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4.始まる共同生活
「着いたぞ」
目の前には、古びた木造の家が建っている。
レイ殿の家だ。
ここは、人里離れた深い森の中。
最寄りの村まで、1日はかかる。
人の手が及んでいないせいか、周囲は魔物だらけだ。
もっとも、レイ殿や僕の魔力に気圧されてか、近付いてくる気配はないけど。
「おえっ……うぷ……やっと着いたか~」
僕の背中の上で、小さな体がもぞもぞと動いた。
勇者の卵――ユーリ。10歳。
紅髪に、金色がかった茶色の瞳をしている。
この子は……端的に言えば、夢とガッツに溢れる子だ。
我流で剣を覚えて、自警団に入団したり。
聖女 エレノア様に一目惚れして、その場でプロポーズ⇒OKを貰っちゃったり。
その行動力には目を見張るものがある。
間違いなくこの子は――
僕ら中立派と王弟派を、新しい時代へと導く存在になるだろう。
そんなポテンシャル溢れるこの子を、僕とレイ殿で育てていく。
改めて考えてみると、責任重大だな。
「ユーリ、立てる?」
「けっ! よゆーだっつーの!」
ユーリは勢いよく地面に降り立った。
ふふっ、頭に葉っぱが付いてる。
そっと取って――愛おしさのなすままに頭を撫でた。
「っ! 何すんだよ!」
「ごっ、ごめん。つい……」
「ったく……ガキ扱いすんなよな!!」
悪い癖だな。
このぐらいの年頃の子を見ると、つい重ねてしまう。
殺された……いや、守れなかった弟妹と。
「にしても、すっげぇとこだな~。田舎通り越して秘境じゃん。不便じゃねーの?」
「町の生活は性に合わなくてな」
「ああ、オッサン外人だもんな」
「ユーリ――」
「まぁ、そんなところだ」
レイ殿は怒るでもなく、何でもないことのように答えた。
どれだけの差別と偏見の中で生きてきたんだろう。
想像するだけで、胸が痛んだ。
彼はデンスター王国の極東に位置する――
『ガシャム』と言う国の生まれだ。
巨大な砂漠に囲まれた国で、訪れるのは物凄く大変。
だから、王国でガシャム人を見ることはほとんどない。
そんな、ガシャム人の評判はというと……正直、あまり良いとは言えない。
国力は乏しく、教育も行き届いていない――所謂『後進国』であることに加え、催眠術や呪術といった奇妙な術の発祥地でもあるから。
そのせいで、「野蛮だ」「怪しげな民族だ」と背を向けられることも少なくなくて……。
「にーちゃん! 剣聖のにーちゃん!」
「っ! 何?」
「稽古つけてくれよ」
ユーリはそう言って、青い顔のまま剣を抜いた。
「今日はやめとこう。移動で疲れたでしょ?」
「こんなんへっちゃらだ!」
「でも――」
「付き合ってやれよ。飯は俺が作っておくから」
「えっ……?」
思いがけず、レイ殿がユーリの肩を持った。
ユーリは嬉しそうに、無邪気な笑顔を見せる。
「じゃ、ガキのことは任せたぞ」
「にーちゃん! 早く!!」
「分かった。じゃあ、ご飯が出来るまでね」
「おっしゃ! んじゃ、いっくぞー!!!」
ユーリの相手をしていく。
彼はとても熱心だった。
頼もしく思う反面、少し心配になる。
……自分の身を軽んじているような気がして。
亡くなったユーリの両親は、彼のことを心から愛していた。
愛するがゆえに、ユーリが勇者になることを猛反対していたほどだ。
そんなご両親が今のユーリを見たら、どう思うだろう?
「これで、どうだ――」
「飯、出来たぞ」
「はい、じゃあおしまい」
僕はユーリの攻撃を躱しながら、そう告げた。
けど、ユーリは構わず突っ込んできて。
「まだまだ――っ!」
その時、「ぐぅ~」っと可愛らしい声で腹の虫が鳴いた。
途端にユーリの顔がかぁーっと赤くなる。
「ふふっ、素直でよろしい」
「~~っ、うせえ!」
ぷんすか怒りながら、ユーリは小屋へ駆けていく。
僕も笑いながら、その背中を追った。
テーブルの上には、湯気を立てるシチューが置かれていた。
でも、置かれている器は2つだけだ。
「お前らはここ使え。俺は奥の書斎で――」
「オレがそっちに行く!」
「あ゛? っ! おい!」
ユーリは皿とスプーンを掴むと、そそくさと奥へ走っていってしまった。
「人見知りをするような子には、見えなかったんですけど……」
「あれは自衛だ。ああやって突っ張りでもしねえと、立ってらんねえんだろうよ」
ユーリもあの魔物と戦った。
けど、敵わなくて……気を失っている間に、家族も、友達も、村も――すべてを失った。
自分の不甲斐なさが招いた結果だと、自分で自分を責め立てているんだろう。
その気持ちは痛いほど分かる。でも……。
「1つ、聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「仇を取ったら、その後はどうするんですか?」
ほんの少しの期待を込めて尋ねた。
レイ殿には、ユーリと違って未来 がない。
僕と同じなんじゃないかと……そう思って。
「猫を飼う」
「……えっ?」
「笑いたきゃ笑え」
「いえ、……そんな……」
「そういうアンタは?」
「え? ああ……。僕も猫を飼いたいかな」
「っは、テキトーこきやがって」
「本心ですよ」
「嘘だな」
――そう、嘘だ。
僕には、その先のビジョンなんてない。
……バカだな。何を期待していたんだろう。
同じなわけがない。
この人もユーリと同じ。
生きるために、仇を取ろうとしている。
僕だけが死 を見ているんだ。
「ほんとはイヌ派ってオチだろ」
「ヤダな。僕もちゃんと猫派ですよ。実家では、5匹も飼ってたんですから」
「……詳しく教えろ」
案の定食いついてきた。僕は得意になって話を続ける。
身勝手に抱いた寂しさを、覆い隠すように。
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