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七日目・アロ「式典」
式典の様子が見物できる城の広場には、たくさんの国民が集まってくれた。俺たち王族は城のバルコニーからそれを見下ろし、人々に手を振っている。
明るいメロディの曲が演奏され、華やかな舞が披露されていた。
しかし、俺を囲む太陽の王族の者たちは皆、寂し気な表情を隠さない。
「この旅立ちを止めてやれなくて申し訳ない」
そうハッキリ口にしたのは、第二王子だけだったが、立場上言えないだけでそう思ってくれる者が多いのだろう。
だからこそ俺は、できるだけ笑顔でいようと努め、集まった国民に大きく手を振っては、礼を示した。
この場所からでは、人々の顔が全て見えるわけではない。それでも俺は、ジクの姿を目視で探し続ける。このどこかに、ジクがいるはずだ。俺が身に着けているオレンジ色の宝石の首飾りは、彼から見えているだろうか。
式典はもうすぐ終わりを迎える。
遠国の者が、国王に贈り物を渡し、それを国王が受け取ったら、俺の身柄はこの国のものではなくなるのだ。
遠国の者は一歩前に出て、見たこともない凝った装飾のゴブレットを手に携える。
国王もそれを受け取るために、一歩進んだ、その時。
「ギャァァァア」
恐ろしい鳴き声が、広場中に響き渡った。皆は耳を塞ぎ、立っていた者はその場にしゃがみ込んだ。
「この声は!」
俺にはそれが何の声なのかすぐに分かる。
もう一度「ギャァァァア」と鳴き声が響いたあと、広場の中程にある噴水の横に、真っ白な一角獣が姿を現わす。
警護に当たっていた騎士団が、一角獣に向かって剣を抜き構えた。
「ダメだ、その一角獣を傷つけるな!」
騒然とする中、俺の声は騎士団まで届かない。睨み合うリムと騎士団。
しかし、剣を抜いた者たちが、徐々にその剣を下ろし始めた。
俺の耳元で、オペラグラスを手にした第二王子が呟く。
「おい。あの一角獣、月の王子のスカーフを巻いているぞ」
俺のいる角度からは見にくかったが、確かにその首には臙脂色のスカーフがはためいていた。
俺は、バルコニーを出て、広場へと駆け出す。
そうすれば人々の声が次々と耳に入る。
「一角獣だ。これは凶報だ!」
「一角獣が現れると恐ろしいことが起きるぞ」
「おい、首元の臙脂色はなんだ?」
「月の王子のスカーフだぞ」
「あれは月の王子の遣いじゃないか?」
「月の王子が一角獣に姿を変え、現れてくださった」
「月の王子は第三王子の婿入りに反対されているのだ」
「第三王子を助けにいらした」
俺が、リムのところに辿りついたときには、騎士団は一角獣に向かって最敬礼をしていた。
広場にいる人々も、その騎士団の姿を見れば、一角獣が月の王子の遣い、もしくは化身であると、受け入れている。
俺はリムに近づき、そのたてがみを撫でてやった。
するともう一度「ギャァァァア」と大きな声で、鳴いてくれた。
バルコニーから俺を追いかけてきた老いた世話役は、フラフラとしながら、ようやく俺に追いつく。
「第三王子、これは紛うことなき、月の王子のスカーフにございます」
「あぁ。確かに」
「わたくし、国王にこの婿入りの中止を進言して参ります」
世話役は、またフラフラ城に向かって走りだすから、騎士団の一人に世話役を背負って運んでもらうよう、依頼する。
俺は皆に聞かれぬよう小さな声でリムに問う。
「このスカーフ、あの箱から出てきたのか?」
リムは首を傾げたが、役割が終わったと思ったのだろう。
堂々とした歩みで、森のある方向へ帰っていった。
俺はその場を見渡しジクを探したが、見当たらない。
騒然としたままの広場を収める役割を騎士団に託し、俺はバルコニーへ戻った。
何やら皆が揉めている。世話役が国王に進言し反対されているかと思ったが、違った。
遠国でも、一角獣は凶報を知らせるとの言い伝えがあるようで、彼らのほうからこの婿入りに対し、拒絶を示してきたのだ。
「旅立ちのときに一角獣が鳴くなど、あってはならぬこと。申し訳ないが、第三王子を我が国にお招きすることはできない」
彼らは俺を置いて、逃げるように自国へ旅立とうとしている。一刻も早くこの国から出ていきたいらしい。
「では、今回のお話は無かったということになりますか?」
「申し訳ないが、そうしていただきたい」
「残念ですが、承知いたしました」
俺は深々と頭を下げたが、本当は飛び上がりたいほど、うれしかった。
こんな形で未来が変わるなんて、思いもしなかったから。
第二王子も、俺の肩をうれしげに叩いてくた。
遠国の者を見送り、彼らの姿が見えなくなると国王はまだ広場にいる国民に告げた。
「月の王子が、我が第三王子をこの国に引き止めてくださった。本日は、城に貯蔵されている葡萄酒を振舞う。皆、月の王子に感謝を捧げ、飲んでいってほしい」
「うわぁ」と歓声が上がった。
「もう一点。我が国においては、一角獣は凶報などもたらさぬと証明された。今後一切、一角獣を傷つけることは許されない」
これにも大きな拍手が巻き起こった。
—
「第三王子、本当にもう行かれるのですか?今日は城にお泊まりになられれば、よいものを」
「もう行くよ。俺は婿入りが破綻したんだ。ゆっくり静養することを選んでもおかしくないだろ?」
「それは、その通りでございます」
世話役はとりあえず納得してくれる。
「ただ、少し気が早いのですが、癒し処から城へ戻られたその後は、どうなさるおつもりですか?わたくし、準備を進めておきますので、ご予定をお聞かせください」
「戻ったら旅に出る」
