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二人きりの撮影会

暗闇の中、テレビの光だけが辺りを照らす。 時刻は深夜三時十五分―― 煉は借りたブレイブマンのDVDをひたすら見ていた。 眠気は不思議と感じない。ただこれを見ないといけないと言う使命に似た何かに駆られていた。 画面の中のブレイブマンが言う。 「君を救いに来た!もう大丈夫、安心して!」 (ブレイブマンの声って、理央くんに似てる⋯)   違うはずなのに、似ている。 そう思えば思うほど、仮面の向こうに理央がいると思ってしまう。 だからこちらに理央が語りかけているように錯覚する。 いや、そうとしか思えなくなってくる。 「また呼んでくれ!君の救いにすぐ駆けつけるから!」 ほら、理央くんがそう言っている。 「救いに、来てくれるんだよね⋯」 膝を抱えながら静かに笑う。 (でも、僕は君のことをまだ全然知らない⋯) 煉はゆっくりと顔を上げる。 テレビの画面は次の話へと切り替わっていた。 たが、彼の意識はもうそこにはない。 スマホを手に取り、 『佐々川理央』 検索欄にそう入力する。 いくつかのアカウントが表示され、その中に見覚えのある笑顔のアイコンがあった。 理央だ。 アイコンをタッチすると、プロフィール画面がでてきた。 高校二年|サッカー部 MF/#10 甘いもの好きな甘党|チョコ大好き 日常・部活・たまに自撮り (甘いもの⋯チョコ好きなんだ) 何気ない一文に胸がじんと熱くなる。 (理央くんの好きな食べ物、これで知れた⋯) 嬉しくて指が勝手に動く。 投稿された写真を食い入るように見る。 部活中の写真。 チョコを食べている写真。 友人たちと一緒に写っている写真。 「どれも笑ってる⋯」 また、黒い何かが湧き上がる。 その感情が何なのかわからない。 ――けれど歯止めが効かない。 指先が勝手にスクロールする。 過去の投稿を掘り起こし、写真を見つけていく。 その中に気になる写真があり、止まる。 日付は数ヶ月前―― 部活仲間らしい人物と理央がアイスを食べながら笑っている。肩が触れ合うほどの近い距離だ。 (誰だ⋯こいつ?) コメント欄を見る。 『アイス垂れてんじゃんww』   写真の人物らしきアイコンがコメントしてる。 その下には『うるせぇ!』と理央が返している。 思わずそのアイコンをタップする。 プロフィールが表示された。 高校二年|サッカー部DF 筋トレ民|チョコミン党 飯テロ多め、ごめん(笑) (やっぱり同じ、チームメイト⋯) 投稿されている動画を見る。 『お前またチョコ食ってんのか!これで何個目だよw』 『うるせぇ、俺の勝手だろ!』 画面の中の理央は笑いながら叫ぶ。撮るなと言わんばかりにカメラを手で塞ごうとして、外野に笑われている。 『やめろ〜撮るな〜!!俺の至福の時だぞ!』 『草ww必死じゃんw』 『いいぞ、もっとやれww』 笑い声、弾ける声、じゃれ合う手。 その中心に、理央がいる。 (こんな顔、''まだ''見たことない) 僕がまだ見たことの無い顔をこんな誰かも知らない人間に見せているなんて⋯ それだけで、イライラが募る。 (なんで、僕には見せないんだ) 涙が頬を伝う。涙の防波堤が決壊し、どんどん溢れていく。出会ってまだ二日だとしても、彼らよりずっと濃い時間を過ごしてきはずだ。 好きを共有した。煉は恐らく理央にとって初めて出来た理解者だ。 だけどこれはなんだ。 画面の中の理央はこんなにも笑顔だあふれている。 (僕といる時より、ずっと⋯) 言葉にするのを恐れた。 認めてしまえば、取り返しのつかないことになりそうで―― 「僕の、知らない顔、ばかり⋯」 スマホを握る力が無意識に強くなる。 どうしようもない疎外感を感じた。 (知らなきゃ、もっと⋯理央くんを) 再び理央のアイコンをタップし、過去の投稿を見る。 ひたすら、理央がアップで写ってる写真を保存していく。 笑っている顔、泣きそうな顔、嫌がってる顔、真顔、横顔、怒ってる顔、美味しそうに食べている顔―― 画面の中の''理央''が、スマホの中に溜まっていく。 (嬉しい⋯何もなかった僕のスマホに理央くんが入っていく) 保存した画像を、指でなぞる。 輪郭に触れるとまるで自分が直接理央に触っているように感じる。 (黒崎の言う通りだ⋯こんなの、ただのストーカー行為だ。でも、やめられない、やめてたまるもんか。) スマホを握って立ち上がる。 部屋の隅に置かれた兄のプリンターとパソコンが目に入る。ふと、思い出したかのようにパソコンを起動する。 (スマホの中だじゃ足りない⋯) 保存した写真をパソコンに転送し、プリント開始を押す。プリンターが唸りを上げて、紙を吐き出す。 一枚、また一枚と―― 笑ってこちらにピースをしている理央。 チョコを美味しそうに頬張る理央。 真剣な眼差しでシュートを決める理央。 試合に負けて悔しそうな理央。   ――全部全部印刷する。   プリントが終わると、それらをテーブルに丁寧に並べる。机いっぱいに広がる理央の姿に目を細める。 髪の毛、瞳、輪郭、唇を、ゆっくりと一枚ずつ、執拗に、なぞっていく。   ――でもこれらは煉に向けての笑顔ではない。   どれだけ集めても、その事実は変わらない。 「っ⋯!!」 プリントした写真をくちゃくちゃに丸め、ゴミ箱に勢いよく捨てる。 「はぁ⋯はぁ⋯」 息を荒らげる。 ごみ箱の中に詰め込まれた理央の顔たち。 笑っているはずなのに、どこかに捨てられた紙くずのように見えた。 「馬鹿だ⋯何してんだ、僕は⋯でも、こんなの――僕の理央くんじゃない⋯!」 頭を抱え、床に座り込む。 (こんなの、偽物だ。こんな笑顔まやかしだ⋯) 理央くんの本当の笑顔はどこにある?あの、僕に向けた笑顔はどこに⋯ そして気づく   「そうだ、僕が撮ればいいんだ。理央くんを⋯僕だけの理央くんを⋯」 カチッと頭の中で音がした。 きっと世間的には黒崎の言う通り気持ち悪いことなんだろう。歪んでいると何となくわかってはいる。 けれど、もう止まらなかった。 (そうだよ、誰かが撮った写真なんて意味無い。僕が撮ったものだけが本当の理央くんなんだ!) スマホのカメラを起動する。画面越しに空間を見つめる。 (ここに、理央くんが写る⋯想像するだけでなんて甘美なことなんだ⋯理央くんの笑顔、怒った顔、困った顔、僕だけに向けたそれを⋯⋯このレンズで切り取れる) 試しにと虚空を撮ってみる。 シャッター音がリビングに響く。 「あ、音が鳴るんだ⋯これじゃあバレちゃう」 呟い声に、誰も答える者はいない。 (これじゃあ、理央君を驚かせちゃうし⋯黒崎にもバレちゃってまた''いじわる''される) 脳裏に浮かぶのはあの時の悠斗。淡々と無表情で、こちらを突き放すような言葉を浴びせてきたあの目。 「やっぱり、邪魔だなぁ。居なくなってくれればいいのに」 ――そう思うと胸がスッとした。 言うだけ言ってみる。でも本当に消えたらきっと理央くんが、悲しむから。 ――殺意は抱いても実行しなければいい。 少し抱いていた罪悪感も軽くなる気がした。   (僕はまだ''普通''なんだ。ただちょっと愛が重いだけ、うん、可愛い嫉妬止まりだ。) スマホを手に持ち、検索欄に『カメラの音を消す方法』と入力する。   『盗撮防止のために消せないようになっています』 そんな言葉が先ず出てきた。 (これは盗撮じゃない、僕だけの理央君を撮るためだ。  ) そう考え、何か方法は無いかとスクロールする。   