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第35話 かわりゆく日々
旅から帰って、慌ただしく年末年始を迎えた。
二三二九年一月。
今月、カナタは期末試験があり、それが終われば卒業式まで休みだ。
試験が終われば、カナタは車の免許をとる為に教習所に通うし、ハンターの講習にも行くことになっている。
もうすぐ始業式となる日の夕食の後、ソファーに並んで座ってお茶を飲んでいると、カナタが言った。
「ねえねえ、ピアス、まだ開けちゃダメ?」
カナタにそう問われて僕は首を横に振った。
「ダメだよ。高校はピアス、禁止だろう? 卒業まで我慢しなさい」
少し強めの口調で言うとちょっと不満な顔を見せたけれど、しぶしぶ、という感じで頷く。
「じゃあ、他にも開けたいから買いにいこ」
などと呟く。
「なんでそんなにピアス、したいの?」
不思議に思って尋ねると、カナタは首を傾げて呻った後、そうだ、という感じで言った。
「かっこいいから!」
とても子供らしい答えに、思わず笑ってしまう。
「あとさ、ピアスなら外れにくいでしょ? 色んなデザインあってかっこいいし。前に音耶に買ってもらったやつあるじゃん。あれするの俺、楽しみなんだー。音耶に買ってもらったからー」
と、笑顔で声を弾ませる。
なんで僕にピアスを買わせたのかピン、とこないが嬉しそうな顔をしているので特にそれ以上突っ込もうとは思わなかった。
「そっか。ねえ、カナタ。僕の仕事の事で話があるんだけど」
そう僕が切り出すと、カナタの目がばっと見開かれたような気がした。
「とりあえず僕は元の仕事に戻るつもりだけど、そうなると長期間家を空けることになる。それでも大じょ……」
「大丈夫だよ。俺、子供じゃないし」
被せ気味に、カナタは強い口調でそう答える。
「だってそれって今の仕事、辞めるって事でしょ? 俺、そっちのほうがいいもん」
言いながら、カナタは僕の方にぐい、と身体を近づけてくる。
僕の今の仕事――娼夫の仕事をカナタは嫌悪感を抱いているから、早くやめてほしいのだろうな。
普通に考えたら、ハンターのほうが死の危険があるのに。それはいいのだろうか。
そんな疑問は飲み込み、僕は頷き言った。
「わかったよ。お金はそれ用の財布用意するからそこから使って。足りなくならないようにいれておくから」
「うん、わかった。それで音耶がやっと辞めてくれるなら俺、嬉しいもん」
言いながら、カナタが僕の首に腕を絡めてくる。
「う、わぁ」
僕は慌てて、持っているお茶が入ったカップをテーブルに置いた。
「危ないだろう」
そう苦言を呈するが、カナタは気にする様子もなく僕の顔をじっと見る。
その目には喜びの色が見えた。
「ごめん。でもやっと音耶が俺だけの物になるんだもん。そう思うと嬉しいんだ」
「僕は物じゃないよ」
「そうだけど……でも俺のだもん」
と言い、力を込めて僕の身体を抱きしめてくる。
カナタの抱く僕への感情に、僕は押しつぶされそうになることがある。
君の独占欲や愛情は、僕には重すぎる。
「ずっと、仕事してる音耶みて我慢してたから。でももう我慢しなくていいんでしょ。別の男の匂いするの、ほんと俺、無理だから」
「それは……ごめん」
まさかそんなことでバレるなんて思っていなかったから、それしか言えなかった。謝る事ではないのだろうけれど。
スキン、と胸に痛みが走る。
カナタは何も言わず、僕を抱きしめるだけだった。
一月の半ば。
僕は娼館のマスターであるリイナに、仕事を辞めたいと告げた。
「……大丈夫なの?」
瞳孔のない、深紅の瞳が怪訝そうに僕をじっと見つめる。
「大丈夫って何が」
「あまり嬉しそうに見えないけれど。この仕事を辞める、という奴はみんな嬉しそうな顔をするものなのに」
そう言われると複雑だった。
決して好きでやっていた仕事ではないからだ。でも、この仕事を辞めたところでセックスする日々は変わらない。
不特定多数の相手に抱かれていたのが、特定のひとりに変わるだけだから。そこに愛情があるかどうかの差があるだけだろう。
けれどカナタが僕に向ける愛情と、僕を抱く異形たちが僕に向ける感情にそこまで深い違いがあるとも思えなかった。
どちらも異常なまで、僕への執着心を見せてくる。それが僕にはおそろしく重く……同時に愛される悦びを感じさせるものだった。
僕は保護者なのに、こんな関係許されるものではないだろうけれど、もう逃げられないところまできてしまった。
リイナが僕を見る目には、どこか憐みの色が見える。
彼女に深い事情を話したことはないけれど、僕の見た目が変わらないことや、もしかしたらカナタとのことにもなにか気が付いているのかもしれない。
「引き取ったって子、高校卒業か」
そう、静かにリイナが呟く。
そんな言葉から、彼女が気が付いているのでは、という疑惑が核心へと変わる。
「あぁ」
「で、いつ辞める?」
「……今月末で」
すこし急かもしれないけれど、カナタが嫌がる顔を見たくない、という想いもあり、それ以上先にしたくはなかった。
僕の答えに、リイナは頬杖をついて答えた。
「そう。ねえ音耶。あんたが抱えているもの、少しでも軽くなるといいね」
何かを見透かしたように言い、彼女はゆっくりと瞬きをする。
そんな日が来るわけがないけれど、僕は、
「あぁ」
とだけ短く答えた。
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