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5.異変 ※レイ視点
「……ッチ、眠れねえ」
ガシガシと頭を掻いて起き上がった。
薄暗い部屋に、月明かりが差し込んできている。
暖炉に焚 べた薪がパチパチと控えめな音を立てていた。
横のベッドではウィリアムが眠っている。
こっちに背を向けていて面 は見えねえが。
あのガキは変わらず書斎にいる。
毛布はくれてやった。
まぁ、風邪を引くことはねえだろう。
「はぁ~……くそっ……」
慣れねえ。
この家に誰かがいることが。
無理もねえ。
師匠が死んでから十年、ずっと一人で生きてきたんだからな。
……あ~あっ。何でOKしちまったんだろうな。
『レイモンド様は、そんなふしだらな人じゃない』
あの時、ウィリアムは何の迷いもなく言い放った。
自信満々に、真っ直ぐな目をして。
「……ケッ、だから何だってんだ――っ!」
ウィリアムが寝返りを打つ。
月明かりがヤツの顔を照らし出した。
「……ったく、やかましい面してんな」
筋の通った上品な小鼻、少し目尻が下がった立体感のある目元に、やたらと柔らかそうな唇。
おまけに色もやかましい。
白い肌に、チョコ色の髪。
瞳の色は猫みてえな萌黄色ときたもんだ。
……まぁ、目の色は悪くねえか。目の色だけはな。
「ンンッ、にしてもデケェなコイツ」
たぶん身長は百九十超え。
それによく鍛えてる。
白いチュニックの上からでも、筋肉のラインが見て取れた。
女どもが群がるのも納得だ。
だが、当のコイツはまともに取り合わない。
笑顔で黙らせて、それで終いだ。
ミシェルの話じゃ、父親に原因があるらしい。
ウィリアムの父親は商才に長けたやり手だが、筋金入りの好色家。
爵位目当てで結婚した正妻であるウィリアムの母親には、ほとんど興味を示さなかった。
それがウィリアムに剣聖の才があると知るや否や一変。
正妻に次々と子を産ませた。
正妻=高位貴族の落胤 。
剣聖 Ω の系譜を持つ女と思い込んでのことだ。
正妻とガキを作れば、剣聖を量産出来るってな。
……っは、バカな野郎だ。
結果、正妻は産褥熱 で死亡。
生まれた五人のガキどもは、剣才なしと判明するなり即売り飛ばされた。
元貴族令息、元貴族令嬢。
そんな触れ込みで売りに出されたガキどもは、訳も分からないまま変態どもに弄ばれて全員命を落とした。
まさに絵に描いたような外道だ。
だから、ウィリアムは女を遠ざける。
下種な父親の血を残すまいとして。
「……諦めんなよ。お前はお前だろ――っ!」
不意にウィリアムが起き上がった。
~~っ、心臓が止まりかけたぞ、このアホ!!
「……何だよ。言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
「…………」
寝ぼけてんのか?
目の焦点が合ってねえ。
「寝ろ。まだ夜中だぞ――っ! おい!」
ウィリアムは剣を掴むなり、そのまま家を飛び出していった。
確かに魔物の気配はするが、殺意は感じられない。
放っておいても、問題はねえはずだが。
「ったく、何考えてんだ」
ヤツは剣聖。
滅多なことでもない限り、後れを取ることはないだろう。
だが、今のヤツはまともじゃねえ。明らかに変だった。
追うか?
いや、ガキを一人にするのは危険だ。
ここは魔物が跋扈 する深い森の中。
俺がここを離れた瞬間、魔物どもはガキ目掛けて襲い掛かって来るだろう。
「だぁ~~! メンドクセー……」
悩みに悩んだ末に、家を丸ごと氷のドームで覆った。
暖炉の火はMAXの状態にしてある。
なんでまぁ、凍死することはねえだろ。
……たぶんな。
よし。次はウィリアムだ。
助走をつけて飛び上がる。
周囲の空気を媒介に、透明な翼を生成した。
「ウィリアム! どこだ! 返事をしろ!!」
空からヤツを追う。近くにはいねえ。
くそっ! 世話の焼ける坊ちゃんだ。
「……血の匂い」
五分ほど飛んだあたりで鼻についた。
少し苦い。これは魔物の血だ。
「あれは……」
高度を落として地上を見下ろす。
するとそこには、無数の魔物の死骸が転がっていた。
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