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16.貴方と生きるために(★)

熱くて冷たい。 痛くて気持ちいい。 それでいて、嬉しくて悲しい。 今日もまた行ったり来たり。 宙ぶらりんのまま貴方に抱かれる。 「んっ、……ぁ……んんっ……♡♡」 あれから二か月。 僕らはほぼ毎日体を重ねていた。 場所は地下室。 硬い床の上でただひたすらに抱き合う。 お陰でウィルは出てこなくなった。 だけど、平穏は取り戻せずにいる。 に直面してしまっているから。 「お髭、ン……もう……すっかり元通り、ですね。素敵、です」 激しく前後に揺さぶられる中で、レイ殿のお髭を撫でた。 すると、途端に表情が険しくなる。 ここ二か月ずっとそうだ。 何を言ってもこの顔をされる。 笑顔なんてもう久しく見ていない。 そりゃそうだよね。 今の僕は嘘つきで、怠惰で、無責任。 ……嫌われて当然だ。 このままじゃいけない。 いや、耐えられない。 だから、僕は何度となく関係の終わりを持ちかけた。 レイ殿にはこれ以上迷惑はかけない。 以降は、プロの方のお世話になると。 だけど、一向に信じてもらえない。 噛みつくようにキスをされて、そのままずるずると体を重ねる。 ずっとその繰り返しだ。 正直もう、僕にはどうしていいか分からない。 「顔色、良くないね。折角の美貌が台無しだよ」 はっとして顔を上げる。 そこには僕らのブレーン ミシェル・カーライル様の姿があった。 重厚感のある執務机の向こうから、僕のことを案じてくれている。 そうだ。今は報告の途中だった。 慌てて頭を下げて謝罪をする。 ここはチャーリーと会うのに利用させてもらっていたお屋敷の中。 ミシェル様が所有する隠れ家の一つだ。 「レイと上手くいっていないのかな?」 ミシェル様にはすべてご報告している。 僕の病気のことも、レイ殿にして貰っていることも。 チャーリーとのことも、正直に伝えてお詫びした。 そうしたら、当たり前だけど彼との契約は解除になった。 手紙を預かってくれたけど、出来ればいつか彼に直接会ってお礼を言いたい。 彼と重ねた『夢見の日々』が、今の僕の心の支えになっている。 この支えがなければ、僕はもうとうに折れてしまっていただろうから。 「君の病について色々と調べてみたんだ。そうしたら、叔父上が残した日記に興味深い記述があってね」 「レイ殿の先生の?」 「そう。と名高い、あのエルヴェのものだ」 ああ、そうか。 先生に似てるから。 だから、レイ殿は頭が上がらないのか。 「どうやら、レイの故郷ガシャムに快方のヒントがあるらしい」 ミシェル様はそう言って、机の引き出しから一冊の日記帳を取り出した。 エメラルドグリーンの表紙で、縁には金の蔦の装飾が施されている。 割と派手好きだったのかな。 お住まいは素朴な感じだけど。 「ふふっ、意外かい? あの聡明なレイがこの日記に思い至らなかったことが」 「あ、……確かにそうですね」 「理由は単純明快、彼はこれを読んでいないんだ」 「この日記の存在を知らずにいるから?」 「いいや。あるのは知ってる。けど読まない」 「……なぜ?」 「愛に飢えてしまうから」 「えっ……?」 「彼は『捨て子』なんだ」 「っ! まさか捨てられた時の記憶が……?」 「ああ。しっかりあるそうだよ」 どれだけ悲しくて、怖くて、苦しかっただろう。 想像するだけで胸が痛んだ。 「彼にとって愛されることは当たり前ではなかった。故に、否が応でも求めてしまう」 「けど……酷く慎重になってる。親に捨てられたことが、トラウマになっているから」 「ご名答」 高圧的な態度や、醜聞はある種のフィルターなんだろう。 そういうのに惑わされない人とだけ親交を深めていく。 僕は信頼してもらえてたんだと思う。 でも、裏切ってしまった。 軽率な嘘で、彼のトラウマを刺激してしまったんだ。 「~~っ、僕は何ってことを……」 挽回したい。 傷付けてしまった分、有り余る愛で貴方を包みたい。 そのためには、まずはにならないと。 きちんと病気を治して、今の関係を清算する。 その上で、もう一度チャンスを乞うんだ。 「僕の病気を治すヒント、教えていただけますか?」 「喜んで。さあ、こっちにおいで」 言われるままミシェル様のお側へ。 机の上に置かれた日記帳に目を向けた。 「催眠術?」 「潜在意識にアプローチして、ストレス、不安、トラウマ、心身症などの治療を行うらしい」 「っ! もしかして、ウィルと対話することも?」 「ああ。叶うかもしれないね」 期待に胸が膨らむ。 僕は鼻息荒くあれこれと訊ねていった。 ――帰宅後、お夕飯の席でレイ殿に報告をした。 ユーリはここにはいない。 変わらず、書斎で食事をしている。 「術師の方はもう手配していただきました。来週にでも、治療が始まるかと思います」 「急だな」 「善は急げかなと」 「耐えられるのか? 記憶まで消して、逃げに逃げまくってきたお前が」 「やりたいことを見つけたんです。だから、きっと頑張れる」 「…………」 レイ殿がじっと見つめてくる。 僕も……ちょっと照れ臭かったけど、じっと見つめ返した。 背中がむずむずして擽ったい。 それはレイ殿も同じみたいで、居心地悪く大きく咳払いをした。 「ざっ、残念だ。マジでお前のこと、筋金入りの猫好きにしてやろうと思ってたのに」 ぎこちない上に、頬まで緩んでる。 僕はこれを『期待してくれているんだ』と、都合よく解釈することにした。 ――必ず治す。 これから先も、出来ることならずっと貴方と共に生きていきたいから。

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