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第37話 帰る場所

 見渡す限りの海と、海面から生えるビル群。  まるで巨大な墓標のようだと思う。  カナガワもトウキョウと同じくたくさんの町が沈み、命が波に飲み込まれていった。  この下に何十万人が眠っているのか僕は知らない。  もし輪廻転生があるのなら、三百年前に死んだ人々の魂はすでに転生しているのだろうか。  でも人口はあの頃の半分もいないはずだから、そうなると人間だった者は人間以外の存在になっているのだろうか。  そんな事を考えているうちに、僕は目的地にたどり着く。  地殻変動により隆起し、姿を現した地上。とはいえ海のど真ん中であるため、人影はない。  ひしゃげたガードレール。色あせた看板。  家々の窓ガラスはほとんど失われていてる。  ひび割れたアスファルトには海藻が張り付き、サンゴの残骸も見えた。  歩いてみた感じ、縦横百メートルほどだろうか。  数十件の建物をひとつひとつ確認し、危険がないか、遺されているものがないかを調べるのが今回の目的だ。  僕の調査結果次第で、正式な調査団を派遣することになるらしい。  さすがにこの件数を調査するには一日では終わらないだろう。  どこかの建物に拠点をつくらないと。  所々に割れ目があり、海水が噴き出している。  ということは、地面が隆起した、というわけではないのだろうか。  僅かに海物の気配を感じ、僕は、刀に右手をかける。  静かに冬の凍てついた風が吹き、磯の香りが漂う。  その時だった。  巨大な割れ目から、それは飛び出してきた。  その場から跳ね、避けたはずだが左腕に痛みがはしる。  見ると肘から先がなくなっていて、血が噴き出していた。 「……ちっ」  軽く舌打ちをし、僕は刀を構えてその海物を見つめる。  巨大な白いクジラのような生き物、とでもいえばいいのか。  手足を生やしたその海物は、長い舌を垂らし六つの紅い瞳でこちらを見ている。  その舌の上に、僕の腕がのっかっているのが見えた。  どうやらあの舌によって腕が千切られたらしい。  血を溢れさせていた腕は既に血が止まり、ミチミチと音を立てて再生が始まっている。  とはいえ強烈な痛みはあるし、一気に血を失った為、頭がくらくらしてきた。  あれは小型のリヴァイアサンだろうか。  体長は十メートルほどと言ったところか。  こんな昼間、地上に姿を現す海物なんて珍しい。  彼らの多くは太陽が苦手なはずだからだ。  久しぶりの戦闘が子供とはいえ大型の海物とは。  僕は笑みを浮かべ刀を構える。  腕一本で済むだろうか。  何をしても僕は死なないが、あのサイズだと食われる可能性もあるか。  ……食われたら僕はどうなるんだろう?  それはさすがに試したことがない。  一瞬試したい欲求が生まれるが、その想いを打ち消すように首を横に振る。 「僕は帰らないといけないんだ」  カナタが待っているから。  海物が僕の腕を飲み込み、雄叫びをあげる。  辺りの建物への被害を、最小限にできればいいけれど。  僕はすっと走り出し、海物へと向かっていった。    結局、調査には二週間かかってしまった。  行き帰りを含めたらそれ以上だ。  確か二月二日に家を出た。そして帰れたのは二月二十日、水曜日。  三週間にはならなかったけれど、もう少し早く帰ってこられるようにしないとだめだっただろうか。  どうも仕事に行くと時間の感覚が狂ってしまう。今まではひとりだったし、気にする必要もなかったから。  カナタとは二度ほど電話で話をしたが、その時は大丈夫、と言っていた。  本当に大丈夫だろうか。  彼とこんなに長期間離れたのは初めてだ。生活面は大丈夫だろうけれど、精神面は心配で仕方なかった。  ……これでは僕の方が子離れできないな。  そう自嘲し、僕は仕事の報告を済ませた後、家路につく。  夕暮れの町。  すれ違う人々は、足早に家へと向かって歩いて行く。  僕も目深に帽子をかぶり、マンションへと急いだ。  カナタには今日帰ると連絡してあるけれど、家にいるだろうか。  教習所とハンターの講習で忙しく過ごしているらしく、帰りはいつも夕方を過ぎると言っていたが。  マンションのドアの前に立ち、鍵を挿し込む。そして鍵を開け中に入ると、ばたばたと近づく足音があった。   集合住宅なので走らないように言っているのに。   「ただい……」  言い切る前に、僕に抱き着いてくる人物がいた。 「お帰り音耶」  ほっとしたような、甘えたような声で言い、カナタは僕を抱きしめる腕に力を込める。 「うん、ただいま」 「よかった。怪我とかしてない?」  言いながら、カナタは心配そうに目じりを下げて僕の顔を見つめる。  怪我などしているわけがない。  したとしてもすぐに治ってしまうのだから。  左腕と右足を喰われたが、すでに再生しているしもう痕跡など残っていない。 「大丈夫だよ。カナタはひとりで大丈夫だった?」 「うん、大丈夫。音耶の帰り、遅くて心配したよ」  まあそれはそうだろうな。  二週間で帰ると言ったのに、結局それ以上かかってしまったから。  これは今後気をつけなければ。  僕は彼の頭に手を置き、 「ごめんね。今度は遅くならないようにするよ」  仕事に出るとき日にちを数える習慣がないため、気がついたら二週間を過ぎてしまっていた。  それは何とかしなければ。拠点にできる町が近くにあればスマホを充電できるから、スマホのタイマーをセットするのがいいか。   「うん……でも仕事だし。大丈夫」  そういう割には、カナタの表情から不安の色は消えない。 「音耶……」  甘えた声で名前を呼ばれたかと思うと、唇が触れた。 「ん……」  すぐに舌が僕の口の中に入ってきて、舐め回されて舌が絡め取られてしまう。  それだけならまだいいが、カナタの膝が僕の足の間に入ってきて、股間を刺激してきた。  ここは玄関だ。ドアの向こうは外だと思うと羞恥と背徳感が、同時に僕の心を埋めてくる。 「カナ……やめ……」  キスの合間に言うが、カナタは止まらなかった。  まるで会えなかった時間を埋めるかのように、口づけを繰り返し僕が着ている黒いシャツを捲り上げる。 「……!」  直に手が胸に触れ、乳首を指先が弾く。  口の中を蹂躙され、頭がくらくらしてきた。 「ん……カ……ナ……」 「無理、止まんない」  唇が離れたとき余裕のない声でカナタは言い、僕の身体を玄関の壁に押し付けた。

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