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17.幼馴染であるはずのキミから(★)

高窓から陽の光が差し込んでくる。 それらの光を受けて、石造りの廊下に置かれた様々な調度品がキラキラと輝き出した。 いずれも自然にまつわるものだ。 馬やリスの置物だったり、フォーサイス領に広がる雄大な自然を描いたものだったり。 この辺境の地を忌むのではなく、心から愛している。 そんな思いが見て取れて、何だかほっこりした。 「先生……っ」 「大丈夫だよ。信じて待ってて」 ユーリは小さな唇を引き結んで、こくりと頷いた。 『命にかかわるような病気じゃないよ』 症状は伝えられない分、その点はしっかりと強調しておいた。 だけど、それでもユーリはこんなにも心配してくれていて。 凄く嬉しい。それこそ言葉にならないぐらい。 正直なところ、関心すら持たれないんじゃないかと思ってたから。 「おい。それちゃんと被っとけよ」 「うっせーな。分かってるよ」 レイ殿にぶすっとした顔で答えながら、オリーブ色の帽子を目深に被る。 今日のユーリはいつもと違う。 帽子を被りつつ、特徴的な紅髪を黒のウィッグで隠している。 彼の存在は変わらず秘匿とされているから。 「行くぞ」 「ええ」 ハーヴィー様にユーリを預けて、用意していただいたお部屋に向かう。 そんな僕の隣に立つレイ殿もまた変装をしていた。 今回のレイ殿は『催眠術師の助手』という設定だ。 褐色の肌とお髭はそのままに、ゆったりとした薄茶色のローブを着て、頭には同じ色のターバンを巻いている。 当たり前だけどよく似合ってる。 あるべき姿に戻ったって言えばいいのかな? そう思うと、何だかそわそわしてしまうけど。 このまま遠くに行ってしまうような……そんな気がして。 「やっぱりその……懐かしいですか?」 「ん? ああ、そうだな。これ見てっと変態共を思い出す」 「? それはどういう――」 「のことだよ。ったく、反吐が出るぜ」 本当に体を売ってたんだ。 どれだけ怖くて、悔しかっただろう。 想像するだけで胸が痛んだ。 「あの……お部屋着いたら、服交換しましょうか?」 「はぁ? 何でだよ?」 「だって……お辛いでしょ?」 レイ殿は目をパチクリさせると、次の瞬間ふっと吹き出すようにして笑った。 予想外の反応に、僕は思わず瞠目する。 「バカ。いつの話だと思ってんだよ」 「でも……」 「ナメんなよ。んなヤワじゃねえよ」 「わっ……!」 頭を乱暴に撫でられた。 わしゃわしゃわしゃっと、犬や猫にするように。 「ほらっ、とっとと行くぞ」 レイ殿はすたすたと歩いて、部屋の扉を開けた。 先生が待っているお部屋だ。 表情……見損ねちゃったな。 どんな顔してたんだろう? 喜んでた? 照れてた? それとも怒ってた? 後悔は膨らむばかり。 だけど、切り替えなきゃ。 首を左右に振ってレイ殿の後に続く。 最初に飛び込んできたのは、白を基調とした石壁だった。 時を経た柔らかな陰影が心地いい。 窓辺には厚手の深緑色のカーテンが。 外の景色を遮りながらも、昼の明るさだけはしっかりと取り込んでくれている。 床には深みのある赤い絨毯が敷かれていて、足音をすっすっと呑み込んでいく。 どうやらここはゲストルームみたいだ。 部屋の奥には、赤のビロードの天蓋付きのベッドが置かれている。 「あ……」 「やぁやぁ、こんにちは。待ってたよ」 ベッドの対角線上に置かれた深緑色のシェーズロング。 その横には一人の老人の姿があった。 レイ殿と同じ褐色肌。 痩せ型で、ぎょろっとした大きな目をしている。 顎には入道雲みたいな、白くてふわふわなお髭を生やしていた。 お召しになっているのは、レイ殿と同じガシャムの民族衣装。 ゆったりとした紫色のローブに、頭には同じ色のターバンを巻いている。 「術師のナジームじゃ。ほっほっほ、よろしくね」 「こちらこそ。ウィリアムです。ご足労をいただきありがとうございます」 そっと握手を交わす。 しわくちゃでとても温かい手だった。 浮かべている笑顔もやわらかくて、緊張の糸がするすると解けていくのを感じる。 「お前さんが儂の護衛じゃな」 「ああ。レイモンドだ。