36 / 38

第36話 ハンターの仕事

 二月の始め。  早朝、ハンターの仕事に行く準備をしていると、ベッドの上で動く影があった。  どうやらカナタが起きてしまったらしい。  まあ、起こさないなんて無理だろうなと思っていたけれど。  いまだに彼は僕の部屋で寝起きしてるのだから。  彼は身体を起こしてベッドに座り、床に落ちていた寝間着の上着を着て、準備を進める僕を見つめた。  僕は、黒の防刃コートに黒のパンツを着て、腰のベルトに刀をぶら下げる。  この装備を身に着けるのは久しぶりだ。良くも悪くも体型が変わらないので、十二年たった今でも装備を着ることができた。  首にはカナタからもらったチョーカーをつけている。無意識に僕はその首に触れた。 「かっこいいー」  そんな子供らしい感想を漏らしたカナタは、続けて言った。   「仕事、行くの?」 「うん。二週間くらい戻らないかも」 「そうなんだ」  そう告げたカナタの声に、寂しさがにじんでいるような気がした。  やはりハンターの仕事に行くのはまだ早かっただろうか。でも受けた仕事があるので行かないわけにもいかなかない。  すこし心が揺らぎながら、僕はカナタの方を見て言った。  「依頼で、カナガワ海域のほうに行ってくる」 「カナガワって遠くない?」  不安げなカナタの声が、薄暗い部屋に響く。 「うん。地殻変動で隆起した土地があるとかで、調べてきて欲しいと依頼があった」 「あ……そんなことあるんだ」  そもそも日本は地震が多い。  海底地震は頻繁に起きていると言われている。  そのため、地殻変動が起きて沈んでいたものが浮かんでくることがたまにあった。 「まあ、海の底に沈んでいたから使えるものはないだろうけれど、海物が何か残してることもあるから」  魚人のような海物たちは、海の中で町をつくっている、という噂がある。  海に沈んだビルや建物に住み、生活をしているらしい。  そんな彼らが遺す物品の中には、僕ら人類が知らない物質があるため研究機関が欲しがる。それを集めるのもハンターの仕事のひとつだった。 「そうなんだ。ハンターって冒険者みたい。ほら、ゲームとか漫画とかのさ」  楽しそうに、カナタが言う。その表現は間違っていないだろう。  どこの遺構も遺物が取り尽くされてきているので、最近は海物たちが遺す不思議な物質に価値を見いだしているらしい。  ゲームのように、宝を隠す巨大モンスターがいるかは知らないが。 「準備できたら行くよ」  そうカナタに声をかけると、彼は立ち上がり僕の前に立つ。  そしてカナタは僕の背中に手を回し、身体を抱き寄せてきた。 「あ……」 「うん、俺、待ってるから」  くぐもった声でカナタは言い、僕を抱きしめる腕に力がこもる。 「ああ」  待ってるから、か。  僕は死ぬことはないし、時間は無限にあるけれど、帰る時間を気にしなくてはいけないらしい。  ひとりのときはそんなもの気にする必要、なかったのに。 「音耶」  名前を呼ばれたかと思うと顎をとられ、顔が近付く。 「カナ……」  切なげに目を細めるカナタの顔が視界いっぱいに映り、唇が触れた。  昨日の夜、散々したというのに。  僕も彼に答えるように背中に腕をまわし、どちらからともなく舌を出す。  唾液の絡まる音が響き、激しく舌が絡まり合ってなおさらカナタの僕を抱きしめる力が強くなっていった。  これから出かけるというのに、こんなキスされたら出にくくなってしまうだろう。  頭がぼうっとして、さらに欲しくなってしまう。そんな自分をなんとか抑え、僕から唇を離しカナタの顔を見て言った。 「……まだ、仕事にでるには早かったかな」 「……やだ、あっちの仕事よりこっちのほうがずっといいもん。会えないのはさみしいけど、俺、他の男の存在感じるほうがずっと嫌だから」  そう拗ねたような声で言い、カナタは僕の額に口づけた。 「わかったよ……僕は、ちゃんと帰ってくるから」 「うん……ねぇ、卒業式、来てくれる?」  不安げな目で言うカナタに、僕は安心させるように彼の頭に触れて言った。 「当たり前だろ、僕は……君の保護者なんだから」 「……うん、そうだよね」  ほっとしたような、でもどこかさみしげな表情をしてカナタは言い、僕からそっと離れていく。 「じゃあ行くよ」  言いながら僕は荷物を詰めたリュックを背負う。 「うん……待ってる。音耶、いってらっしゃい」  どこか覚悟を決めたかのような笑みを浮かべ、カナタが手を振る。  そんな彼に僕も手を上げて答え、寝室を後にした。

ともだちにシェアしよう!