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第11話 勝手な客
その日は朝から雨が降っていた。
六月二十二日金曜日。
今日がカナタの誕生日だ。
朝からご機嫌のカナタは元気よく登校していった。
「行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
カナタを送り出したあと、僕は掃除や洗濯といった家事をこなして僕は買い物に出た。
カナタの希望である牛肉とケーキを買うためだ。
洪水以降、燃料が高騰したため輸入の牛肉も手に入りにくくなった。国産の牛肉もあるけれどかなりの高額だ。
だから、肉は特別な時しか買わないし、そもそも買える店がデパートや専門店に限られていた。
バスで駅前に行き、デパートに立ち寄る。
平日の朝。
さすがに人影は少なかった。
女性たちがちらほらと買い物に来ているくらいだ。
極力目立たないようにしているが、やはり異形ばかりのなかでは居心地がよくない。
この姿のお陰で何度レイプされただろうか。
異形はなぜか、僕のような旧時代の人類を神聖視している。それだけならいいのに、なぜか僕を穢したがる。それは僕を抱きたがる異形の言葉や行動からも察せられた。
買い物を済ませて帰宅した時だった。
仕事用の端末にメッセージが届く。
嫌な予感がしつつ確認すると、ごめんなさい、から始まる仕事の依頼だった。
『どうしても今日貴方を呼びたいと言っている客がいる。料金は三倍出すとまで言われて断りきれそうにない』
という内容だった。
相手の名前は書かれていないが、そんなことを言い出す奴は厄介な相手だろう。
時刻は今、十二時過ぎ。
今から出て、仕事して、帰ってきて……四時過ぎだろうか。
カナタが帰宅する前後になってしまうかもしれない。
『どうしても断れないの?』
そう返すと、すぐに返事がくる。
『無理ね』
そこまで言われるとは、いったい相手は誰だろうか。
僕は買ってきたものを冷蔵庫にしまい、
『わかった。直接行く』
とメッセージを返す。
すると、時間と場所が送られてきた。
仕方なく家で準備をし、僕は家を出た。
服はいつもの黒尽くめ。
カナタが選んだ服は、仕事の時は着られなかった。
穢してしまいそうで、こわかったからだ。
カナタは僕の仕事を知らない。知られたくはないから。
雨の中、傘をさして駅に向かい、混みあう電車に乗る。
車内にはぱっとみ、僕のような人間の姿をしている者がいる。けれど、どこかに異形の特徴があった。
瞳孔の形、耳の形に髪の色。異様に長い指など。
これが日常になってどれだけ時間が流れたんだろう。
異形がふつうになり、僕は異端になった。
極力目立たないよう帽子を目深にかぶり、マスクをして下を俯く。
電車で騒ぐ馬鹿はいないだろうけれど、用心に越したことはないから。
電車を降りて僕は指定のホテルへと向かう。
そこで待っていた異形は、蒸し暑いというのに紺色のスーツに身を包んだ男だった。鐘ヶ淵 と呼ばれる金融業の男だ。
顔は仮面のように真っ白で、目の周りに青の十字で模様が入っている。目の色はグレー一色で、どこを見ているのか全く分からなかった。
彼は張りつけたような笑みを浮かべて僕を出迎えた。
「やあ、姫。待っていたよ」
ねっとりと纏わりつくような甘い声は、聞いた者を魅了するような響きをもっている。
僕が異形の女であればきっと、それだけでうっとりしただろう。
だけど僕は人間で、男だ。
「その姫と呼ぶの、やめていただけないですか?」
そもそも姫、というのは女性への呼び方だろう。抱かれる側とはいえ僕は男だ。女性の呼称を使われるのはあまり気分のいいものではなかった。
