3 / 17

2.出会い

「ウィリアムです。実家とは絶縁しているので、気軽に『ビル』って呼んでください」 僕が頭を下げると、誰かが軽く「よろしく」と返してくれた。 長いテーブルを囲むのは、『王弟派』の騎士たちだ。 王弟派は長らく国王派に(くみ)していたけれど、現国王の公娼――ミシェル・カーライル様の働きかけを受けて、大きな改革を起こそうとしていた。 腐敗しきったこの国を立て直すために、現国王の無血退位を目指しているのだそうだ。 そんな王弟派からの接触を受けて、僕ら『中立派』も合流することになった。 今日は顔合わせと初任務のすり合わせのために、こうして集まっている。 「剣聖ウィリアム・キャボットですか。これは良い『盾』が手に入りましたな~」 青いローブ姿のおじさんが声をかける。 その相手は……褐色肌で坊主頭、革製の黒装束を纏った、鋭い眼光を放つ男性だった。 顔の彫もかなり深くて、鼻と顎の下には立派な黒い髭を蓄えている。かなりの強面だけど、職業柄か確かな知性も感じさせた。 「…………」 「おやおや格下は無視、ですか」 ――レイモンド様。年は確か……29歳。 異国人でありながら、賢者のライセンスを授かるほどの凄腕の魔術師だ。 この軍団における主砲は、間違いなく彼だろう。 「守護のお役目、精一杯勤めさせていただきます」 「ええ、期待していますよ」 「…………チッ」 騎士にとって、魔術師の『盾』となり命を散らすことは、この上ない栄誉とされている。 だけど……もし選べるのなら、僕は君がいいな。 隣に座る青年――ゼフを一瞥して、そっと席についた。 「ありがとう。それでは、任務の概要を改めて説明するとしようか」 切り出したのは、僕らのブレーン――ミシェル・カーライル様だ。 切れ長の目に濃紺の瞳、鎖骨まで伸びるゴールデンブロンドの髪は、束ねることはせず無造作に流している。 聡明でありながら、艶やかな印象も抱かせるとても美しい男性だ。 「今回の君達の任務は、聖女 エレノア・カーライルの護衛だ」 聖女様は半年ほどかけて、国内を巡る予定になっている。 名目上は慰問ってことになってるけど、本当の目的はとの会合だ。 腐敗を根絶するための、大切な一歩になる。 「以上だ。健闘を祈るよ」 会議を終えて、みんながそれぞれ席を立つ。 ミシェル様はこの任務には同行しない。 次に会うのは、半年後になるだろう。 「ビル、行こうぜ」 ゼフが声をかけてきた。 年は僕と同じ20歳。 少し目尻が垂れ下がった切れ長の目に、薄茶色の瞳、腰まで伸びる同色の髪は、低い位置で一つ結びにしている。 背の高さも僕と同じ190センチぐらい。 真新しい甲冑はピカピカで……ちょっと眩しい。 僕とゼフは所謂『幼馴染』の関係だ。ゼフは僕の元実家――キャボット男爵家の家令の長男で、物心ついた頃からずっと一緒にいる。とても大切な人だ。 「よう、色男ども。飲みに行かねえか?」 2人組の騎士が声をかけてきた。今日初めて顔を合わせた王弟派の騎士だ。 茶髪で髭が生えている方がジルさん。スキンヘッドの方がモリーさん。 どちらも僕らより年上。レイモンド様と同じぐらいの……多分、30歳前後ってところだろう。 「ええ、ぜひ」 僕が悩んでいるうちに、ゼフがOKの返事をした。 気の良さそうな人たちだし、いいか。 ゼフも一緒だし、何とかなるだろう。 「よし、じゃあ行こうぜ。ちょっと歩くが、安くて美味い店があるんだ――」 「レイ、話がある。残ってくれ」 「あ゛? ったく……」 レイモンド様は心底面倒くさそうにしながらも、ミシェル様の求めに応じた。 部屋から出たところで、スキンヘッドのモリーさんが零す。 「あのレイモンド様も、ミシェル様には頭が上がらねえんだな」 そんなモリーさんの呟きに、ジルさんがドッと食いつく。 「聞いたか? レイモンド様とミシェル様、デキてるらしいぜ」 「はぁ? 流石にそれはねえだろ。ミシェル様は陛下の『愛妾』なんだぞ。ンなお方に手え出すなんざ、命がいくつあっても足らねえよ」 「まぁ~、ミシェル様とのことはガセだとしてもさ。男遊びがお盛んなのはマジらしいんだよ」 「だから?」 「セックス依存症らしくてさ、男とくれば見境なく――」 「違うと思いますよ」 僕は即座に異を唱えた。ジルさんとモリーさんの目が丸くなる。 それでも、僕の心は僅かも揺らがない。 「レイモンド様は、そんなふしだらな人じゃない」 「ほぉ~? 言い切りますか」 「分かるんですよ。」 「「あぁ……」」 2人の目に同情の色が浮かぶ。 救われる思いだ。(あのひと)とは違うと、そう言ってもらえているような気がして。 「僕の見立て、間違ってないですよね?」 背後に声をかけると、曲がり角の向こうから――大きな舌打ちが。 「う゛えっ!? まままっ、まさか……」 青ざめるジルさん。案の定、物陰からレイモンド様が現れた。 血相を変えたジルさんが、大慌てで駆け寄る。 「もももっ、申し訳ございません!! 今のはその……よっ、与太話でございまして――!」 「俺が男娼をやってたのは本当だ。好きに言え。だがな――」 「っ!?」 紫電が弾けた。――雷魔法。 凄い。あれ使える人、ほとんどいないんだよね。 「ミシェルは巻き込むな。いいな?」 「ひゃい!! すみませんでした!!!」 ジルさんは勢いよく土下座した。赤い絨毯にずりずりと額を擦り付けるような形で。 レイモンド様は小さく息をついて、僕を見る。 「礼は言わねえからな」 「ええ、結構ですよ。その代わり――改めてよろしくお願いします」 「…………」 レイモンド様は無言のまま、出入口とは反対の方へと去っていった。 わざわざ話の途中で抜け出してきたのかな。 ミシェル様のこと……本当に心から慕ってるんだな。 「反省しろよ、ジル」 「うっせー!! 笑ってんじゃねーよ、バーカ!!」 ジルさんとモリーさんがじゃれ始める。 そんな2人を見て、ゼフが肩を竦めた。 「レイモンド様、いい人そうだね」 「ああ。お前のにいいかもな」 「……どうだろう」 「気持ちは分かるよ。でもさ、前向いていこうぜ。お前はあの通り必要とされてるんだからさ」 こんな僕のことを思ってくれる、明るくて優しい人。 そんな君だから――と思ってたんだ。なのに。 「ゼフ!!」 ゼフの胸を、黒い手が突き破る。 息つく間もなく引き抜かれて、(おびただ)しい量の血が噴き出した――。

ともだちにシェアしよう!