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第33話 観光
街の向こう、太陽の光を浴びて輝く海が見える。
タカサキからは海が見えないので、その光景を見たカナタは窓に顔を近付けて声を上げた。
「うわあ……海すげぇ。キラキラしてる」
「朝市やってるから朝食の後行ってみようか」
ホテルのパンフレットを見ながら僕は言った。
「何それ?」
「とれたての魚とかを売るんだよ。ここは観光の町でもあるから、観光客向けに十時までやってるらしい。食堂もあるからとれたての魚も……」
「え、食べたい!」
バッと振り返って言い、カナタはバタバタと着替え始めた。
朝食をそこで食べよう、ということになり朝のビュッフェを軽く食べて僕らは外に出た。
朝の七時すぎ。
まだ歩く人の姿は少なく、冬ということもあり空気はひんやりとしている。
どことなくまだ眠たそうな雰囲気が流れる中、僕は目深に帽子をかぶり、サングラスをかけて外を歩く。
そんな僕にカナタはぴったひとくっついていた。
歩く人の多くは異形だ。
ぱっと見は旧人類ぽく見えるが、やはりどこか違う。
観光と交易の拠点であるから外国人が多いのだろうが、僕には見分けがつかなかった。
僕らを、異国風の夫婦が喋りながら追い越していく。
「今の……何語?」
と、カナタが不思議そうに言った。
「たぶん、ドイツ……かな? ミーアって海って意味なはずだから」
そう僕が言うとカナタはばっと僕の方を見る。
「わかんの?」
「少しなら」
僕には時間がたくさんある。
日本語、英語、ドイツ語やフランス語など思いつく限りの言語を勉強したことがあった。
何の役にも立っていないけれど。
「音耶ってすげえよな。ドイツ語も知っててハンターやってて、家事もできるし」
すごいかはわからないが、長く生きているのだから知識が増えるのは当たり前だし、できることも増えていく。
「そうだね。まあ、長く生きてるから」
「そうだよね。音耶って何歳? 俺と出会ったのは十二年以上前でしょ」
聞かれて僕は、自分が何歳の設定だったのか考えてしまう。
少し間をおいて僕は自信なく答えた。
「……三十は超えているよ」
「だよねぇ? でも俺よりちょっと上にしか見えねえもんな。旧人類って皆若く見えるの?」
「そうかもね」
そんなわけはないけれど、あまり突っ込まれたくはないので曖昧に返事をして僕は話題を変えようと辺りを見回した。
僕らのような観光客らしき人たちが、港へ向かっている姿が映る。
けれど僕のような旧人類の姿は全くない。
僕だけがこの世界で異質なのだなと思い知る。
「あ、海の匂いする」
嬉しそうにカナタが声を上げて正面を見つめた。
僕にはまだわからないが、カナタの鼻がいい、というのは本当なのだろうな。
歩いて三十分ほど経っただろうか。人々の賑わいが聞こえてきた。
「いらっしゃいませ! とれたての魚だよ!」
そんな店の人の声が方々から響く。
「すっげー。魚の匂いがする」
「えーと……あっちに食堂があるみたいだからそっちに行こうか」
ホテルで手に入れた朝市の地図を見ながら言うと、カナタは勢いよく返事をした。
「うん、わかった!」
人々の波をぬい、僕らは食堂街へと向かう。
そこも人の数が多く少し並んで海鮮丼を食べて外に出た。
「獲れたての魚もおいしいんだねー」
「うん。あぁ、ここまで来たし海を見て行こうか」
「行くいく」
すこし歩けば視界が開け、海が見えてくる。
堤防の向こうが見えるように見晴らし台があって、その上にたくさんの人々が立ち海を眺めていた。
僕らもその見晴らし台に上り、海の向こうを見る。
たくさんの漁船の姿と、カモメたち。海は太陽の光にキラキラと輝いていた。
堤防の向こうに船が航行しているのが見える。
タテバヤシでは見かけない大きな貿易船や、中型の船などが多かった。
今もビルが数多く残り、海にそびえるそのビル群を壊すすべがないため、航行できる船は限られている。
大きな貿易船では航行が難しいため、ここスカイタワーを中心に貿易の中心となる町をつくったらしい。
「すっげー……あの船でっかい」
カナタが感嘆の声を上げる。
「貿易船だからね。ああいう船があるから、今でも海外の商品が入ってくるんだよ」
「そっかー。アメリカとかオーストラリアとかもけっこう被害あったんでしょ?」
「そうだね。でもどちらも広いから」
「あぁそっか。日本と違ってめちゃくちゃ広いもんなぁ。ねえ、音耶は海の向こう、行ったことあるの?」
言いながら、カナタは海を指差す。
「ないよ」
さすがに海外旅行は高いし、今の僕ではパスポートをとることもままならないだろうから行こうとも思わなかった。
「そうなんだ。いつか海の向こうも行ってみたいなぁ」
と、希望に満ち溢れた顔でカナタが言う。
そんな彼が僕には眩しくて仕方なかった。
カナタには未来があって、夢があって、したいことがある。
けれど僕には何もない。あるといえば……そうか。
僕はカナタの横顔をじっと見る。
カナタがひとり立ちすることだ。それが僕の夢だった。
でも……カナタは僕から巣立ってくれるだろうか。それは叶わない夢であると今は思っている。
それならせめて、カナタが望む夢を、一緒に敵える手伝いをしようか。
カナタの時間は限られているから、その間、一緒にいられるように。
カナタが僕の視線に気がついたのか、こちらを見て微笑む。
「どうしたの?」
「え? あぁ……あとどれくらい、こうして一緒にいられるのかなって思って」
そう素直に答えると、カナタは目を見開き、がっと僕の腕を掴んで引き寄せてきた。
そして、僕の腰にまで手を回し、口をとがらせて言った。
「ずっとだよ。ずっと……音耶が死ぬまでずっと一緒にいるんだから、俺」
僕が死ぬ日か。そんな日が来たらいいけれど。
僕は頷いて、
「わかったよ、カナタ」
と答えて彼の腕から逃げようと身をよじる。だけどそれは叶わなかった。
カナタを不安にさせてしまったのだろうか。
そんなつもりはなかったのだけど。今のところカナタの背中に翼は見えないから、そこまでショックを受けているわけじゃないだろう。
「大丈夫だよ、カナタ。僕は……どこにもいかないから」
「……音耶、どっか行っちゃいそうで不安になるんだよ。なんか存在がふわふわしてる感じがして」
ぼそり、と言い、僕の腰を抱く力が強くなる。
さすがに人目が気になるから離してほしいけれど、一向に僕を解放してくれる様子はない。仕方ないので僕はカナタに抱き寄せられたまま、
「そうかもしれないけど、僕は君の保護者だから。ずっと一緒にいるよ。大丈夫」
と、できるだけ彼が安心できそうな言葉を並べた。
するとカナタは人目もはばからず、顔を近づけてきて、
「約束だからね」
と強い口調で言う。
約束か。それは呪いにもなりかねなず、ぴきり、と心に小さなヒビが入ったような気がした。
胸に鈍い痛みを感じつつ、僕は頷き答えた。
「あぁ。約束」
無理やり笑顔を作って答えると、カナタは少し安心したのか僕の腰から手を離した。
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