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第10話 むかしばなしとプレゼント
今から百年前――
僕は当時、ハンターの仕事を初めて一年ほど、だったと思う。
その日、僕と相棒のルシードは、遺跡探索に出かけていた。
金髪に真っ赤な瞳の彼は、いわゆる異形の青年だった。
けれど見た目は普通の人間と変わらず、だから僕は彼と相棒でいられた。
異形は僕のような旧人類に対して奇妙な執着を見せる。
美しいと言いながら、なぜか性愛の対象としてきて僕は何度かレイプされた。
だから正直異形は恐怖の対象だったが、ルシードはそんな風に僕を見ず、普通に接していた。
水の底に沈んだ都市は、今もたくさんの人々の遺骨を抱いて眠っていることだろう。
そんな都市には高層ビルが多数存在して、水面から顔を出している。
そんなビル群に残る遺物を探すのが、僕らハンターの仕事だった。
資源が少ないこの世界では、昔の電子機器がとても貴重な資源となる。
だから僕らはそんな遺物を見つけ出して、日銭を稼いでいた。
「運いいじゃん、スマホだ!」
その日も高層ビルに入り、がれきの中からスマホを見つけ出した。
他にもいくつか電子機器を見つけ出したと思う。
「音耶は家族と仲いいの?」
「え? まあ……おんなじ姿してるってだけで安心するよ」
「あぁそっかー、そうだよなあ。俺も海にいる仲間見つけたらおんなじ事感じるのかな……お前、人魚って信じる?」
なんて話をしていた時だった。
ゴゴゴゴゴ……という音が辺りに響く。
天井から砂のようなものが降ってきて、何かがきしむ音が真上から聞こえ、天井が崩れた。その衝撃で床も崩れ、僕らは下の階におちた。
熱い。腹が熱い。
「う……あ……」
何とか身体を起こすものの、腹部にがれきが突き刺さっているのに気が付いた。
息があがり、視界がぼやけてくる。
これは助からない。
そう直感した。
僕はまだ二十歳なのに……こんなところで死ぬのか?
辺りを見れば、床に骨が散乱していた。きっと、海物たちが人を喰った残骸だろう。
そして、がれきに埋まるルシードの姿をみとめた。
「ル……シード……?」
彼までの距離は一メートルほど。
ほんのわずかの差で、ルシードはがれきに埋まってしまったのか?
どうしよう……ルシードの腹から下は完全にがれきの下だ。これは、やばいかもしれない。
腹の痛みになんとか耐えながら、僕は這ってルシードに近付く。傷口から血が溢れ、床がぬちゃり、という感覚が気持ち悪い。
僕が近づくと彼はゆっくりと顔を上げ、力なく微笑んだ。
「あぁ……音……よかった……」
掠れた声で言い、彼は僕の腕を掴んだ。
「音……は、家族、いるよ、な……」
「え? あぁ……」
僕には両親と妹がいる。
数少ない人間の姿をした家族だ。
でもなんで今、そんなことを聞いてくるんだ?
それどころじゃないだろうに。
ルシードは青白い顔で語った。
「俺、の家族は……し、んだ……一族も……み、んな……でも、お前は、生きろ」
「ちょっと何言ってんだよ……?」
おろおろしていると、彼は俺の目をまっすぐに見つめてくる。
その目に、何かを決意した様な色が見えた。
「死んだら……俺を、喰え……そうしたら、お前は生き延びる、から」
「ちょっと待てよ、いったい何言って……」
そこで僕は気が付く。
さっきの会話。
人魚がどうのって話。
まさか……まさかルシードが人魚? 海に仲間がいるかも、と言っていたのはそういう意味?
「人魚は……乱獲で数を減らして……でも俺たちも馬鹿じゃない……から……人間に、擬態して……生きて、きた」
「え、あ……」
ってことはルシードにとって僕は憎い人間のひとりになるんじゃないのか?
なんで僕に生きろなんて言うんだ?