「しかし、旅はたった今、ご破算に……」
「隣国を見て回りたいんだ。そして隣国のまつりごとや、騎士団を視察し、良いところ学びこの国に持ち帰りたい」
「それは、実に素晴らしいご予定です」
「旅を共にしたいも者がいるから、今度紹介する」
驚いた顔をする世話役に畳み掛ける。
「もうすでに旅支度は済んでいるのだからな。オマエも俺が癒し処から戻るまで、ゆっくり休むといい。まだ隠居はさせないぞ。もう少しつきあってもらう」
「ありがたきお言葉、うれしゅうございます」
俺は「立派になられて」と涙を拭う世話役に見送られ、城を出た。
騎士団が森の入口までの護衛を申し出てくれたから、素直に受け入れ送ってもらうことにした。
—
一心に歩き、その場所に辿り着いた時、日は暮れ始めていた。湖の畔のベンチにジクが一人で座っているのが見える。
駆け寄りたかったが意地を張って、背筋を正したまま堂々と歩みを進める。
彼は歩み寄る俺に気がつき、座ったまま笑顔を向けてきた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
張り詰めていた気持ちが溶けてゆくような、静かな出迎えだった。
俺は沈み始めた夕陽を一緒に眺めるために、彼の隣に腰を下ろす。
湖のほうを向いたままジクが言う。
「どうなりました?」
「月の王子のおかげで婿入りは中止になった」
「そう。それは、よかった」
本当にうれしそうな声で、噛み締めるように呟いてくれた。
あの箱からあの臙脂色のスカーフが出てきたのだから、ジクは自分が月の王子だったと気がついただろう。
でも互いに、そこには言及しなかった。
俺にとって今、隣に座るこの人が大切なことは、変わらないのだから。
「変わらずアロとお呼びしても?」と問うてくるジク。
「もちろん」と答える俺。
それで充分だった。
—
「食事にしましょう」
戸口で靴を脱いで中に入れば、ダイニングテーブルの上には、俺の分の皿やカラトリーがすでにセッティングされていた。
俺が戻ると信じ準備してくれていたのだと知れば、胸が熱くなる。
泣き出しそうになってしまった俺を見たジクも、急に顔が歪む。そして俺の背後に周り、後ろから強く強く抱きしめてくれた。
身体が沸騰したように熱い。帰ってこれたのだ、ジクの元へ。
「キス、しても?」
耳元でジクが囁く。
「どうしてそんなこと聞くんだよ?すればいいだろ……」
抱きしめられたまま背後を振り向き、強請るような掠れた声を出してしまった。
「なかなか難しいんです」
ジクだって、我慢できないって顔をしているのに。
「どうして?」
もう待てない。ジクの唇ギリギリまで自ら顔を近づけてた。
「だって今の貴方、王族の正装ですよ?アロ」
「じゃあ脱いだら、キスしてくれるのか?」
「ええ」
そう答えたくせに、煌びやかな衣を着たままの俺に、唇を合わせてくれた。
一瞬触れて、離れて、もう一度触れる。
そこからは遠慮もなくジクの舌が、俺の口内に入り込んでくる。舌が絡み合い、もっともっとと求め合う。上顎を舐められれば「んっ」と甘い声を溢してしまった。
「ジ、ジク……客室へ、連れて行けよ」
首を振るジク。
「何で?すぐに、この衣は、脱ぐから。なぁ」
背後から抱きついたままだったジクは、くるりと俺の向きを変え、正面から抱きしめ直してくれる。
「オレンジ色の石、首飾りにしてくれたのですね」
コクリコクリと頷く。今は、首飾りの話などしなくていいのに。
「私も紫色の石を首飾りに仕立てたいです」
「……今じゃなくて、いいだろ、その話」
それよりも、それよりもジクが欲しい……。
「客室ではなく、私の寝室はどうですか?」
どこでもよかった。なんならリビングの布張りソファの上だって。
ジクの寝室に連れ込まれると、箱に入った状態で月の王子の軍服とスカーフが飾られているのが目に入る。
「私なりの儀式です。この軍服の前でアロを抱きます。愛を誓うために」
その言葉だけで、身体の芯は燃えるように熱く震え、ジクにしがみつくしかなかった。
—
一晩中、互いの欲に任せ貪り合ってしまったため、夕食を食べ損ねた。
そのせいで腹が減って、早朝に目が覚める。
ジクも同じだったのだろう。ベッドの中で俺を抱きしめながら、「お腹が空きましたね」と呟く。
「リム、今朝は庭にくるかな?」
「来てほしいですね。改めて礼を言いたいです」
「リムに伝えなきゃいけないことがあるんだ。国王が正式に、今後一切、一角獣を傷つけてはならないって言い渡してくれたんだ」
「よかった。昨日のことだって心配だったんです。剣を向けられたんじゃないかって」
「最初に少しな。でも月の王子のスカーフの力は偉大だったってことだよ」
ジクは俺を抱きしめる腕を、ぎゅーっと強くした。
「配達のダリが、アロと一緒に食べてとナッツのクッキーを置いていきましたよ。食後に食べましょう」
「あぁ、いいな」
「葡萄も食べます?」
「食べる」
そんな話をしているのに、俺もジクもなかなかベッドから出ようとせず、互いの肌の温かさを手放さない。
「今度は期限無くここにいるのでしょう?」
「あぁ、満足するまでここにいる。俺の世話役も休ませてやらねばならないからな」
「ゆっくりしましょうね」
「もう急患が来ても、断れよ」
「大丈夫。軍に手紙を書いて休暇を申し入れましたから」
「そっか」
ジクはまた俺を抱きしめ、甘く甘くキスをしてくれた。
まだしばらく食事にありつけないかもしれない。
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