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2.出会い
「ウィリアムです。実家とは絶縁しているので、気軽に『ビル』って呼んでください」
僕が頭を下げると、誰かが軽く「よろしく」と返してくれた。
長いテーブルを囲むのは、『王弟派』の騎士たちだ。
王弟派は長らく国王派に与 していたけれど、現国王の公娼――ミシェル・カーライル様の働きかけを受けて、大きな改革を起こそうとしていた。
腐敗しきったこの国を立て直すために、現国王の無血退位を目指しているのだそうだ。
そんな王弟派からの接触を受けて、僕ら『中立派』も合流することになった。
今日は顔合わせと初任務のすり合わせのために、こうして集まっている。
「剣聖ウィリアム・キャボットですか。これは良い『盾』が手に入りましたな~」
青いローブ姿のおじさんが声をかける。
その相手は……褐色肌で坊主頭、革製の黒装束を纏った、鋭い眼光を放つ男性だった。
顔の彫もかなり深くて、鼻と顎の下には立派な黒い髭を蓄えている。かなりの強面だけど、職業柄か確かな知性も感じさせた。
「…………」
「おやおや格下は無視、ですか」
――レイモンド様。年は確か……29歳。
異国人でありながら、賢者のライセンスを授かるほどの凄腕の魔術師だ。
この軍団における主砲は、間違いなく彼だろう。
「守護のお役目、精一杯勤めさせていただきます」
「ええ、期待していますよ」
「…………チッ」
騎士にとって、魔術師の『盾』となり命を散らすことは、この上ない栄誉とされている。
だけど……もし選べるのなら、僕は君がいいな。
隣に座る青年――ゼフを一瞥して、そっと席についた。
「ありがとう。それでは、任務の概要を改めて説明するとしようか」
切り出したのは、僕らのブレーン――ミシェル・カーライル様だ。
切れ長の目に濃紺の瞳、鎖骨まで伸びるゴールデンブロンドの髪は、束ねることはせず無造作に流している。
聡明でありながら、艶やかな印象も抱かせるとても美しい男性だ。
「今回の君達の任務は、聖女 エレノア・カーライルの護衛だ」
聖女様は半年ほどかけて、国内を巡る予定になっている。
名目上は慰問ってことになってるけど、本当の目的は隠れ王弟派との会合だ。
腐敗を根絶するための、大切な一歩になる。
「以上だ。健闘を祈るよ」
会議を終えて、みんながそれぞれ席を立つ。
ミシェル様はこの任務には同行しない。
次に会うのは、半年後になるだろう。
「ビル、行こうぜ」
ゼフが声をかけてきた。
年は僕と同じ20歳。
少し目尻が垂れ下がった切れ長の目に、薄茶色の瞳、腰まで伸びる同色の髪は、低い位置で一つ結びにしている。
背の高さも僕と同じ190センチぐらい。
真新しい甲冑はピカピカで……ちょっと眩しい。
僕とゼフは所謂『幼馴染』の関係だ。ゼフは僕の元実家――キャボット男爵家の家令の長男で、物心ついた頃からずっと一緒にいる。とても大切な人だ。
「よう、色男ども。飲みに行かねえか?」
2人組の騎士が声をかけてきた。今日初めて顔を合わせた王弟派の騎士だ。
茶髪で髭が生えている方がジルさん。スキンヘッドの方がモリーさん。
どちらも僕らより年上。レイモンド様と同じぐらいの……多分、30歳前後ってところだろう。
「ええ、ぜひ」
僕が悩んでいるうちに、ゼフがOKの返事をした。
気の良さそうな人たちだし、いいか。
ゼフも一緒だし、何とかなるだろう。
「よし、じゃあ行こうぜ。ちょっと歩くが、安くて美味い店があるんだ――」
「レイ、話がある。残ってくれ」
「あ゛? ったく……」
レイモンド様は心底面倒くさそうにしながらも、ミシェル様の求めに応じた。
部屋から出たところで、スキンヘッドのモリーさんが零す。
「あのレイモンド様も、ミシェル様には頭が上がらねえんだな」
そんなモリーさんの呟きに、ジルさんがドッと食いつく。
「聞いたか? レイモンド様とミシェル様、デキてるらしいぜ」
「はぁ? 流石にそれはねえだろ。ミシェル様は陛下の『愛妾』なんだぞ。ンなお方に手え出すなんざ、命がいくつあっても足らねえよ」
「まぁ~、ミシェル様とのことはガセだとしてもさ。男遊びがお盛んなのはマジらしいんだよ」
「男娼上がりだから?」
「セックス依存症らしくてさ、男とくれば見境なく――」
「違うと思いますよ」
僕は即座に異を唱えた。ジルさんとモリーさんの目が丸くなる。
それでも、僕の心は僅かも揺らがない。
「レイモンド様は、そんなふしだらな人じゃない」
「ほぉ~? 言い切りますか」
「分かるんですよ。堕落した人間を間近で見て育ってきているので」
「「あぁ……」」
2人の目に同情の色が浮かぶ。
救われる思いだ。父 とは違うと、そう言ってもらえているような気がして。
「僕の見立て、間違ってないですよね?」
背後に声をかけると、曲がり角の向こうから――大きな舌打ちが。
「う゛えっ!? まままっ、まさか……」
青ざめるジルさん。案の定、物陰からレイモンド様が現れた。
血相を変えたジルさんが、大慌てで駆け寄る。
「もももっ、申し訳ございません!! 今のはその……よっ、与太話でございまして――!」
「俺が男娼をやってたのは本当だ。好きに言え。だがな――」
「っ!?」
紫電が弾けた。――雷魔法。
凄い。あれ使える人、ほとんどいないんだよね。
「ミシェルは巻き込むな。いいな?」
「ひゃい!! すみませんでした!!!」
ジルさんは勢いよく土下座した。赤い絨毯にずりずりと額を擦り付けるような形で。
レイモンド様は小さく息をついて、僕を見る。
「礼は言わねえからな」
「ええ、結構ですよ。その代わり――改めてよろしくお願いします」
「…………」
レイモンド様は無言のまま、出入口とは反対の方へと去っていった。
わざわざ話の途中で抜け出してきたのかな。
ミシェル様のこと……本当に心から慕ってるんだな。
「反省しろよ、ジル」
「うっせー!! 笑ってんじゃねーよ、バーカ!!」
ジルさんとモリーさんがじゃれ始める。
そんな2人を見て、ゼフが肩を竦めた。
「レイモンド様、いい人そうだね」
「ああ。お前の新しい友達にいいかもな」
「……どうだろう」
「気持ちは分かるよ。でもさ、前向いていこうぜ。お前はあの通り必要とされてるんだからさ」
こんな僕のことを思ってくれる、明るくて優しい人。
そんな君だから――守って死にたいと思ってたんだ。なのに。
「ゼフ!!」
ゼフの胸を、黒い手が突き破る。
息つく間もなく引き抜かれて、夥 しい量の血が噴き出した――。
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