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第1話

 今、目の前で行われていることは現実なのか、それとも手の凝ったドッキリなのか… ドッキリならどんなにいいか… ほんの数分間の出来事だろう。だけど、まるでスローモーションのように、目に映るものと耳に入る言葉の意味を上手く結びつなげることができずにいた。 俺、澤田南(さわだみなみ)は、まあまあ大きめの会社に勤めているし、ある程度顔が整っている。身なりにも気をつけているため悪く言われることもない。所謂、イケメンと言われる部類。だが、そんな自分を自慢に思ったり、誇示することはない。 それは、本当の自分を隠して生きている後ろめたさがあるからだ。 最近では、LGBTは理解され、過ごしやすくなってきているのは事実だが、その場所は、本人がたくさんのものを失う覚悟を持ってカミングアウトした場合にのみ与えられるもので、そのことを、自分の口から言えない者には決して与えられるものではない。 だが、ただ1人、1人でいい。本当の自分を受け入れ、理解してくれる人がいれば、静かに息をし、幸せに生きていける。 そう思っていた。今、この瞬間までは… 『最後に、改めて、田代くん、鈴木さん結婚おめでとう!』 部長が発した、この言葉に合わせて拍手が送られた。 たった今、その1人だと思い、静かに生きていけると思っていた場所は、小柄で可愛らしい女性のものだったのだと思い知らされた。 田代くんと呼ばれた男。田代淳平(たしろじゅんぺい) は、今の今まで、俺の恋人だと思っていた男だ。 おめでとうと言われて、喜び、笑顔の淳平と目が合う。笑顔のまま逸らされ、全てを理解した。 その日は、無我夢中で仕事をこなした。 就業時間が終わるころを見計らって、お守りとして机にしまっていた退職届を持ち、課長の元へ行く。 突然で困らせたかもしれないが、体調不良ということで数日の引き継ぎをした後は、有休消化扱いになった。 次の仕事は、前職でwebデザイナーとして仕事をしていたので、案外スムーズに決まった。 仕事が決まったタイミングで、淳平との思い出が詰まったアパートは、引越した。何度も、淳平からの着信があったが、携帯も新しくしリセットしたところで、ふと気づく。 淳平と付き合った時に、ほとんどの連絡先を絶ったたので、電話帳に残る数少ない人を見て無性に虚しさが心を占めていった。 正直に言うと、心がボロボロで生きていける自信がない。 毎日、淳平のことを考えてしまい眠れない。食欲も湧かない。だからと言って涙は一滴も出なくて、一日一日を生きていくことが辛かった。 この先、どうやって生きていけばいいのだろうか… ただ、静かに息がしたかっただけなのに… 答えは出ないまま、引っ越したばかりの部屋のベランダで空を眺める日々を送った。

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