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第9話
その日から、月に二回は会うようになった。
この関係になって三ヶ月。いろんなことが安定していた。
リョウさんはお客さんから彼氏(仮)として俺を呼ぶようになった。澤田さんから南へ。だが、最初からセックス中は、また違う''みなみ"と呼ぶ。これは、同じ俺を呼ぶ言葉であっても声のトーンや空気、リョウさんのオーラに支配される時に感じるもので、"みなみ"と呼ばれると体がリョウさんを全身で感じようとするのだ。
しかし、リョウさんから発せられる愛の言葉には相変わらず拒否反応が出る。この関係になって数回は体が震えて涙が溢れリョウさんと会うのが辛いと感じることさえあった。その度に、リョウさんは俺を抱きしめて大丈夫だと言い聞かせてくれた。それが今では、少しだけ慣れて拒否反応が出ることは少なくなった。だからと言って、こちらから返すことは出来ずにいる。
そんなこんなで三ヶ月が過ぎた今、リョウさんとは、俺が目隠しをしているため外で会うことはなく、いつものホテルで会う。
だけど、このままでいいわけもなく、リョウさんの様子が少し変わったように感じた頃、リョウさんは真面目に話し出した。
「南。先に謝っとくごめん」
「ん?どうしたの?」
「うん…俺、目隠ししたままでいいって言ったけど、南と目を合わせて話したり笑ったりしたい。あと、デートやセックスも」
「な、なに?急に…」
「急じゃない。気持ちを自覚してからずっと、気持ちは大きくなって、南の全部が欲しくなった。最初は傍にいられたらそれだけでいいと思った。だけど、会うたびに気持ちが大きくなって、そのうち、この場所以外の南を知りたくなった。どんなふうに笑うのか…どんな風に俺を見るのか……」
「……じゃあ、この関係はおしまいだね」
「それは嫌だ」
「でも、そういう約束だったじゃん」
「そうだな…だけど、南は俺の顔見たくない?」
「……」
「今すぐじゃなくていい、南が同じように思えた時でいいから考えてみて」
「…分かった」
俺だって、リョウさんの顔が見たくないわけではない。だけど、そうすると、いろんなことが変わりそうで怖かった。
自分という人間がどう変わるのか…前のように辛い思いをするかもしれない。そんなことを思うと、変わるのが怖かった。
それからまもなく、仕事で電車に乗っていた時、横からツンツンと呼ばれて振り向くと、そこには淳平がいた。
「南。久しぶりだな」
「…淳平…」
「なんだよ、怒ってんのか?」
「…別に」
「しょうがないじゃん」
「…もう、いいよ」
「年齢的にもいつまでも遊んでられないだろ?それに、俺に嫁がいたってお前と会うことはできるし」
「は?」
「お前も、そろそろ疼いてんだろ?後ろ」
「…お前最低だな」
「なんだよ好きなくせに。俺の下で気持ちよさそうにしてたじゃん。その時のお前は可愛くて好きだったぜ?」
「……」
「番号も家も変えてだけど、とりあえず連絡先教えろよ。じゃなきゃ、お前の職場に俺たちの関係バラすけどそれでもいいの?」
よりにもよって、こんなところで拒否反応が出てしまった。下を向き、ガクガク震えて涙が出る。その場から、一刻も早く離れたくてメモに新しい携帯番号を書いて渡す。ちょうど着いた駅で足早に降り、無我夢中で自宅にむかった。
「は?お前そんなに嬉しいの?」
降りる直前、拒否反応で震える俺にそんなことを言う淳平に対し何の反応もできなかった。
それから数日は動けず、何とか職場に連絡はしたものの、また外に出ると淳平がいるかもしれない…その恐怖と仕事に行けてないことへの罪悪感で余計に食べ物は喉を通らず、眠ることさえ出来なくなった。
1日の大半をベランダで過ごす。気分のいい時に買ったデッキチェアに座り空を見上げる。
ちょうど季節は、不動産の人が言っていた大きな桜の木が満開になり恋人たちや高齢者、子供を連れた親子が楽しそうに見上げていた。
同じように見上げていても、その意味は全くちがった。
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