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第12話 誕生日

 ホテルのシャワーでで中に出された精液を処理し、いつもより四倍近い金を受け取って僕はホテルを後にした。  この仕事、カナタが高校を卒業したら辞めるつもりだから、あと少しの辛抱だ。  娼館のマスターにも言われたが、十年経っても変わらない容姿、というのはとても厄介だ。  普通の場所で働くとなるとどうしてもそれが悪目立ちしてしまう。  僕の公的書類での年齢は四十歳近いが、僕はどう見ても二十歳前後だ。それを考えたらなかなか普通の仕事なんてできなかった。  来年からはハンターの仕事に戻るつもりだから、あと少しだ。  娼館に受け取った金を渡しに行くと、マスターのリイナが封筒から一部の金だけ抜いて、その封筒を閉じて僕に差し出してくる。  彼女は申し訳なさそうな声で言った。 「無理を言って悪かった。これはこのまま受け取っておくれ」 「いいの?」  僕の問いかけに、リイナは頷く。 「あぁ。今日は休みのはずだろう。それなのに出てきてもらったからね。金持ちっていう生き物は本当に面倒だ。金で全て解決できると思っている」  リイナは軽蔑したような声で言うが、世の中の大抵のことは金でなんとかできてしまうのは事実だ。  そして、それで解決できないとなった時何をするかといたら実力行使だ。  それなら金を受け取って大人しく従う方がずっといい。  僕は封筒を受け取り、 「わかった」  と短く答える。 「にしても、なかなか酷いことになってるわね。首、傷だらけじゃないの」  呆れた様子でリイナが言うが、こんな傷は、家に帰りつくころにはすっかり消えているはずだ。  僕は首にそっと触れ、 「大丈夫」  と、短く答える。 「どういうプレイしてるのかは聞かないけど、ねえ、音、自分を大事にしなよ。あんたには家族がいるんだから」 「あぁ」  リイナの言葉が重く僕の心にのしかかる。  どんなに身体が傷ついてもどうせ回復する。だから自分を大事にしよう、などという発想はとうの昔になくなっていた。  そして、家族、という言葉。  僕には支えるべき家族がいたから、今もなお生き続けている。  その家族はとうの昔に死んでしまった。  僕はリイナに背を向けて、 「帰るよ」  とだけ告げる。 「今日は本当、悪かったね」  そんな申し訳なさげな声を背中に聞きながら、僕は娼館を出た。  時刻は三時半過ぎ。雨はまだやみそうにない。  電車に乗り帰宅すると、すぐにカナタが帰ってきた。 「ただいまー!」  ばたばたと勢いよく廊下からリビングへとやってきたカナタは僕を見つけると、ほっとした様な顔になる。 「あ、よかった、音耶、家にいたー!」  そう声を上げたかと思うと、がしっと僕に抱き着いてきた。 「うわっ……ちょ、カナタ?」  ぎゅうっと抱きしめる腕から逃げたいけれど、それは可哀そうかと思い逡巡していると、カナタが言った。 「……ねえ音耶、シャワー浴びたの?」  いぶかしむ声に僕は内心ハッとする。 「あぁ、買い物から帰る時に思いきり水、かけられて」  動揺しつつ、なんとか平静に答えると、カナタは、そっかー、と返事をした。 「バスとか容赦なく水たまり走るもんなー」  そう言いながら、カナタは僕から離れていく。  どうにか誤魔化せただろうか。  いや、誤魔化せていてほしい。  僕はカナタから離れて、 「夕食の準備するよ」  と告げてエプロンを手に取った。  牛肉のステーキに、サラダ、野菜のスープに白いご飯。 「うわぁ、肉だ、牛肉だー!」  食卓を見たカナタは嬉しそうに声を上げる。 「本当に牛肉だ! ありがとー、音耶!」  カナタが喜ぶと僕も嬉しくなってくる。 「うん。あとカットケーキも買ってきたから、夕食の後食べよう」 「え、ケーキ? まじで買ってくれたの?」  悦びと戸惑いの混じったような声で言うカナタに、僕は頷き答えた。 「誕生日だしね。米粉のショートケーキだけど」 「マジで? いいの?」 「いいから買ってきたんだよ」  僕の答えに、カナタは泣きそうな顔になった後手を上にあげて言った。 「うれしー! ありがとう、音耶!」  その顔を見た僕は、心に温かい物がひろがるのを感じた。  食事の後、ケーキを皿に載せてお茶を淹れる。  米粉のケーキで、豆乳ベースのクリームに干し芋のペーストが混ぜられたクリームが生地の間に挟まれたり、スポンジの上に塗りたくられている。  とてもシンプルなケーキだが、一般的なカットケーキだ。 「うーん、おいしー」  ケーキを食べるカナタは幸せそうに声を上げる。  久しぶりに食べるケーキは確かにほんのりと甘くおいしかった。   「カナタ。これ」  ケーキを食べ終わる頃、僕は買ってきたプレゼントの小さな袋をカナタに差し出す。 「うわぁ! ほんとに買ってきてくれたの?」 「当たり前だろう。カナタが欲しがったんだから」 「やったー! 卒業したら絶対つける!」  声を弾ませて言いながら、カナタは包みを開ける。  そして、小さなピアスを取り出し、目を輝かせた。 「かっこいー、牙みたい」 「カナタの写真見てたらそれが一番いいかなって思って」 「マジで? ありがとう音耶!」  どうやら気に入ってくれたらしい。  僕も笑って、うん、と頷き答えた。   

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