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第7話 買い物
郊外にある大型のショッピングモール。
こういう店を見ると世界の大都市が水没し、人口が四割が死んだ、という事実が信じられなくなる。
たくさんの服屋、雑貨屋、レストランが並ぶ。
水没から三百年、生活様式も食事も大きく変わったという。
天然の砂糖や小麦はぜいたく品となり、カカオは消滅。コーヒーも紅茶も伝説の飲み物となっている。僕でも本物のケーキを食べたことはない。
日本人というのは手に入らなければ代替の物を作りだし、それらしいケーキなどを作り出している。
「カナタ、誕生日のケーキは?」
「ケーキとかそんな高級品いらないって。俺は音耶がいたらそれでいいから」
「別に米粉ケーキ位なら買えるよ」
このやりとり、去年もしたように思う。
本物のケーキは高すぎて買えないが庶民にとってケーキとは米粉や雑穀が使用されているものだ。
生クリームももちろん本物ではなく、植物性のクリームを使用しているので価格は抑えられている。
特別な日なのだからケーキ位望んでもいいと思うが、カナタは毎年いらない、と言った。
「そもそもふたりなんだし、ホールのケーキなんてあっても喰いきれないでしょ?」
「昔はふたりで食べていたよ」
「それは子供だから! やっぱケーキは特別だもん。でも俺、十八になるし、それより俺、牛肉食べたい!」
と言い、カナタは目を輝かせた。
飼料が手に入りにくくなったため、牛肉も高級品となっているうえ、手に入る店も限られている。
牛肉を買うとなると、駅前にあるデパートに行かないといけない。
仕事の帰りに買ってこようか。
カナタは食べる量が多いから、五百グラムは必要だろうな。
「牛肉ね。わかったよ」
「あとピアスでしょ? あと音耶と一緒に過ごすの楽しみ!」
そう笑顔で語る。
「一緒になんて毎日いるだろう。何も特別なこと、ないと思うけど」
「それでもいいの! だって十八だよ? 成人だよ? そんな特別な日に音耶と一緒にいられるの、嬉しいもん」
そう言いながら、俺の腕に絡みついてくる。
なんで僕よりも五センチも大きく、歳は百歳以上年下の少年にこんな甘えられるんだろうか。
世の父親、というものはこうだろうか。
そう思いつつ僕は辺りを見回す。
多くの家族連れがいるが、残念ながらカナタと同じ年頃の少年を連れた親が見当たらない。
親と一緒にいるのは中学生以下の子供ばかりだ。
その中に父親と腕を組む子供の姿は皆無だった。
母親と腕を組む娘はいるのに、父親と手を繋ぐのは小さな子供ばかりだ。
「たぶん、成人男子は腕を組まないよ」
「え? やだ」
不満そうに答えて、カナタは余計に近付いてくる。
なんだろう。うっすらと香水のような匂いがする。
僕に知らないところで、そんなものをつけるようになったのかと驚く。
正直目立つようにも思うが、すれ違う人たちは皆、自分の連れしか見えていないようだった。
どうしてこんな、僕にべったりになってしまったんだろうか。
親になんてなったこともなく、試行錯誤で「父親」をやってきた。
遥か昔、自分の親がどうしていたのか思い出しながら、自分なりに接してきたと思うし、決して甘やかしはしていないと思うけれど。
どうもカナタは距離感がおかしい。
僕は父親とこんな風に腕を組まなかったし、買い物も滅多にいかなかったように思う。
「カナタ、進路によっては家を出ることにもなるだろう? そんなに僕に張り付いていて大丈夫なの?」
「俺家出ないよ。進学する気ないし」
さらっと答え、彼は僕の方を見てにっと笑った。
これは、僕に気を使ってのことだろうか?
「金の事なら心配しなくていいんだよ。カナタの成績なら推薦とれるだろう?」
去年の成績の評定平均を思い出しながら僕が言うと、彼は首を振る。
「だって、俺が離れたら音耶、ぜったいご飯たべなくなるじゃん。俺覚えてるんだから。去年、俺が修学旅行に行っている間全然喰わなかったの」
確かにそんなこともあった。
そもそも僕は不老不死だ。
数日絶食したところで死にはしない。カナタが来る前は一週間食べないことはざらだった。そもそも食べたい、という意欲もなかったからだ。
「別に、うちから通える大学もあるだろう」
僕らが住んでいるタカサキには公立の大学や私立の大学がいくつかある。
資材不足であるため、建物の建て替えが難しくさらに人口も少ないためかなり規模は縮小しているが、どの大学も家から通える距離にある。
マエバシにだって大学はある。
なにせ今や、グンマに首都機能があるのだからそういった施設が集中するのは当然だった。
「そうだけどさ、俺、ハンターになりたいんだ。音耶だってもともとハンターでしょ? かっこいいし。子供の頃、話聞かせてくれたでしょ。俺のためにその仕事ずっとやってないって知ってるんだから」
「確かにそうだけど」
ハンターは、洪水によって被害に合った遺跡で遺物を発掘する者の事だ。海抜五十メートルの地域は水没してしまったが、タワービルはいまでも水面から顔を出していて、多くの遺物が遺されている。
だけどその遺物の回収は困難が多かった。
その理由のひとつが海物の存在だ。海に住むモンスター。洪水は、人魚だけでなく神話にある海の怪物たちをも運んできた。
魚人にシーサーペント、タコの怪物など形状は様々だ。
そういった海物は海に近づく人間を襲い、喰らうことがある。
現代武器が通じるのでそこまで怖いこともないが、銃火器の携帯がいまでも厳しく禁じられている。だからハンターは刀やボウガンなどを装備して遺跡探索をしていた。
「十八歳になればハンター資格えられるっしょ? だから俺、ハンターの勉強、してるんだから」
そう語ったカナタはとても楽しそうだった。
けれどその将来の夢を手放しで受け入れられるわけがない。彼の両親だってきっと反対するだろう。
そう思い僕は首を横に振って言った。
「ハンターは危険だよ。遺跡の多くは老朽化が激しいし、いつ崩れるかもわからない。海物も現れるし、死亡率も高い。なにもそんな危険な職を選ばなくても」
「だって音耶はやってたでしょ? 俺と出会ったころは」
そう言われると返す言葉がなくなってしまう。
僕がハンターだったから刀を持っていたし、だからカナタの両親がモンスターと化した時、始末することができたのだから。
「俺、音耶と仕事したいし、役に立ちたい。俺、ふつうより五感鋭いし、羽根あるから空も飛べるよ。絶対に役に立つからさ!」
確かに音耶は僕とちがって人類の進化形である異形だ。僕よりも五感は鋭いのは確かだし、今は見えないが黒い羽根を持っている。だからハンターの仕事は向いているかもしれない。
だけど。
「危ないからダメだよ」
と、たぶん世の親たちが言うであろう言葉を繰り返した。
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