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殺したいほど、愛してる

夢を見た。小学二年の頃だ。   『どうしよう、悠斗⋯父さんと母さんが喧嘩してる⋯母さんめちゃくちゃ怒って、皿とか投げつけて⋯どうしよう⋯』 夜――十時過ぎ、インターホンが何度も、何度も鳴った。カメラを見ると理央の姿が見えたので、急いで玄関に向かってドアを開けると理央がいた。 パジャマ姿で裸足のまま、髪はぐしゃぐしゃで――泣きそうな顔をしていた 『離婚するって言って⋯父さん、浮気してたみたいで、俺が⋯俺が知らない女の人と父さんが歩いてたって母さんに言っちゃったから⋯どうしよ』 涙がこぼれそうになるのを必死に堪えていた。 俺はどうしたらいいかわからなくて 『⋯そうか』と言って理央を家に入れた。 ぽつりぽつりと話した。 スーパーで父親が知らない女の人と一緒に買い物してたのを見たこと。何でだろうと思い、母親に話したこと。その瞬間、母親の顔が真っ青になったこと。 母親が、家に帰ってきた父親にすごい剣幕で問い詰めたこと。そして、今この瞬間も修羅場であることを―― 『なんで、俺言っちゃったんだろ?そうしたら母さんも苦しまなかったのに――知らないふりが一番良かったんだよな⋯』 そう言って、小さく縮こまった。 俺は――何にも言えなかった。どう声をかけても事態が好転するとは思えなくて、申し訳程度にブランケットをかけて、ただ黙って聞いていた。 けど、理央は決して泣かなかった。 まるで泣いたら全てが壊れてしまうことをわかっていたようだった。 あの時から、理央には友達がたくさんいた。 それでも――俺を選んでくれた。 嬉しかった。けど、なぜか悲しかった。   その夜――理央と一緒に並んで寝た。 そして数日後、離婚が決まったと理央の口から聞いた。 もう泣きそうな顔をしてなかった。 ――けれど、見てて痛々しかった。 まるで何かに取り憑かれたかのように、皆が嫌なことを率先してやるようになった。 掃除当番を代わったり、女子をいじめているヤツがいたら諭したり、体調が悪そうなヤツを保健室に連れてったり、先生の手伝いもしてた。 そうすることで、何かを埋めるように。 悲しみを耐えていた。 ――まるで、そうすることが生きている理由かのように。皆のヒーローとしての理央が、いつの間にか完成されていた。 ――目が醒める。 授業中だ。どうやら寝てしまってたようだ。 窓から差す光が教室の床に長く伸びている。 黒板の前に立つ教師の声が遠くで響いている気がするが、頭に入ってこない。 ぼんやりする頭で斜め後ろを見る。 ――黄泉坂が無表情でノートをとっていた。 時折、視線を理央に向けて、カメラも向けて―― (また、撮ってる⋯) 悠斗は机に置いてあるスマホを見る。 画面には煉の姿、RECの文字―― (⋯うん、撮れてる。俺が寝ててもこいつが働いてくれてる。) 教師の声が遠くに感じる。 ペンの走る音、咳払い、紙をめくる音――教室の中の日常が、妙に無機質に響いていた。   ――この教室の中で、知ってるのは俺一人だけ⋯俺だけが知っている。 黄泉坂煉のもう一つの顔を。 (だから、止められるのは、俺しかいない) もう一度、斜め後ろを見る。 黄泉坂は微笑んでいた。 (何が、そんなに嬉しいんだよ⋯) ここ数日、証拠のため煉を尾行していた悠斗は、何度見てもその笑顔に慣れることができなかった。 あまりにも純粋で、だけど歪んでいて、狂気じみている。切実で、悲しくて、愛おしい―― そんなことを思ってしまう。 (ふざけんな、顔がいいからって⋯あんな顔⋯)   押し殺したはずの罪悪感が、また胸から湧き出しそうになる。 (迷うな⋯迷うなよ、黒崎悠斗) その瞬間―― キーンコーンカーンコーン 終わりを告げるチャイムが鳴る。いつものチャイムの音。 ⋯けど、悠斗には―― 覚悟の音だった。 (今日、理央に言う⋯) この数日、悠斗は煉を尾行してきた。 部活している理央を、嬉しそうに見る煉。 授業中、理央の姿を撮影する煉。 