3 / 19

2.出会い

「ウィリアムです。実家とは絶縁しているので、気軽にって呼んでください」 頭を下げると、誰かが「よろしく」と返してくれた。 長いテーブルを囲むのは、『王弟派』の騎士達。 僕ら『中立派』の新しい仲間だ。 「剣聖ウィリアム・キャボットですか。これは良い『盾』が手に入りましたな~」 青いローブ姿の男性が声を掛けたのは――褐色肌の鋭い眼光を持つ男性だった。 黒髪坊主頭で、鼻と顎の下には立派な黒い髭を蓄えている。 革製の黒装束であるのも相まって、一見すると賊のようだけど、その職業柄か確かな知性も感じさせた。 「…………」 「おやおや、格下は無視ですか」 レイモンド様。二十九歳。 異国人でありながら、賢者のライセンスを持つ凄腕の魔術師だ。 この軍団における主砲は間違いなく彼だろう。 「守護のお役目、精一杯勤めさせていただきます」 「ええ、期待していますよ」 「…………」 魔術師の『盾』となって死ぬ。 それは、騎士にとってこの上ない栄誉とされている。 だけど……もし選べるのなら、僕は君がいいな。 隣に座る青年・ゼフを一瞥して、そっと席につく。 「ありがとう。それでは、任務の概要を改めて説明するとしようか」 切り出したのは、僕らのブレーン ミシェル・カーライル様だ。 現在二十七歳。 切れ長の目に濃紺の瞳。 鎖骨まで伸びるゴールデンブロンドの髪は、束ねることはせず無造作に流している。 聡明でありながら、艶やかな印象も抱かせるとても美しい男性だ。 「今回の君達の任務は、聖女 エレノア・カーライルの護衛だ」 聖女様は半年ほどかけて、国内を巡る予定になっている。 名目上は慰問ってことになっているけど、本当の目的はとの会合だ。 この任務は腐敗根絶に向けた大切な一歩となる。 絶対に失敗は出来ない。 「以上だ。健闘を祈るよ」 会合を終えて、みんなが席を立ち始める。 ミシェル様はこの任務には同行しない。 次にお会いするのは、半年後になるだろう。 「ビル、行こうぜ」 ゼフが声をかけてきた。 年は僕よりも一つ上の二十一歳。 目尻が垂れ下がった切れ長の目。 腰まで伸びる薄茶色の髪は、低い位置で一つ結びにしている。 背の高さも僕と同じ百九十センチぐらい。 真新しい甲冑はピカピカで……ちょっと眩しい。 ゼフは僕の実家の家令一族の長男で、物心ついた頃からずっと一緒にいる。 所謂『幼馴染』で、とても大切な人だ。 「よう、色男ども。飲みに行かねえか?」 二人組の騎士が声をかけてきた。 今日初めて顔を合わせた王弟派の騎士達だ。 茶髪で髭が生えている方がジルさん。 スキンヘッドの方がモリーさん。 どちらも僕らよりも年上。 三十歳前後ってところだろう。 「ええ、ぜひ」 僕が悩んでいるうちに、ゼフが返事をした。 まぁ、ゼフも一緒なわけだし何とかなるよね。 「レイ、話がある。残ってくれ」 「あ゛? ったく……」 去り際、レイモンド様がミシェル様に呼び止められているのを見た。 何だか親し気だな、なんて思っていたらジルさんが嬉々として投げかけてくる。 「あの二人、やっぱデキてんのかな?」 「バカ言ってんじゃねえよ。ミシェル様は陛下の『愛妾』なんだぞ?」 「ん~……でもさ、レイモンド様はあれで結構な好色家らしいぜ? ガキの頃、体売ってたせいかセックス依存症らしくってさ。色男となれば見境なく――」 「違うと思いますよ」 異を唱えたのは僕だ。 ジルさんとモリーさんの目が丸くなる。 それでも、僕の心は僅かも揺らがない。 「レイモンド様は、そんなふしだらな人じゃない」 「ほぉ~? 言い切りますか」 「分かるんですよ。」 「「あぁ……」」 二人の反応は酷く同情的だった。 救われる思いだ。 (あのひと) とは違うと、そう言ってもらえたような気がして。 「おい」 「「っ!!?」」 振り返ると、レイモンド様の姿があった。 凄まじい剣幕だ。あれは相当怒ってるな。 「う゛えっ!? まままっ、まさか聞こえて……」 「ああ。地獄耳なもんでな」 「!!!」 血相を変えたジルさんが大慌てで駆け寄る。 「もももっ、申し訳ございません!! 今のはその……よっ、与太話でございまして――!」 「俺が男娼をやっていたのは本当だ。面白おかしくネタにすりゃいい。だがな」 「っ!?」 紫電が弾けた。雷魔法。 凄い。あれ使える人、ほとんどいないんだよね。 「ミシェルは巻き込むな。いいな?」 「ひゃい!! すみませんでした!!!」 ジルさんは勢いよく土下座した。 レイモンド様は小さく息をついて、僕を見る。 「礼は言わねえからな」 「ええ、結構ですよ。その代わり改めてよろしくお願いします」 「…………」 レイモンド様は無言のまま、出入口とは反対の方へと向かって行った。 わざわざ話の途中で抜け出してきたのかな。 「反省しろよ、ジル」 「うっせー!! 笑ってんじゃねーよ、バーカ!!」 ジルさんとモリーさんがじゃれ始める。 そんな二人を見て、ゼフが肩を竦めた。 「レイモンド様、いい人そうだね」 「ああ。お前のにいいかもな」 「……それはどうだろう」 「気持ちは分かるよ。けどさ、いい加減前向いていこうぜ。お前はあの通り必要とされてるんだからさ」 こんな僕のことを思ってくれる、しっかり者の優しい君。 そんな君だから、と思ったんだ。なのに。 「ゼフ!!」 ゼフの胸を、黒い手が突き破る。 息つく間もなく引き抜かれて、(おびただ)しい量の血が噴き出した。

ともだちにシェアしよう!