「あはは。その言い方、その声。本当に素敵だよ。私の姫よ」
案の定、僕の言葉など響いてはいないらしい。
彼は僕の手を取ると身体を引き寄せて腰に手を回し、うっとりと僕の顔を見つめた。
「あぁ、その顔、その形、本当に素晴らしい。こんな人間がまだ存在するのだから本当に嬉しくてたまらない」
その言葉、今まで何回聞いただろうか。
彼は僕が着ているTシャツに手をかけると、その長い爪でビリビリと切り裂いた。
やはりいつもと同じ服で正解だったな。
冷静にそう思っていると、彼の爪が僕の胸を、腹をゆっくりと撫でた。
「あ……」
思わず声を上げると、鐘ヶ淵は喉を鳴らして笑った。
「たくさん聞かせておくれ、私の姫。君が啼く声はとても甘美な響きを持っているから」
そして彼は僕をベッドに横たわらせた。
この男はいつも僕を手ひどく抱く。
姫、と呼ぶくせにやっていることは真逆なのだから、僕には理解が出来なかった。
「あぁ、本当に君は美しいよ。貴重な完全な人間。いくら傷付けても残らない。これを神の御業と言わずなんて言おうか」
俺を後ろから貫きながら言い、俺の首に噛みつく。
容赦なく、歯をたてて。
「い……あぁ……」
痛みに涙を流して僕は、シーツを掴んだ。
この男はいつもそうだ。
なぜか僕の首に噛みつきその痕を残そうとする。
そんな事しても意味ないのに。
どうせしばらく時がたてば消えるのだから。
「あぁ、痕がついた。でも消えてしまうのが口惜しい。けれどこの痛みは、君の心に刻み付けられるんだよねえ」
そうねっとりと言いながら、彼は傷痕にもう一度噛み付いた。
強く血が流れそうなほどに。
「ひ、あ……!」
鐘ヶ淵の言う通り、傷は消えても痛みだけは残る。だから嫌なのに、この男は容赦なく僕の身体に様々な痕跡を残そうとした。
噛み痕、キスマーク。
時には手首を拘束されることもある。どうせ消えるとはいえ、痛みだけはどうにもならない。
僕の首に噛み付きながら、奥をこじ開けるように鐘ヶ淵は腰を埋める。
「う、あぁ……」
結腸責めは正直気持ちいいし、痛みと相まって頭がおかしくなりそうになる。
自然と中が収縮して、僕は声を上げた。
「そこ……気持ちいい……奥……」
「君は奥が好きだよねぇ。あぁ、締め付けが気持ちいいよ」
嬉しそうに言い、彼は激しく腰を揺らし始めた。
前立腺から奥を責められ、僕はあっけなく達してしまう。
「う、あぁ! イってる、イってる、からぁ」
「もっとイけよ、私の姫。君の中に私を刻み付けてあげる」
「ひ、あぁ……」
こいつが射精するまでに、僕は何回イかされただろうか。
鐘ヶ淵は容赦なく僕の中にそのまま出し、恍惚に告げた。
「気持ちがいいよ、姫。一か月以上我慢していたからなかなか止まらないなぁ」
「う、あ……中……出て……」
鐘ヶ淵の言う通り、彼の射精が止まらないのが僕でもわかる。
彼の精液が僕の腹の中に出されて、奥が熱く感じてくる。
これを後で処理するのかと思うと気が重いが、今は目の前の快楽で頭がいっぱいだった。
ことが終わり解放された時、僕はぐったりとベッドの上でうつ伏せになっていた。
そこに、鐘ヶ淵が背中に口づけてくる。
「やはり君は最高だよ。今日は何か用事があるのだろう? 無理を言ったな」
と、ひとかけらの優しさを見せ、頭をそっと撫でた。
僕の都合よりも自分の欲望を優先するのが異形らしい。
僕の身体の回復は早いとはいえ、痛みからの回復にはそれなりにかかるというのに。
油断したら、中から出された精液が溢れだしそうだ。
これは早く処理しなければ。
そう思い、僕はゆっくりと起き上がった。
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