動画モードで写真を撮る、スピーカーを抑える、無音カメラのアプリ―― 「へぇ、そんなのあるんだ⋯」 無音カメラ、と書かれたアプリをタップする。評価は高い。レビューも多い。 「なんだ、皆使ってるんだ⋯じゃあ問題ないよね」 罪悪感を誤魔化すように呟いて、ダウンロードのボタンを押す。 (これは、僕を通しての理央くんを撮りたいだけ⋯本当の理央くんを撮りたいだけ) 自分を正当化するように何度もそう言い訳する。 そうこうしている間にインストールが完了した。 画面に『開く』の文字が浮かび上がる。ドキドキしながら指をそこにのばす。 アプリを立ち上げると『権限の許可が必要です』の文字が浮かんだ。 (権限の許可⋯めんどくさいな、でもしなきゃ) 位置情報、カメラ、アルバム―― 順番に「許可する」をタップしていく。 ポン、と短い音がして、カメラが起動した。 画面の中に、部屋の風景が映し出される。 カメラのボタンを押す。 ――シャッター音は鳴らない。 (すごい、本当に音がしない⋯) 一瞬、背筋がゾクリとした。 ――これで誰にも気づかれず、理央くんのことを手に入れられる。 そう思うと、自分の中の何かがまた壊れていく音がした気がした。 「そうだ、練習しないと⋯」 ぶっつけ本番だと、またバレてしまうかもしれない。 どの角度からなら自然に見えるか。 どのタイミングなら目線がこっちに向くか。 理央くんの邪魔にならないように、でもちゃんと顔が映るように―― 「教室で、ここに理央くんがいるとして⋯」 そう呟いて、ソファーの後ろに立つ。 スマホの画面越しに、そこに理央がいる想像をしながらカメラを向ける。 横顔、笑っている瞬間、今だ―― シャッターをきる。音は響かない。 もちろん、そこには誰もいない。けれど煉は満足そうに何度も何度もシャッターを押す。 静まり返った部屋の中でに、未だにテレビから流れ続けるブレイブマンの声だけが響いている。 「すごい、これならバレないかも」 ぽつりと零した声に、自分で頷く。 位置を変えて、角度が変えて、どの瞬間が自然に見えるか確かめるように何度もスマホを構える。 そこに理央が本当にいるかのように何度も、何度もシャッターをきる。 「あ、そうだ。本でスマホを隠したら上手くいくかも」 呟きながら本棚にあった本を手に取る。 手のひらサイズの文庫本だ。開いたページの隙間にスマホを忍ばせてみる。 画面には少しだけ縁が被っているが、カメラの位置には何ら問題はない。 「っ!!これなら、大丈夫⋯」 子供のように煉は目を輝かせる。 これで理央の周囲を不自然にうろつかずとも自然に見える。読書をしているように見せかけながらカメラを向けられる―― (すごい、これなら黒崎にも気づかれないかも) 何度か構えては、位置を微調整し、カメラの起動とシャッターを繰り返す。 もう一度、シャッターボタンに触れる。 勿論そこには誰もいない。けれど煉にはそこに理央が本当にいるかのように感じた。 (ここに、理央くんがいる) カメラ越しの暗闇を見つめながら、笑みを浮かべた。 「理央くん、笑って⋯」 理央に話しかけながら、シャッターをきる。 もちろん写っているのはただの暗闇。 けれど煉には理央がこちらに笑っている写真に見えた。 (ほら、僕にもその笑顔を向けてくれた) もう煉には何が現実か妄想かの境がわかってなかった。 それほどまでに、壊れ始めている。 「ねぇ、理央くん今度はこっち向いて⋯」 虚ろな目でまた、シャッターをきった。 その笑顔が、誰に向けたものでもないことに気づけるはずもないまま―― 煉は、そっと写真を保存した。 保存されたその写真には、誰も写っていない。 けれど煉の目には、はっきりと理央の笑顔が浮かんでいた。

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