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第13話 ちょうだい?
夜、十一時を過ぎたころ。
風呂からでて寝室に入ると、カナタがベッドに座って本を読んでいた。
いつもはベッドに入って僕を待っているのに、起きてるなんて珍しい。
「まだ起きてたの」
言いながら僕はベッドに近づく。
「うん、音耶待っていたかったから」
そう言いながら彼は本をベッド横の棚に置くと、立ち上がって僕の目の前にやってきた。
そんなことを言われたのは初めてだ。いったい何があったんだろうか。
「音耶」
切なげな声に、僕は不思議に思って彼を見つめた。
「何?」
「ねえ、音耶って身体売ってるんでしょ? ハンターの仕事の代わりにずっと」
――身体、売ってるんでしょ?
耳の奥でカナタの言葉がこだまする。
僕は目を見開いてカナタを見つめた。
彼も僕を見つめている。その表情からは何も読み取れない。
「な……んで……」
動揺で震える声で言うと、彼は静かに告げた。
「匂いでわかるよ。ボディーソープの下に、知らない匂いがいつもついてたから」
そういうことだったのか……いつだったか、僕の匂いがどうのと言っていたっけ。
異形は僕のような旧人類より進化している部分がある。音耶は鼻もいいのか。ずっと一緒に暮らしてきたのに全然知らなかった。
「俺、音耶が誰かに抱かれてるのが嫌なんだ。音耶は俺の音耶なのに」
「カナタ……?」
何を言われているのか理解できず、僕は眉をしかめて彼を見る。
俺の音耶、という響きに不穏な空気を感じる。
切なげに目を細めるカナタの顔に、僕は思わずどきり、とした。
「何を言って……」
「俺、今日で十八だよ? 成人なんだよ。だから俺、音耶が欲しい」
言いながらカナタは僕の腕をつかみ、そして身体を引き寄せてくる。
欲しい、の意味を理解するのにどれだけ時間がかかっただろうか。
欲しいってつまり……
僕はハッとして首を振り言った。
「待ってカナタ、僕はどんなこと望んでなんて……」
「俺の誕生日だよ? 俺が音耶を欲しがるのなんて当たり前でしょ」
すっと目を細めたカナタは僕の頭の後ろに手を添える。
そして顔を近づけてきたかと思うと、唇が重なった。
やはり欲しい、ていうのはそういう事なのか……
予想していなかった出来事に、脳が追いつかない。
触れるだけのキスの後、カナタはうっとりと告げた。
「音耶、色んな人と寝てるんでしょ? 俺ずっと我慢してきたんだ。知らない匂いがして嫌なのに。でももう、我慢しなくていいよね。成人したら大人だもん。俺、音耶が欲しい。音耶とひとつになりたい」
「カナタ……おちつ……」
言い返そうとすると、言葉を奪うようにまた唇が重なり、今度は舌が唇を舐め、口の中に入ってくる。
どうしたらいいかわからずにいる僕の舌を、カナタの長い舌が絡め取り、ぴちゃぴちゃと音が響いた。
「ん……」
拙いキスに、僕は訳が分からなくなってくる。
何が起きている? なんで僕はカナタと口づけてる?
「カ……だめ……」
口づけられながらもなんとかもがいて逃げようとするが、旧人類の僕ではカナタに力で勝てるはずがなかった。
舌が僕の口の中を舐めまわし、腰にまわされた腕に力がこもり身体を密着させられる。
カナタのペニスが既に硬くなっていることに気が付き、僕は腰を引いて逃げようとした。
だけどそんなことできるわけなかった。カナタの力は強くて、全然身動きがとれない。
唇が離れたとき、カナタが悲しげに僕を見つめて言った。
「何でだめなの? 俺は音耶が欲しい。音耶は好きでもない相手と寝てるんでしょ。なのになんで俺はだめなの? 俺の事、好きじゃないの?」
そんなこと言わないでほしいのに。
カナタの言葉が僕の心に小さな傷を作っていく。
好きでもない相手に抱かれてきたのは、カナタと生きていくためだ。カナタを学校にいかせて、服を買い、食料を買い、家賃を払って生活するためだ。
だから今まで耐えてきたのに。
「好き、とか嫌い、とかそういう問題じゃあ……」
震える声で言うと、カナタは小さく首を傾げた。
「じゃあなんで?」
そんな、捨てられた子犬のような目で見つめられたら何も言い返せなくなってしまう。
僕はカナタとそんな関係になりたくない。
カナタは……僕にとって子も同然なのに。
けれどカナタには違った、ということなのか?
そう思うといたたまれなくなってくる。
「何でって僕はカナタの保護者だよ? そんなことできるわけ……」
「俺は音耶が好きなんだよ? それで充分でしょ。両親が怪物になったとき、音耶が助けてくれた。じゃなかったら俺、きっとあの時死んでた。音耶のお陰で俺は生かされてる。だから音耶が俺にとって大事なの、当たり前だろ?」
僕のお陰で生かされている。
その言葉が僕の心に重しを乗せてくる。
脳裏に、ルシードの姿が蘇った。瓦礫に挟まれ、僕に生きろ、と告げた彼の姿が。僕も彼のお陰で今、生きている。
――生きろ、という、呪いと共に。
カナタの言葉で僕の心が揺らぐ。
なぜ大事だから抱きたい、と思うんだろうか。これは異形独特の感性なのか? 今日の客のように、僕を姫と呼びながら噛み付き、痕を残すように。カナタも心のどこかで大事なものを穢したい、という願望があるのだろうか。
そんなの全然わからなかった。このまま何事もなく時間が過ぎていくと思ったのに。
なんでこうなる? なんでこうなった? 僕は、何を間違えた?
ぐるぐると考えていると、カナタは僕の身体を抱きしめたまま、僕を下に、ベッドへと倒れこんだ。
「あ!」
ベッドのスプリングで、僕の身体は小さく跳ねる。
「もう俺、我慢しないから」
余裕のない声で言い、カナタは僕が着ている彼が選んだTシャツを捲り上げた。
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