万一コイツが暴れるようなことがあれば、俺が止めてやるよ」 「頼もしいの~。おまけに同胞ときたもんじゃ」 「悪いが、ローカルネタには付き合えねえぜ。こっちの国の方が長いんでな」 「それはそれは。よもやガシャム語も?」 「ああ、とうに忘れたよ」 「薄情な奴じゃの~」 ほっとした。物凄く。 これから先も国に戻るつもりはない。 ずっとここにいてくれるんだって、そう思えて。 「まぁ良い。では、ウィリアム君。まずはそこのソファに寝転がってもらえるかな」 僕は促されるまま深緑色のシェーズロングに寝転んだ。 やわらかなベルベットが僕の体を包み込む。 気持ちいい。何だか無意味に手足を動かしたくなるな。 気を抜いたらすぐに寝ちゃいそう。 「これからお前さんに暗示をかけさせてもらう。ただ漠然と儂が言うイメージを、頭の中に思い描いていっておくれ」 「それだけ……?」 「ああ、それだけでお前さんは自分の潜在意識に潜ることが出来る。儂にしっかりと命綱を握られた状態でな」 「凄い技術ですね」 「ただ……お前さんを引っ張り上げるのには、ルートの確保が不可欠じゃ。故に色々と、隅々まで覗かせてもらうぞい」 好奇心やちょっとした悪意すらも感じられない。 先生はプロだ。そう確信した。この人になら安心して任せられる。 「はい。構いません。よろしくお願いします」 「ほっほっほ! これはこれは中々肝の据わった患者じゃの。儂も励まねば」 「おい、ウィリアム」 不意にレイ殿が話しかけてきた。 何だろう? パチクリと瞬きをしながら先を促すと、レイ殿は罰が悪そうに唇を波立たせた。 「その……何だ。あんま無茶すんなよ」 途端に頬が緩む。 それ逆効果ですよ。 どんな無茶をしてでも治したくなる。 「……返事しろよ」 「善処します」 「テメェ……」 「ほっほっほ」 「あ゛? おい、ジジイ。テメェ何笑って――」 「別にぃ~?」 「にゃろ……っ」 「さて、名残惜しいがそろそろ始めるとするかの」 レイ殿は大きく舌打ちをして、顔を下向かせてしまった。 心配してくれてるんだと、都合よく解釈してゆっくりと目を閉じていく。 「まずは緑の草原を思い浮かべるんじゃ」 「緑の……草原……」 言われるまま緑の草原を思い浮かべていく。 次は小さな小屋。 そのまま扉を開いて中へ。 木の甘い香りを感じながら、奥へ奥へと進んで地下室へと続く扉を開ける。 するとそこには――海が広がっていた。 「あっ」と声をあげる間もなく波に呑まれる。 苦しい。藻掻(もが)く内に気付けばふっと楽になっていた。 ここは……海じゃない。暗闇の中だ。 なのに、自分の姿はハッキリと見て取れた。 服は着てる。チュニックにパンツ、ブーツまでしっかりと。 だけど、サーベルはない。 素手でも戦えなくはないけど、あんまり経験ないんだよね。 「……っ」 ダメだ。気をしっかり持て。 僕は決めたんだから。 レイ殿と生きるって。 「はっ、よく言うぜ」 聞き覚えのある声。 まさか……? 「っ!」 直後、黒い床の上に倒れ込んだ。 重い。圧し掛かられている。 振り返ると、案の定そこには僕の幼馴染の姿があった。 「ゼフ……」 銀色の甲冑姿。 目尻が垂れ下がった切れ長の目。 腰まで伸びる薄茶色の髪は一つ結びにしている。 間違いない。ゼフだ。 けど、どうしてここに? 君は死んだ。間違いなく。 僕は看取った。君を守れなかったから。 期待と不安に揺れる僕を見て、ゼフはにっこりと微笑んだ。 そして、ゆっくりと身を屈めて僕の耳元で囁く。 「このクソビッチが」 「えっ……?」 「お前はさ、誰でもいいんだよ。『真実の愛』とやらに酔えるのならな」 「そんなわけ――っ!」 僕のお尻が勝手に持ち上がる。 顔は依然、黒い床に突っ伏したままだ。 「あっ……! はぁ……っ」 お尻が、お腹が、痛い。 それに熱くて……苦しい……っ。 この感覚……まさか……っ。 「思い出したか? 俺とのこと」 「何……言ってるの? 思い出すも何も、君とは何も――」 「くっくっく、しょーがねえな。なら思い出させてやるよ」 「やっ、やめ――あ゛っ!!?」 貫かれる。 幼馴染であるはずの彼の(たかぶ)りに。

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