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第9話 夜になって

 その夜。  時刻は今、七時すぎ。  僕は自室で買ってきた服を確認していた。  結局Tシャツの他、ネイビーの薄手パーカーを購入した。これもカナタが選んだものだ。胸に、白い猫のワンポイントがついている。  十二年暮らしてきて、カナタが僕の服を選ぶと言い出したのは初めてだ。  これが成長、なのだろうか。よくわからない。  大きな熊のぬいぐるみが描かれたセージグリーンのTシャツを見ると、思わず笑いが出てしまう。  セージグリーンは僕にしては明るい色だ。それにグレーで書かれたぬいぐるみは丸いフォルムで可愛らしい。  カナタはなぜこれを選んだんだろうか。  結局聞けずじまいだ。  とりあえず、買った服は洗濯しなければ。  そう思い僕は服を持って洗濯機が置いてある洗面所に向かった。  すると、風呂場から水音が聞こえた。カナタが風呂に入っているらしい。  洗濯かごには彼が着ていた服や今日買った服が入っている。  僕もそこに服を放り込み、その場を離れようとしたときだった。  ガラリ、と風呂場の扉があいた。 「あ、音耶!」  全裸のカナタが現れ、僕を見つけるとにっと微笑む。  彼はバスタオルを手にすると、洗濯かごに目を落として言った。 「あぁ、洗濯出しに来たんだ」 「うん。カナタが出たなら僕も入っちゃおうかな」 「なら俺、もっと入ってればよかった」  タオルで身体を拭きながら、ふざけた口調でカナタが言う。 「もうでかいんだから無理だよ」  苦笑して僕は言い、Tシャツを脱いだ。 「ねえねえ、昔から気になってたんだけど、その腹の傷って何があったの?」  そんなカナタの無邪気な問いかけに、僕の手は思わず止まる。  確かに僕の腹……へその上辺りには大きな傷がある。  それは客の誰もが突っ込んで聞いてくるが、誰にも真相を話したことはない。 「昔ちょっと」  とだけ答え、僕はTシャツを洗濯かごに放り込んだ。 「けっこうおっきい傷だよね、それ」  確かにそうだ。  だって僕は本来死んでいたのだから。   「死にかけたからね」 「マジで? 初めて聞いた。何あったの?」  興味津々、といったようすで言ってくるカナタに、僕は首を横にふり黒のズボンを脱いだ。   「言わないよ」 「そっかー。音耶、めっちゃ肌きれいなのにさ、そこの傷だけ残っててなんか……」  そこで言葉を止め、カナタは何かを考え込むように首を傾げた。 「えーと……そうだ、エロい!」  いいこと思いついた、という感じで言うカナタの横を通りながら僕は言った。 「そんなこと言ってないで、早く服を着なよ。風邪ひくよ」  そして僕は、風呂場に続く扉を開いた。 「はーい」  という、カナタのうわべだけの返事を聞きつつ、僕は風呂場へと入り、シャワーを出した。  お湯を浴びながら、僕は昔の事を思い出し傷に触れる。  百年前に負った傷。どんな傷も癒えるのに、この傷だけは消えることがなかった。  これは僕が不老不死になったきっかけの傷だ。  遺跡探索するなかで、天井が崩れてがれきが突き刺さった。  死にかけた僕に、同じく死にかけた相棒が僕に告げた。 『……俺を喰えば、お前は生きられる』  と。  相棒は人魚だったと、その時初めて知った。  そして僕は――禁忌を犯した。  だから僕は今もずっと生きている。  相棒の、生きろ、という言葉を背負って。  異形ばかりのこの世界で、普通の人間の姿でありながらそれすらも超えてしまった不老不死という僕の存在。  どこにも属せない異質な僕は居場所などなく、ただ虚ろの中で生きてきた。  十二年前。  カナタを引き取ったことですこしだけ世界に色がついたように思う。  でもカナタは異形であり、寿命もある。  僕とずっと一緒にいられるわけじゃない。  いつまでたっても変わらない僕の姿を、あの子もきっと疑問を持って見ているだろう。  娼館のマスターのように。  人魚の肉によって両親を失ったカナタに、僕が人魚によって不老不死になった事実を伝えられるわけがない。 だからこれはずっと隠しておかなくては。    

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