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【6月】玄関で。

 早くも梅雨入りしたと、天気予報が言っていた。  大学の校内にも紫陽花が咲き、雨の中で水色やピンクの花を咲かせている。  夕食を食べながらする吉野との会話でも、その話した。 「四号棟と五号棟の間が、紫陽花の道みたいになっていて、とても綺麗なんだ」 「紫陽花?もうそんな季節ですか?」 「マンションの近くにも咲いていたよ。吉野の目にも入ったと思うけどな」 「全く気に留めてなかったですね。でも、郁三さまにそう聞けば、私も多少の興味が湧きました。明日買い出しに行く際には、植栽にも目を向けてみます」 「うん、今が見頃だから、見たほうがいいよ」  吉野は「そうします」と頷いてくれた。  今日の夕飯は、ロールキャベツとパンだった。  とても美味しく、安心する味。  吉野の料理は、地味過ぎず、派手過ぎない。  知らない名前の料理は登場せず、食べ慣れない食材は使われていない。  品数も多過ぎず、常にちょうどよく、タキシードにエプロンを着けている人が作っているとは思えないほど、家庭的だ。 「とても美味しかったです。ご馳走様でした」 「お口に合ったのならば、よかったです」  食事が終われば、吉野はすぐに片付けを始める。  そして、食器洗い機をスタートさせ、自室へと戻ってゆく。 ---  梅雨は中休みのようで、晴れの日が続いている。  同じ学部の人たちとわざわざ海の近くの公園へ出向き、親睦会という名のBBQをすることになった。  僕がこんな不特定多数の人が集うイベントに、参加できる日がくるなんて。  東京での生活に馴染めていると実感でき、嬉しかったが、少し浮かれていたのだろう。  ある意味、予想通りの展開が待ち受けていた。  焼けた肉や野菜を食べながら、多数の悲恋話を聞くはめになったのだ。  最初は、たまたま隣の席に座った女性だった。  少し元気がなかった彼女を気遣わねばと、声をかけてしまう。 「元気ないみたいですけど、大丈夫ですか?」 「あぁ、ありがとう。ごめんね。実は昨日、彼に浮気されたばかりでさ」  水を向けてしまえば、彼女の話は止まらなくなる。  あれがこうで、こうして、ああして。「もう本当に嫌になっちゃう」 長々語られても、理解してしにくい話だった。 「なんか郁三くんに話したらスッキリした。聞き上手なんだね!」 「いや、僕は別に……」  すでに具合の悪さを、自覚し始めている。  しかし本来の明るさに戻った彼女は、他の女子にまで声をかける。 「聞いて聞いて。郁三くんて、すごく話を聞くのが上手いんだよ。マミも聞いてもらいなよ」  そこに河津くんまで現れる。 「俺も郁三に話聞いてもらったことある。すごいんだよ、郁三は。話しやすいし、話すと悩みが吹き飛ぶっていうかさ」  そこからは「私も」「私も」と皆が寄ってたかって、僕に話を聞かせてきた。  そして当たり前に、BBQの途中で具合の悪さは悪化する。 「ごめん。先に帰るよ」 「え、どうした?具合でも悪い?」 「いや、大丈夫。ちょっと予定があったのを思い出して。ごめんね」  河津くんにのみ声をかけ、一人トボトボ歩いて駅へと向かった。  どうにか電車を乗り継ぎ、マンションへ辿り着く。  ふらふらと玄関で靴を脱ぎ、リビングのソファで横になる。  すぐに吉野が自室から出てきて、助けてくれると思っていた。  でも部屋はシンとしたままで、何の物音もしない。  気分の悪さが我慢できずに、吉野の部屋をノックする。 「吉野?吉野いますか?」  買い物にでも行ったのだろうか。  ドアノブを回してみたが、鍵が掛かっていた。  再びソファに戻り、ぐったりと横になる。  身体の中に入り込んだ鬱々としたものを、早く体外追い払いたかった。  