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副団長という国難(ラディス視点)
私は戦場で竜と対峙したことがある。王都に魔獣の群れが押し寄せた夜も、最前線に立った。だが、あれほど冷や汗をかいた日はない。
「副団長の様子はどうだ?」
王宮魔術師に問うたとき、私は半分覚悟していた。魔力暴走の数値が上がっていることは、結界塔の揺らぎで分かっていたからだ。
「暴走すれば、王都半壊の恐れが」
半壊、ずいぶん優しい言い方をする。リオン・ヴァルハートが本気で魔力を解放すれば、“半壊”では済まない。王都の地図が間違いなく書き換わる。
私は団長だ。冷静でいなければならない。
「リオン、国を消すな」
我ながら、雑な命令だと思う。しかしながら、あの男に回りくどい言葉は通じない。
「……努力はする」
努力、だと。その一言で、私は悟った。
(――ああ、これは国難だ)
リオンは優秀な部下だ。剣も魔術も指揮能力も、忠誠心も申し分ない。王家に対する忠義は本物だ。
でも真琴殿が絡むと、話は別だ。彼の忠誠順位はこうなる。
1位:真琴
2位:真琴
3位:王国
4位:その他全部
間違いなくそうだ。今回も、医官から報告を受けた瞬間のあの顔。戦場で仲間が倒れたときですら、あそこまで動揺しなかった。
真琴殿が「副団長様」と距離を取ったと聞いたとき、結界塔の数値が跳ね上がった。
国より伴侶、法律も神も味方している関係。だからこそ厄介だ。正当性がある。
廃教会に向かうべく転移陣を開いたとき、私は覚悟していた。もしリオンの魔力が暴走していれば、止める手段は私にもない。
目に映った状況は、だだっ広い荒野のみだった。廃教会はおろか、石も祭壇も闇すら残っていない。中心に立つ副団長は、ところどころ血に濡れていた。それでも剣を抜いていない。魔法だけで制圧した証拠だ。
「処理完了です」
疲れ切った声に、私は肩を竦める。
「あーあ、派手にやったな」
本当は叱りたい。禁忌級三重展開など、軍規違反もいいところだ。だが、叱れない。あの目を見ればわかる。あれは王国の守護騎士ではない、伴侶を奪われた哀れな男の姿だった。
だから私は言った。
「疲れが吹き飛ぶ報告をしてやる」
あの瞬間、あれほど安堵した顔を私は初めて見た。国が守られた瞬間ではない。真琴殿が名前を呼んだときだ。
工房の前に、私はついて行かなかった。夫婦の再会に、上司が立ち会う趣味はない。だが結界塔の数値は見ていた。
急降下、安定域に入る。魔力波形が、まるで眠る子どものように穏やかになる。
王宮魔術師が呟いた。
「副団長の精神安定装置は、真琴殿ですね」
私は即座に言った。
「装置と言うな。伴侶だ」
後日、報告書を書きながら考えた。敵国が攻めてくるより怖いのは、副団長の私情暴走だ。同時に、あの男の強さの源もそこにある。守るものがあるから強い。
守る相手が明確だから迷わない。今回の件で私は学んだ。副団長を安定させたいなら、真琴殿を守れ。
それが最善の国防だ。
結論、リオン・ヴァルハート。王国最強騎士であり最大戦力。そして同時に、最大級の爆弾。ただし安全装置付き。名を――真琴。
私はペンを置き、深いため息をつく。
「……副団長という国難か」
だがあの男が笑っている限り、王国は滅びない。問題はただ一つ。真琴殿を泣かせる者が現れた場合だ。
そのときは――王国が先か世界が先か。私は結界塔を強化しながら、静かに覚悟を決めた。
団長とは、つくづく胃に悪い役職である。
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