理央の家まで、一定の距離を保ちながら後ろを歩く煉。 インターホンの前に立ち、ドアに触れそうな距離で立ち尽くす煉―― (見たくもなかった、でも逸らすわけにはいかなかった⋯) スマホの中には無数の録画ファイルと写真が保存されている。証拠の山だ。 (気持ち悪い⋯)   それは自分にか、煉に向けてなのかもうわからなかった。 ―――――――――――――――――――――――― 放課後――校舎裏で悠斗は佇む。 日が傾きかけた空の下、校舎の影がじわりと伸びている。 部活は既に終わりの時間のため、下校する生徒の声が聞こえてくる。 「じゃーねー!」 「帰って課題するのダルくね?」 「わかるわ〜」 「コンビニ寄って行かね?」 そんな何気ない声が聞こえてくる。 (なんで、いつもの日常のような空間で⋯こんなことしないといけないんだ) 手の中のスマホがじんわり汗ばんでいくのがわかる。 その中には大量の証拠が記録されている。 (今から、これを見せる⋯早く来てくれ理央) ――足音が、聞こえる。ゆっくりと顔を上げる。 そこには理央がいた。 「悠斗、こんなところに呼び出してどうしたの?」 肩にはカバンを下げ、部活帰りのためか少しだけ汗をかいている。――いつも通りの理央だ。 「ごめん⋯ちょっと、な。」 「ん?どうしたんだよ」 理央が小首を傾げる。 「⋯⋯お前さ、黄泉坂と最近よく話すだろ?」 「え?うん。黄泉坂ってすごいんだぜ!貸すと一日で全部見てくれるんだよ!それに台詞も全部覚えてるし⋯」 「わかったよ!今のでよくわかった⋯だから少し黙ってくれ⋯!」 「え、う、うん⋯」 いつにもない鋭い口調をする悠斗に理央は戸惑う。 彼とはもう長い付き合いだがこんな風に切羽詰まった口調をするのは初めてだったのだ。 悠斗はスマホを取りだし、無言で画面をスワイプする。 「これを見ろ」 そして映し出されたものを理央に見せた。 「これは⋯何?」 理央がスマホの画面をのぞき込む。 映っているのは――下校する理央を後ろから尾行している煉の姿だった。 「え⋯⋯?」 「これだけじゃねぇ⋯」 悠斗は画面をスワイプする。 部活中の理央を、少し離れた場所からじっと見つめ、スマホを理央に構える煉の姿。 授業中、理央をじっと見つめ、教科書の陰でスマホを隠し撮影している煉の姿。 遠くから理央のアパートを見上げて立ち尽くす煉の姿。 理央の家のドアを愛おしげに触る煉の姿。 「これは⋯⋯」 「いくら鈍感なお前でもわかるだろ?あいつ、お前をつけていたんだよ!」 悠斗の声が荒くなる。 理央はスマホの画面を見つめたまま動けなかった。 「え?⋯黄泉坂が⋯?うそ、だろ?」 「嘘じゃねぇ!!俺は見てきたんだよ、あいつがお前を見てるのを!あいつがお前の跡をつけてたことを!この目で見てきたんだよ!!」 怒鳴る声に、理央の肩がびくりと揺らす。 「そんな⋯でも、こんな⋯こんなの、何かの間違えじゃ⋯」 動揺してるのか、理央は言葉を詰まらせる。 だって、画面の中の煉はストーカーと言うにはあまりにも綺麗すぎる表情をしてる。 「おい!まだ逸らす気かよ?お人好しもいい加減にしろよ⋯これが現実なんだよ!」 悠斗の声に我に返ったのか、理央は顔を上げた。 その目には、困惑と悲しみが映っている。 「現実だって、言っても⋯こんなの信じられるわけないだろ?あんなに楽しそうに語ってくれた黄泉坂がこんなことするなんて⋯俺に初めてできた''仲間''なのに⋯」 震える声が地面に落ちる。 「⋯なんで、こんなの見せたんだよ⋯」 理央の言葉に、悠斗は言葉を失った。 ――けれど、引くわけにはいかない。 (俺が終わらせないと、今までやってきたことが無駄になる⋯守らないといけないんだ!だから――) 「っ、おい!そこにいるんだろ!黄泉坂!!」 叫び声があたりに響く。 風の音、誰かの下校する足音、カラスの鳴き声、そして―― 「⋯⋯どうして、わかったの?」 呼び出しに応えるように、校舎の角から煉が現れた。 ゾッとするほどに穏やかな声だ。 「はっ!俺が何日好き好んでお前を尾行してたと思う?