「お前はまだ、生きられる……俺は、無理だから……食えよ、約束、だから……」
そこでルシードは僕の腕から手を離して、ばたり、と床に臥した。
「ル……シード……?」
声をかけて彼に触れる。
でももう、彼は動かない。
なんとか彼の口もとに耳を近づけるが、呼吸をしている様子はなかった。
「な……んで……」
生きろ、という言葉が俺の中で呪いのように響く。
確かに僕には家族がいる。このまま死にたいなんて思えない。
僕はまだ死んでない。だけどこの歩くことはできないし、この腹に突き刺さったがれきを抜いたら傷口から血が噴き出して、大量出血でしぬことになるだろう。そんなことはしたくないが、このままではゆっくりと死を待つことになる。
そんなの……そんなの耐えられない。
でも、喰えるか?
友達を。人の姿をして、さっきまで喋っていた相手を。
僕はルシードを見つめる。
がれきの隙間から見える彼の下半身が、魚の尾ヒレに変わっているのに気が付いた。
銀色に輝く鱗に覆われた下半身を見ると、彼が人魚なのは間違いないみたいだ。
そんなそぶり、ひとかけらもなかったし、人間への恨み言も聞いたこともないのに。
「なんで……食えなんて言うん……だよ……生きろ……なんて……」
僕は言いながらルシードの顔を見つめる。
けれど彼は何も答えない。
こんな所にルシードをおいていきたくない。あたりに散らばる骨のように、海物の餌食にしたくもない。
「僕は……ルシード……」
そして僕もまだ、死にたくない。こんなところで静かに死を待つなんてしたくない。
僕は意を決し、懐からナイフを取り出す。
そして涙でぼやける中、ルシードの腕をつかみ動かない彼の背中にそれを突き刺した。
そんな昔の事を思い出し、僕は腹の傷を撫でる。
あの日から僕の時間は止まったように思う。
だって死ぬことはできないんだから。
あの後、ルシードの亡骸を抱えて、僕は遺跡を後にした。
こうするしかなかった。
でもそれが正しかったのか今でもわからない。
百年も経つと、生きていることが罰のようにも思えてくる。
それだけ僕は重い罪を背負ってしまった。
人魚を喰えば不老不死になれる。
人魚の肉を喰らい不老不死となったとされる八百比丘尼(やおびくに)の伝説を誰も立証できなかったのに、僕はその証明をしてしまった。
風呂の、小さな鏡に映る自分を見れば、腹以外に傷は見当たらない。
この百年の間に何度も傷つけられてきたのに、その傷はどこにも残っていなかった。
「僕は、何なんだろうな」
誰にともなく呟き、僕は湯船へと沈んだ。
六月二〇日水曜日。
僕は仕事を早く切り上げて駅ビルにある雑貨屋に来ていた。
自分の身体に傷をつけられないから、僕はピアスをあけられない。 だからピアスといわれても全然ぴんと来なかった。
辺りを見回せば、耳の尖った異形が多く目につく。
そしてほぼ耳にピアスをいくつもつけていた。
大中小、様々な輪っかのピアスをつけている者が多い気がする。
ああいう物でいいのだろうか。
カナタの耳も少し尖っているし、きっとピアスは似合うだろう。
商品へと目を落とすと、輪っかのピアスがたくさんあった。他に、十字架の飾りがついた物や、石がついた物もある。
飾りが揺れるのもかっこいい気がするけれど、どうなんだろうか。
スマホをポケットから取り出して、カナタの写真を開く。
そこには六歳から最近の写真までおさめられていた。
思わず懐かしく思い、写真をスクロールしてしまう。あまり画像はよくないが、それでも想い出として振り返るには充分だった。
小さかったカナタは、中学に入った頃からどんどん背が伸び、百八十センチになってしまった。
最近撮った写真、といっても去年の誕生日に撮ったものだけれど。
そのカナタの写真を見つめ、彼にどれが似合いそうか考える。
手に取っては写真と見比べ、どれくらい時間が経っただろうか。
「これかな……」
呟き僕は、そのピアスを見つめた。
牙のような飾りがついたピアスだ。
カナタの特徴的な八重歯を思い出す形なので、これにしよう、と決める。
会計時、プレゼントであることを伝え、緑色の綺麗な袋に入れてもらう。
「ありがとうございました」
店員の声を背中に聞き、僕は店を後にした。
金曜日に買いに行けばいいだろう。
ケーキはいらないと言っていたけれど、小さいものを買おうと思う。
明後日は仕事を入れないでほしいと頼んでいるし、穏やかに過ごせたらいいけれど。
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