1 / 27
第1話 出会い
ガラハッド王国の王都にある賑やかな夜の歓楽街。平民が多く住むこの街の一角に、そのオークション会場はあった。
「本日の最高額が出ました!! アレキサンドライト落札です‼」
観衆が見守る中、司会の男が興奮した面持ちで叫ぶ。
「またあの落札者か」
ざわざわした観衆達の声に混じり、落札者であるカイの噂話をしている者の声が聞こえる。他人には干渉しないのがこのオークション会場のルールなのだが、連日高額落札を続けている為、目立ってしまったのだろう。
(これ以上目立つ前に、さっさと帰ろう)
フードを目深に被り、人混みに紛れるようにして、カイは出口に向かって歩き出す。
(何だ?)
ふと強烈な視線を感じて、カイは振り返った。
視線の先に黒服と呼ばれる、オークションの従業員の姿があった。
輝くような銀色の髪に、澄んだ紺碧の瞳。頭部には大きな狼の耳がある。精悍で整った顔立ちの美丈夫がいた。首には奴隷の証である隷従の首輪が見える。このオークション会場の護衛のようだ。
(獣人奴隷にしておくには、もったいない。人間だったら、さぞかしモテるだろうに)
他人に興味がないカイでも、そう思ってしまう程の美形だった。
(まぁ、俺には関係ないけど)
朝と呼ぶには日が高く昇った午前中、昨夜オークションに参加したカイは、のんびりと起き出し自宅に併設された店に顔を出した。
「おはようございます、カイ様」
そうカイに声をかけてきたのは、二足立ちで歩く大きな猫だ。
「おはよう、キキ」
「カイ様、お店に出る時は、寝癖直して来て下さいね。寝ぼけ眼じゃ駄目ですよ」
カイにあれやこれやと小言を言うのは、ケット・シーのキキだ。
カイの両親の代から仕えている猫の幻獣で、カイの身の回りの世話を焼いている。
モフモフの白黒の毛皮がとても愛らしい、この魔石店の従業員でもある。
「今日も暇だな……」
カウンターの前に陣取り、お客のいない薄暗い店内を眺めながら、カイは呟いた。
「それはカイ様にやる気がないからです。お店は明るくしないとお客様は来ませんって、ご両親にも言われてますよね?」
「だって継ぐ気なかったし……」
不服そうに呟くカイの肩には、小さなリスのような獣がいた。
額に赤い宝石が輝くこの獣は、カーバンクルという幻獣だ。
一見すると無愛想で冷たく見えるカイだが、獣や子供には何故か懐かれるのだ。獣人奴隷の子供も、カイの店に顔を出しに来る事がある。
大あくびをしてやる気ゼロのカイに、キキが小言を零していた時、魔石店の入り口のドアが開いた。
入って来たのは、頭からすっぽりと大きなフードコートを被った、背の高い男。
装備品を見る限り、魔石店には縁のなさそうな剣士のようだ。
男の姿に警戒したのか、カーバンクルのララはカイの胸元に潜り込む。
ケット・シーのキキも、黙り込んで普通の猫のフリをしていた。
二匹の様子から、カイは警戒心をむきだしにして、じっと男の様子を伺う。カイはこの男に見覚えがあった。
「失礼。ああ、やっぱり。黒髪の綺麗な麗しのレディ。お嬢さんはこの店の人?」
突然話しかけて来たのは、オークション会場でカイを凝視していたあの美丈夫だった。
「店長さんかな? どおりでお金持ちなわけだ。高価で上質な魔石を扱う老舗のようだね。うちで落札したアレキサンドライトも、ここで売ってるの?」
男は不躾に店内を見回している。
「アレキサンドライトは、個人的に集めてるだけだ。残念だが……俺はお嬢さんじゃない」
カイの言葉に男は驚き、目を丸くした。
「へぇ~驚いたね。あまりにも綺麗だから、女性かと思ってた」
「それはどうも。買う気がないなら帰ってくれ。忙しいんだ」
どう見ても暇だったのだが、カイは男を軽くあしらう。
「今日の所は引き上げますか。またね、可愛い子狐ちゃん」
男はキザな台詞を残して、あっさりと店を出て行った。
その姿に、カイは呆気に取られてしまう。
「凄くチャラい男でしたね。うちのカイ様によくもまぁ馴れ馴れしく」
再び二本の足で立ち上がったキキが、不愉快そうに顔をしかめる。
カイは難しい顔をして、考え込んでしまった。
「あの男……俺の事を狐って呼んだ……まさか……目眩ましの魔法が効かないのか?」
(そんなに魔力が高そうに見えなかったが)
「気のせいですよ」
キキにそう言われて、取り敢えずカイは深く考えない事にした。
「まぁ、もう来ないだろう」
ともだちにシェアしよう!