どうせ金魚のフンみたいに、この瞬間も理央についてたと思ったよ」 「⋯⋯そうなんだ。気づかなかったな、黒崎くんに尾行されてたなんて⋯佐々川くんに夢中で眼中になかったのかも。」 その言葉は、あまりにも自然で――まるで皮肉を皮肉とも思わず、ただの事実として受け止めているようだった。 悠斗の眉がぴくりと跳ねる。 「はぁ?お前自分が何言ってるか⋯」 「あっ、でも僕知ってるんだ!黒崎くん、僕たちがブレイブマンのこと話している時、じっーと羨ましそうに見てたこと」 「っ⋯!!」 一気に、血の気が引いた。思考が追いつかず、脳が停止する。 その間も煉はふわりと微笑んだままだ。 「最初は気づかなかったんだ⋯でも、視線を感じてどこからだろって思ったら黒崎くんだった。」 「⋯やめろ」 (違う――) 「睨んで怖かったな⋯でも、''理解っちゃった''んだ⋯僕も理央くんの周りにいる有象無象の連中にこんな目をしてるってことに――」 「⋯っ、やめろよ」 (俺がこいつと――)   「黒崎も僕と同類なんだって」 「やめろって言ってんだろ!!!」 (同類なわけない!!!!) 悠斗は煉の胸ぐらを掴んだ。 ――手が勝手に動いていた。 煉の制服の布越しに感じる体温が、妙に⋯生々しかった。 「おい、悠斗!お前何してんだよ!落ち着けよ!」 慌てて理央が止めに入る。その声は、震えていた。 「っ、うるせぇ!こいつが⋯!」 「図星だったから慌ててるんですね」 煉が少しだけ顔を近づける。 「だって、僕と同じ目、今もしてますよ?」   囁くように、耳元で言った。 ――その一言が、悠斗の理性を焼き切る寸前の導火線に火をつけた。 「っ!!」 胸ぐらを掴む手に思わず、力が入る―― (落ち着け⋯勢いに任せて殴ったら、こいつの思うつぼだ⋯) 殴ったら、目の前のこいつと同類になる。 それだけはダメだ―― 「⋯⋯それでも、俺はお前と違う」 そう言い、掴んでいた胸ぐらを離す。 「⋯掴んでわりぃ、痛かったよな」 「⋯意外です、殴らないんだ。」 悠斗は深く息を吐き、煉を睨みつけたまま言葉を絞り出す。 「俺が殴ったら⋯理央が悲しむ。それだけだ⋯」 「⋯⋯すごいなぁ、踏みとどまれて。僕だったら徹底的に消しちゃうもん」 「お前、それ⋯本気で言ってんのか?」 「?⋯だって、有象無象が何言ったって耳障りなだけ。 それに佐々川くんのそばにいる人たちがいなくなれば、もっと佐々川くんと語り合える!⋯まぁ佐々川くんが悲しむからやりませんけど。」 悠斗はしばらく沈黙したのち、絞り出すように呟いた。 「この数日でとんだ化け物になっちまったな⋯気持ち悪い」 「ふふっ、佐々川くんって⋯罪な人だね。僕を化け物にしちゃうなんて」 返す言葉を悠斗は失った。   ――目の前のこいつが、本気でそう思ってるからだ。 「お前⋯⋯理央を悪者扱いしてるのわかってんのか⋯」 「あれ?そんな風に聞こえたんですか?⋯でも、仕方ないじゃないか⋯佐々川くんは、僕に初めて''光''を見せてくれたんです。なのに、こんなにも僕を狂わせる⋯」 「⋯何が言いたい」 「⋯⋯好きになってしまったんです。愛してしまったんです。佐々川理央くんという人を」 煉の瞳はまっすぐ理央を射抜いていた。 澄んでいる。澄みきっているからこそ――底が見えない。 「あの日、僕に話しかけてくれて⋯初めて僕が生きててよかったって⋯この世界で生きてていいんだよって言ってくれたように感じたんです。 だから、知りたかった。君が何が好きで、何が嫌いで、どこに住んでいるのか、誰と喋っているのか⋯知れば知るほど君のことを理解るような気がして―― でも足りなかった。」 煉の声が、わずかに揺れる。 「''光''に触れれば、触れるほど⋯物足りなくなっていた。もっと、知りたくて⋯それで写真に収めたり、録画をするだけで何だか満たされたんです!」 そう語る煉の目は、まっすぐで曇りがない。 それが逆に、恐ろしかった。 そんな姿を見て、何かを思いついたかのように理央は口を開いた。 「黄泉坂⋯⋯キミは⋯」 「⋯⋯なんですか?佐々川くん?」 煉は小首を傾げる。 