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第2話

引っ越した部屋のベランダは、道路を挟んだ向こう側に同じ様なマンションがある。 不動産の人は「このお部屋のベランダから左側を見ると、大きな桜の木があって満開になると、とても綺麗なんですよ。」とアピールポイントであろう話をしていたが、俺にとって、桜なんてどうでもよく、『八階建て、屋上あり』の文言を目にして決めたのだ。 退職届や引越し、携帯の解約にしても、逃げるための行動は早く、準備できるものはしておく。そうやって、自分を守ってきた。 自信がなくても、再就職先を見つけ、淳平をリセットした今、なんとか生きてる状態で、もう…生きていけない…そう思った時にすぐ行動できる様、この物件に引き寄せられるまま、決めたのだ。 *** いつも通り、ベランダで空を眺めていると、興味もない他人のいやらしい声が聞こえてきた。 どうやら、上の階の住人で、肌寒い11月にベランダに出ているやつがいるとは思わなかったのか、はたまた、換気のために窓を全開にしていたのを忘れて、ことが始まったのか… どっちでも、なんでもいい…中に入ろうとした時、「?」 (男の声が二つ?) 普段なら、そこで立ち止まることなんて絶対にないのに、耳まで立てて聞き入ってしまった。 上から聞こえる声は、終わりが近いのか、激しさを増した。 「はぁっはぁっ、、もっと奥っあっ、、このまま最後までして…」 「お前、すけべだよな。はぁっはぁっ。俺ももう逝きそう」 「うんっ、来てっ、…) 終わったのだろうと思っていたら、ベランダへ出てタバコを吸い始めた。 「はぁー気持ちよかった」 「俺もよかったよ」 「ねぇねぇ、来月クリスマスじゃん。何かするの?」 「んーまだ決まってないけど、バイトが入るかもしれないな」 「そっか」 「なに?」 「いや、何するのかなって思っただけ」 「ふーん」 「またこれ使って呼ぶよ」 「あぁ」 そんな会話を聞いていると、ふわっと風が吹いて「あ!」と言う声と同時にヒラヒラと名刺2枚分ほどのチラシが入り込んできた。 「割引の紙!飛んでいっちゃった…」 「まだあるからやるよ」 「うん…」 チラシは、デリヘルの割引付きチラシだった。 しかも、それはゲイ向けのもので、目に止まる。 そう言えば、性欲もなくなって、しばらく抜いてもいない… もう、淳平とは別れたし、羽目を外すとは少し違うが、人肌が恋しくなったのは事実。 淳平じゃない誰かに抱かれることを想像すらしていなかったから、今更どうやったらいいのかと分からないが、考えるより先にチラシのQRコードを読み込んでいた。 今思うと、ヤケになってたのかもしれない。

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