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3.破滅と光
「拍子抜けだな。死んでも守るのではなかったのかな?」
「……っ」
黒い腕が、僕の顔の横を通り抜けて――ゼフの胸を貫いた。
まるで反応出来なかった。ああ、僕はまた、守れなかったんだ。
「ゼフっ!! ゼフ!!!」
温かい。なのに、止まってる。
薄茶色の瞳は開いたまま。鼓動も、もう聞こえない。
「ごめん……っ、ごめんね……」
――聖女 エレノア様の護衛任務に出てから半月後。
僕らは人型の魔物に襲われた。
緑豊かだった村は火の海に。
聖女様は囚われ、部隊は全滅した。
周囲には、ゼフをはじめとした仲間達の死体が転がっている。
気さくに声をかけてくれた、ジルさんも、モリーさんも――もういない。
生きているのは、レイ殿と……この村で出会った勇者の卵 ユーリだけだ。
せめて、あの2人だけでも守らないと。
「…………」
見上げれば、そこにはそれがいた。
黒髪に赤い瞳。人間の男のような姿をしているけれど、背には黒い翼が生えている。
着ている軍服はボロボロ。白い肌は所々焦げて、紫色の血を滴らせていた。
レイ殿の雷撃を――巨大な雷柱のような一撃を受けたからだ。
眼下に広がる……直径、深さ共に10メートルはある大穴。あれはその攻撃の跡だ。
そんな攻撃を受けてもなお、アイツはあの通りピンピンしてる。ほんと……化け物だな。
「見込みはある。だが、まだまだだな」
「……は? っ!」
「励め。期待しているぞ」
魔物が翼をはためかせて、空高く飛び上がった。
「待て!」
「幼き勇者と、賢者ガッファー――いや、レイモンドに伝えよ。『古代樹の森』の我が城にて待つ。聖女 エレノアを取り戻したくば、辿り着いてみせろ……とな」
「お前の目的は一体――っ!?」
視界が歪んだ。転移 だ。
「くっ……ここは……?」
気付けば僕らは、立派な建物の中にいた。石造りだ。……見覚えがあるぞ。
壁面には、黒鉄の燭台と戦勝の旗。
大階段の踊り場には、重騎士が持つような大きな盾が。
その盾の中心には、特徴的なシンボルが刻まれていた。
中央に一本の剣。
その周囲を二重の環が囲んでいる。
『双環の剣』
僕ら中立派の筆頭 フォーサイス辺境伯の家紋だ。
そうか! ここはフォーサイスの城砦か。
「ビル!? 何があった!?」
「それが……」
手当てを受けながら、駆けつけた当主・ハーヴィー様に報告する。
ハーヴィー様は歴戦の猛者だ。その戦歴を物語るように、屈強で精悍な顔立ちをされている。
だけど、そんなハーヴィー様が、戦場に立つことは……もうない。
現在のハーヴィー様は車椅子に座り、肩と膝には深緑色の長いブランケットをかけている。
――失われた右腕と左脚を隠すために。
「ん……」
「っ! レイ殿」
治療を受けていたレイ殿が目を覚ます。
レイ殿は、治癒術師に支えられながら上体を起こして、ハーヴィー様に一礼した。
「人語を操る魔物から襲撃を受けました。ヤツは生きていた」
「エルヴェと刺し違えたという、あの?」
レイ殿は静かに頷く。
そうか――あの魔物は、レイ殿の先生の仇 でもあったのか。
「伝承にある『魔王』か、それに近い高位の魔物なのかもしれません」
「『勇者の光魔法』でなければ、討伐は叶わぬということか」
ハーヴィー様は悔しげに唇を引き結んだ。
それもそのはず。ハーヴィー様は勇者だった。
半年前、魔物との戦闘で右腕と左脚を失うまでは。
僕は――守れなかったんだ。
あの時も、今日も。
「国王派の奴らは当てにならんだろうな」
「ええ。何せ師匠でも敵わなかった魔物です。御託を並べて戦闘を避けるか、或 いは 俺達 λ を盾にするでしょう」
この国では、突出した才を持つ人達のことを、λ や Ω ……といった2種のカテゴリで分類している。
λ ――
『一世代限りの才』
その才は決して、子に引き継がれることはない。
低位貴族や、平民にだけ見られる。
Ω ――
『血筋由来の才能』
実子への才の継承が、低確率ではあるものの可能。
王族~侯爵家/辺境伯といった、高い身分の人達にしか見られない。
だから、国王派の Ω は λ を支配する。
λ を食い物にして、分不相応な名誉や収入を得ているんだ。
ほんと……腹立たしい限りだ。
「ですが、希望はあります」
レイ殿が目配せした。
その先には治療を終えて眠る、紅髪の少年――ユーリの姿がある。
「あのガキは λ の勇者です」
「なに……!?」
「鍛えましょう。我々3人で」
「ああ、そうだな」
「まずは、私とウィリアムで基礎を固めます。その後、ハーヴィー様から光魔法の指導を――」
「無論だ。それと……ユーリの存在は秘匿としよう。国王派に知られたら、死ぬまで搾取されることになる」
「ええ」
「お前の家で匿ってやってくれ」
「……は?」
「あそこはまさに秘境。人の目が届くことはないだろう」
「………………承知しました」
「…………」
こうして僕とレイ殿は、辺境の地でユーリを育てることになった。
逃げられない理由がまた1つ。
――解放への道は、まだ遠い。
翌朝。
僕は城の近くの墓地にいた。
小さな森の中を進んで、黒い長方形の墓石の前で立ち止まる。
刻まれた名は――アーサー・フォーサイス。
ハーヴィー様の長男で、僕より3つ年上。
半年前、あの遠征で命を落とした。
『はっはっは! 身分なんて関係ない! お前は俺の親友だ!』
青みがかった黒髪に、瑠璃色の瞳。
父親譲りの精悍な顔立ちをしていたけど、とても豪快で、いつも笑ってて。
一緒にいると楽しくて……気付けば、父 のことを忘れてた。
本当に明るくて、太陽みたいな人だった。
そんな君だから、僕は『盾』になりたいと思った。
君を守ることが、僕の天命だと……本気でそう思ってたんだ。なのに――。
「僕は君を守れなかった。……いや、君だけじゃない。ゼフも、他のみんなも守れなかったよ」
……もう疲れた。
漏れかけた言葉を、飲み込む。
「……行かないと。またね、アーサー」
風が頬を撫でた。
少し離れたところに、レイ殿の気配を感じる。
けど、知らんぷりをした。
きっと笑えない。迷惑をかけてしまうから。
今日からレイ殿とユーリとの共同生活が始まる。
ちゃんと立て直さないと。
あと少し。あと少し――。
必死に自分に言い聞かせる。
解放への道はまだ遠い。
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