、謝らないし、笑わないし……」
「やめろと言っている」
真琴は、真剣な顔で言った。
「皆さんに……ご迷惑をかけないように……」
その瞬間、団員たちの顔色が変わった。
「……“皆さん”?」
「我々全体に配慮を?」
「これは……」
「やめろおおお!!」
真琴は、困惑したまま続ける。
「ぼ、僕は……ただの一般人ですし……」
そのセリフに、室内が騒然となる。
「一般人?」
「“ただの”?」
「自覚がない……!」
「危険度、跳ね上がるぞ!!」
リオンが、後ろからそっと真琴の肩に手を置いた。
「真琴」
「……な、なに……?」
「今の発言」
低く、確信を込めて告げる。
「敵国なら降伏案件だ」
「なんで?」
団長は震える手で評価書を開き、新たな追記を記した。
【緊急追記】
・対象者が「普通になろう」と意識した場合、周囲は“何かを隠している”“嵐が来る”と警戒する
→危険度:さらに上昇
真琴はその文字を見て、絶望した。
「……下げられない……」
「下げるな」
「え?」
「下げようとするな」
リオンが、真琴を抱き寄せる。
「そのままでいろ」
「それが一番危険なのでは……?」
リオンは、微笑んだ。
「だから私がついている」
団員たちが、揃って頷いた。
「副団長が一番の安全装置」
「同時に最大の増幅装置だが」
「言うな」
こうして評価書は今日も増える。追記欄は尽きない。そして真琴は理解した。
――危険度を下げようとする行為こそが、最大の危険であると。
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