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第5話 日常
カナタは夜を恐れている。
なので引き取った日から今もずっと、同じベッドで寝ていた。
その為に僕はキングサイズのベッドを買った。
けれどカナタは僕よりも大きくなり、男ふたり、一緒に寝るのは辛くなっていた。
カナタにはカナタの部屋がある。
年頃になれば自室が欲しくなるだろうと思って家具をそろえたが、寝る時だけは僕と共にいたがる。
夜の十一時。
高校生が寝るには少し早い気もするが、僕はカナタと一緒にベッドに入った。
「もうすぐ十八になるんだから、ひとりで寝たらどう?」
優しく僕が言うと、カナタはびくっと震えて首を横に振る。
「やだむり。俺、音耶と一緒がいいから」
そして彼は、泣きそうな目でこちらを見上げた。
なんでカナタは、両親を殺した僕になついているのだろうか。
なんでカナタは、両親を殺した僕と一緒に寝たがるのだろうか。
それが理解できなかった。
カナタは僕を背中から抱きしめ、首に顔を埋めてくる。
「音耶の匂い、好き」
と、うっとりと言うがそれはただの石けんの匂いだろう。
なのにカナタは匂いを嗅ぐのをやめようとはしなかった。
この行為に何の意味があるのか僕には理解できないが、さすがに毎日のことなので慣れた。
「いつまでも子供だな」
そう僕が呟くと、ぎゅうっと身体を抱きしめられてしまう。
「……子供じゃねえし。来週で十八だよ? 十八って成人じゃん」
と、不満そうな声が聞こえてくる。
「成人はこんなふうに人抱きしめて寝ないよ」
「えー? でも好きな人なら抱いて寝るんでしょ?」
その寝る、の意味がそのままの意味なのか別の意味をはらんできるのか判断できず、僕は思わず黙り込んでしまう。
「……いや、異性ならそうだろうけれど、僕たちは男同士だろう」
自分に言い聞かせるように言い、僕は欠伸をした。
「そうだけどさあ……」
と、なおも声を漏らすカナタを無視して、僕は言った。
「おやすみ、カナタ」
「……おやすみ」
カナタは決して寝相がいいわけじゃない。
なのに朝目が覚めると必ず彼は僕を抱きしめている。
幼い子供のように。
昔はそれが可愛く思えた頃があったが、さすがに今はそんな感情もたなくなった。
しかも、カナタのペニスが当たるのが気になってしまう。
カナタも男であるしそれは生理現象だとわかってはいる。
けれど僕の心は落ち着かなかった。
カナタとそういうことはないだろうけれど、万一のことを考えたらやはりベッドを分けるべきではないだろうか。
毎晩僕と寝ていて、自慰はしないのかと変なことが気になってしまう。
恋人がいる話は聞いたことないが、告白された話は聞いたことがある。
異形のモテるモテないはよくわからないが、家事能力は高いし性格に問題はないはずだから、いつか恋人だってできるだろう。
それを考えると。僕と寝てるなんてマイナス要素にしかならないだろうに。
土曜日の朝。
目が覚めて時間を確認すると、五時をすぎたところだった。
今日は学校が休みであるため、カナタはまだ起きない。
そしていつものように彼は僕をぎゅっと抱きしめて眠っていた。
少し重いので腕を外したいが、そんな事をして目覚められても嫌だ。
僕が少し動いただけで腕に力がこもる。
「う……あ……おかあ……さ……」
そんな嗚咽混じりの声を聞き、僕は思わず振り返りカナタの顔を見た。
今でも彼は、両親が怪物になった時の夢を見るらしい。
共に暮らすようになった時は泣きながらしがみつき、
「怪物がくる!」
と叫んだ時もあった。
大丈夫。
なんていう月並みな言葉しかかけられず、ただ寄り添うことしかできなかったが。
身体は大きくなったのに、悪夢を見るのは変わらないのか。
「う、あ……」
呻くカナタの頭にそっと手を置き、
「大丈夫」
と声を掛ける。
すると彼はうっすらと目を開き、僕の顔を見つめると、
「音……耶、兄ちゃん……」
と、子供の頃のように呼び、僕の身体を強く抱きしめた。
毎日のことではないが、悪夢に苛まれる姿を見るのは心地いいものではなかった。
僕はいつまで、カナタと共に過ごすのだろうか。
僕にとってこの十二年は短いものだ。けれど、平均寿命が六十ほどのカナタにとってはそうではないだろう。
子供はいつか親から離れると思っていた。僕だって高校を卒業したあとはハンターとして働いていたのだから。
カナタは僕からちゃんと離れてくれるだろうか。できれば大学にいって、ちゃんと就職してほしいが。
進路について、未来について、ちゃんとカナタと話さないと。
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