「それほどまでに、俺を好きだったのか?」 「はい、殺したいほど⋯愛してます。」 熱を持った目で、煉はそう言う。 「っ、お前!」 「悠斗、いいから⋯」 そう言って、理央は一歩、煉の方へ近づいた。 「ありがとう。俺を好きでいてくれて。 ⋯俺、愛してるとかそう言う気持ち、まだ、わからないけどさ。黄泉坂が俺のこと大切だってこと、よくわかったよ。」 「おい、理央⋯お前」 「殺したいほど愛してる⋯後にも先にも初めてだろうな。こんな情熱的な言葉。」 煉は呆然とした。まさか受け止められるとは思わなかったからだ。しかし、しばらくするとふふっと微笑んだ。 「佐々川くん⋯自分が何を言ってるかわかってます?」 「わかってるよ⋯でも俺、キミを救いたいんだ。きっと、キミの生きる理由が俺にあったように⋯俺はキミを救うために今まで生きてたのかもしれない」 理央がそう言った瞬間―― 「ふざけんなよ!!」 悠斗の怒声が割って入ってきた。 理央と煉の間に無理やり身体を割り込ませるようにして、悠斗は理央の肩を掴んだ。 「お前、それ本気で言ってんのか!?こんなやつを救いたいって⋯それは、お前の言葉じゃねぇ!!それは、それは⋯''ブレイブマン''の言葉だろ!!」 怒鳴りつける悠斗の声が、空気を震わせた。 「今の言葉でよくわかった⋯お前がなんであんなにもお人好しなのか⋯お前、''ブレイブマン''の真似じゃなくて、''そのもの''になろうとしてたんだな」 「⋯ははっ、そうかもね」 理央は苦笑する。 「でも、悠斗⋯それの何が悪いの?」 苦笑しながら、けれどまっすぐに悠斗を見据える理央の目は、まったく揺れていなかった。 「俺、ブレイブマンに憧れてた⋯なりたかった。 そしたら、家庭を崩壊させた俺が、生きててもいいかなって思ってた。」 理央の声は淡々としていた。でも、その奥には確かに――痛みがあった。 「だから、皆を助けた。誰かの役に立ちたかった。そうしたら⋯生きててもいいって大義名分ができてた。」 理央はふっと、自嘲気味に笑った。 「仮面を被っていたのかな⋯ヒーローの仮面。」 ぽつりと呟いたあと、理央は自分の胸元を見下ろすように目を伏せた。 「黄泉坂⋯キミは自分が化け物だって言うけど、俺の方こそ化け物だと思うよ――」 微かに笑って、言葉を続ける。 「父さんが不倫して、母さんは仕事で家にいないことが多くなって⋯俺、我慢してた。甘えるのも、頼るのも⋯そうしないと母さんが辛いだろうからって――」 理央の声は静かだった。でも、その奥にある感情は、張りつめた糸のように震えていた。 「だから、''いい子''でいようとした。 誰かを助けるような人に⋯憧れていたヒーローになれば、俺の存在意義があるように思えた―― だからかな?本当の俺がどんなんなのかわかんなくなっちゃった⋯仮面を被り続けた弊害なんだろうなー自分がないなんて⋯俺の方が化け物だ」 理央のその言葉に、悠斗は思わず叫ぶ。    「⋯はぁ!?何言ってんだよ理央!!そんな、他人事みたいに、自分がないなんて⋯ふざけんなよ!! 俺は見てたんだよ、ずっと!助けようとしたお前を!誰よりも''ヒーロー''だった、お前を!! それが仮面?違ぇよ!それはもうお前自身なんだよ!!」 理央が目を見開いた。悠斗の声が、本気だったからだ。 「だから、仮面なんて言うなよ!その仮面に俺は救われたんだ!」 その言葉が、理央の胸に深く突き刺さる。 「俺はあの時、救われてんだよ! クラスのヤツらに馬鹿にされて⋯それをお前が庇ってくれた!!たとえ、それが仮面だったとしても俺は⋯救われたんだ。だから⋯自分がないとか言うなよ⋯」 「⋯⋯悠斗⋯ありがとう。」 理央は俯くと、ぽつりと呟いた。 (そうか⋯俺の一部なんだ⋯) 胸の奥が、じんわりと温かくなる。けれど、同時に (――嗚呼、なんでだろう? 『殺したいほど愛してる』なんて、普通はドン引きするはずなのに――それなのに、あの瞬間、胸が高鳴った。息が詰まるほど、心が震えた。) ――そっか (俺、黄泉坂に――惹かれてるんだ) 自覚した。もう迷わない。 (これは、''俺''の選択だ――) 「⋯悠斗、俺決めた。黄泉坂を救いたい」 理央は俯いたまま、胸元をぎゅっと握る。 「っ、なんで⋯」 「悠斗が救われたように⋯黄泉坂も俺の行動で救われたって言ってくれた。''光''だって――」 理央の声は震えていた――けれど、その瞳には決意が宿っていた。 「黄泉坂⋯いや、煉!!」 「っ、は、はい!!な、なん⋯ですか?」 急に理央に名前を呼ばれたためか煉は、今までの態度が嘘のようにしおらしくなる。 「俺はキミを見捨てない。 たとえそれが世間からは気持ち悪いことだと言われ、指を刺されても⋯俺は肯定する!俺のヒーローの仮面がじゃなくて、俺自身がそう決めた―― 『殺したいほど愛してる』⋯その言葉に惹かれたから!!」 「え、ええっ!!?」 煉の顔がみるみるうちに真っ赤になる。 「はあああ!!???」 悠斗は思わず叫び、そして困惑する。 「お前、本当に頭おかしくなったのか!?何をとち狂ったらあんな告白聞いて惚れるんだよ!!」 「え?だっ、だって、僕、あんな⋯黒崎くんの言う通り、気持ち悪い行動をしてたんですよ? 尾行して、盗撮して⋯な、なんだったら家のゴミを漁ろうとしたかもしれないのに⋯」 「関係ない!!」 「ひぇ⋯っ!!」 あまりの勢いにあの煉が押される。 「悠斗が言ってくれてわかったんだ! これが俺の一部になってるんなら、この胸の高鳴りは⋯本物なんだって!!だから、確信した、好きだ!黄泉坂煉!!」 「す、好き?え⋯そんな⋯ぼ、僕は見てるだけで、良かったのに⋯結ばれないなら⋯いっそ今日壊れてしまえばいいって、思ってたのに⋯」 ぶつぶつと真っ赤にした顔で呟く。 「おかしいよ⋯おかしいよ、佐々川くん!! 僕なんて、救われる価値なんてないのに!!こんな気持ち悪い僕に惹かれるなんて⋯そんなのおかしいよ!」 「おかしくない!!そんなのキミがそう思ってるだけだ!」 力強く理央は煉の言葉を否定する。 「俺はキミの行動を全て知ってる。それでも惹かれてる。あの言葉に、俺は確かに動かされた!⋯だから今も信じられないくらいドキドキしている⋯」 そう言い、理央は煉の腕をそっと取り、自分の胸に手を当てさせた。 「ほら、触って、煉。俺、今もこんなにドキドキしてるんだ」 煉の指先が、理央の胸に触れた瞬間――確かに感じた。 早鐘のような鼓動。自分のために、高鳴っている心臓の音。 「⋯え、うそ⋯」 煉の声はかすれていた。震える指先で感じた心臓の鼓動は、確かに“自分”のために鳴っていた。   「嘘なんかじゃない⋯煉が一番わかるだろ?」 理央の瞳が煉を捉える。ただ、真っ直ぐに――澄んだ目で。 「し、信じて⋯いいんですか⋯?」 声は震えていた。家族には見放され、友達もいない――ただ生きているだけの少年の最初で最後の縋り。 そんな煉に、理央はそっと笑う。 「いいんだよ、キミが愛した俺を信じて、煉。」 その瞬間、煉の目から涙がこぼれる。 頬を伝うそれに、自分でも気づいていないようだった。 「うぅ⋯あぁ⋯うわぁぁぁぁぁ!!」 煉は理央の胸に、縋るように身を寄せ、ただ泣いた。 声を出して、子供のように泣いた。   愛してくれる人なんて、いないと思ってた。 愛される資格なんて、ないと思ってた。 こんな自分など、救われるわけないと思ってた。 いずれ、壊れる運命なのだと―― それでも、理央は手を差し伸べてくれた。 壊れることなど許さないと、言ってるようだった。 静かに背中を擦りながら、理央は優しく囁いた。 「大丈夫⋯キミが壊れそうになっても俺が助ける。絶対に。だから、もう一人で泣かなくていいんだよ⋯」 煉は、理央の胸に顔を埋めながら、何度も頷いた。 ――少し離れた場所で、その光景を見ていた悠斗は、ため息をついた。 「⋯⋯なんだこれ、俺はキューピットかなんかかよ⋯」 そう呟いたあと、ぽりぽりと頭をかきながら、ふと目を細める。 「頭おかしい同士、お似合いだよバカヤロー」

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