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第8話 服
ショッピングモールの二階にある洋服店レヴォックスに、カナタが入っていく。
この店はカナタお気に入りの店だ。いわゆるストリート系な服で安くてかっこいい服が多い。
価格も手ごろで、高校生が自分の小遣いで買えるレベルだ。
カナタは楽しそうにブルーグレーのTシャツを手に取る。
「どれにしよかなー」
と、弾んだ声で言った。
僕は彼の背後から声をかける。
「好きなだけ買えばいいよ」
普段は買う服の数に制限を設けている。だけど今回はいつもと違う。去年の服が着られなくなっていたことに気が付かなかったから、できるだけ買ってやりたかった。
僕の言葉にカナタはばっとこちらを振り返り目を輝かせる。
「え? でもいいの?」
「別に、大した金額じゃないし。好きなだけ選んで大丈夫だよ」
なるべく安心するように僕が笑うと、彼は微笑み、
「ありがと!」
と言った。
そう言ったものの、カナタが買った服の数は思っていたよりも少なかった。半袖のTシャツ四枚に、撥水加工のあるジーパン二着。
「それで大丈夫なのか?」
全部買っても二万円にもならない。
僕の問に、カナタは満足げにショ袋を提げて言った。
「大丈夫だよ! 久々にこんなに服買えて超楽しい」
そう答えたカナタは満面の笑みを浮かべていた。
カナタが嬉しいなら僕も嬉しい。
「ねえねえ、音耶っていつも黒い服だよね。何で?」
ほくほく顔のカナタに問いかけられて僕は言葉に詰まる。
考えてそして、僕は何とか言葉を絞り出した。
「目立ちたくないからだよ」
「黒づくめって逆に目立つよ?」
怪訝な顔で言われ、僕は何も言い返せなくなる。
辺りを見回せば、確かに黒づくめの者はほぼいない。しかもこれから夏が来る。
おしゃれに目覚めた若者たちが色んな色の、色んな形のファッションを身に着けている。
「まあそうだけど……僕はこれでいいんだよ」
そもそも異形向けの服だ。僕には似合わない。
すると、カナタは僕の腕を掴んで言った。
「ねえねえ、俺に選ばせて!」
目を輝かせて言うカナタが何を言いたいのかわけがわからず、僕は思わず首を傾げた。
「選ぶって……何?」
「服! せっかくだし、音耶の服も買おうよ。俺に選ばせて! Tシャツ位ならいいでしょ?」
カナタに言われて僕が拒絶できるわけはなく、
「わかったよ」
と頷き答えると、カナタは嬉しそうに両手を上にあげて、
「やった」
と言った。
僕は服にこだわりが全くなく、無地の黒が多い。あってもワンポイント位だ。
もうずっと……百年以上このファッションを貫いている。
「じゃあどこがいいかなぁ」
スマホで何やら検索し始めたカナタがそう呟く。
いったいどんな服をカナタが選ぶのか、楽しみと不安が僕の中でせめぎ合う。
することがなく辺りを見回せば、異形の人間たちが談笑しながら通り過ぎていく。
彼らの多くは見た目、普通の人間に見えるがやはり僕とは違う。
僕だけが、取り残されているようだ。まあそうか。僕はもう、百年以上生きているのだから。
「ここ! ここよさそう」
そう声を上げたかと思うと、カナタは通路の向こうを指差す。
「ファゾムって店! 音耶に似合いそう」
と言った。
「ファゾム……?」
服のブランドに疎い僕にはさっぱりわからない。
「行こう、音耶!」
「あ、うん」
カナタは僕の腕をつかみ、大股で歩きだした。
その店はすぐ近くにあった。
メンズブランドの店らしく、落ち着いた色合いやデザインが多い。
ピンクとか赤とかだったらどうしようかと思ったが、そういった色の服は見当たらない。
暗いグリーンやチャコールグレー、グレーがかったネイビーなどのようなくすんだ色が多い。
カナタは棚からTシャツを手に取り、僕に合わせていく。
「こっちもいいけど……こっちの色もいいなぁ。ねえ、何着買う?」
一着でいい、と言いたかったがその言葉を飲み込む僕はちょっと考えてから言った。
「カナタの好きでいいよ」
「え、ほんと? じゃあ、このブルーグレーのやつと、セージグリーンのTシャツがいいな」
言いながら、カナタは二枚のTシャツを僕に見せた。
一枚は英字のロゴが入っていて、もう一枚には熊のぬいぐるみのイラストが描かれている。
ロゴはいいが、イラストのほうは可愛すぎないだろうか。
そう思うが、カナタの嬉しそうな顔を見ると何も言えず、
「わかった」
と言い、僕は彼からTシャツを受け取ってレジへと向かった。
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