だからジーンズを脱いで靴下を脱いで、タオルケットをかぶって、下着の中に手を入れる。  吉野がしてくれる動作を頭に思い浮かべながら、自分の中心を握り、上下にしごいた。  元々性欲が皆無だった僕は、中学の時も、高校の時も、自慰をしたことがなかった。  正確にいえば、何度か挑戦したが、成功したことがなかった。  勃つのだが上手く出せないのだ。  もう大学生だし、吉野にしてもらえば上手く出せるのだし、彼を真似て触れば自分でもできるはずだ。  硬く大きくなったものからは、先走りだって滲んでいる。  けれど、出せない。  苦しくて、辛くて、気分が悪い。  精液の代わりだと言うように、目からポロポロと涙が溢れ落ちた。  ガチャリと、玄関ドアが開く音がした。  ドサっドサっと荷物を置く音も、聞こえてくる。  吉野だ。  吉野が帰ってきた。  自慰が上手くできずに泣いている姿を見られたくなくて、タオルケットで涙を拭った。  そして、下着の前を膨らませたまま、玄関へ出て行く。 「よしの、くるしい、たすけて、よしの」  縋るように駆け寄ってしまう。  吉野はいつものタキシードではなく、ごく普通のオリーブ色のチノパンに、薄手の白いニット姿だ。 「郁三さま?大丈夫ですか?すみません。お帰りはもう少し遅いと伺っていましたので、買い出しに出掛けておりました」  そう言いながら、まだ靴も脱いでないのに僕を抱き寄せてくれる。  そして玄関先にしゃがんで膝をついて、僕の下着をスルッと下ろしてくれた。 「ご自分でしてみたのですか?」 「でも、でも、上手くできなくて……。出せないんだよ……」  吉野は躊躇いもせず、俺の中心を咥えてくれた。  ここが玄関だなんて、まるで関係ないかのように。 「ひゃっ」  吉野の熱い口の中の、ねっとりとした湿度が気持ちよく、身体が震える。  右手は硬くなったものの根元を、左手はTシャツの中に入ってきて胸の突起を、弄ってくれた。  僕は「はぁはぁ」と息を乱れ、吉野の肩に手を置いてしがみつく。  彼の口の中で、浅く深くと出し入れされれば、どんどんと欲望が高まっていく。 「よしの、ちくびやめて……触ら、ないで」  止めては、くれない。 「へん、へんだから、ねぇ触らないで……」  止めるどころか突起をコリコリと摘まむように弄られ、甘い痺れが身体中に走る。 「やっ」  裏の筋を舐められ、先端の割れ目を舌で突かれ、長い指が包み込むようにしごいてくれて。  足がガクガクとし、吉野の肩に置いていた指に力が入ってしまう。 「んっ、きもち、いい。あっ、よしの、よしの、あっ、もう、もう、で、でちゃうっ!」  口の中に出すまいと腰を引いたのに、吉野がしっかりと根元を握っていたから、そのまま吐精してしまった。 「んぁ」  僕がビクビクと発射したものを、彼が口内ですべて受け止めてくれる。  残滓までも舐めとってくれてから、吉野は僕から手を離し靴を脱いで、洗面所へ行く。  水が流れ出ている音が聴こえた。  僕はまだ玄関に敷かれたラグの上で、下半身を露わにしたまま丸まっているのに。  しばらくして、吉野が玄関に戻ってきた。  まだ丸まっている僕に、彼が言う。 「両手をあげてください」  素直に従ってバンザイをすると、簡単にTシャツを脱がされ真っ裸にされた。  そして、ヒョイっとお姫様抱っこで抱き上げられる。 「え?吉野?」 「BBQと伺っていましたので、風呂の支度をしてあります。どうぞお入りください」  抱っこで風呂場まで連れていかれ「ごゆっくり」とドアを閉められた。  もう具合の悪さは残っておらず、吐精の余韻だけが身体を支配している。  入浴剤の入った湯にボーと浸かっていると、ドアが軽くノックされ、吉野が顔を出す。 「洗って差し上げますよ」  彼は返事を待たず、入ってきた。  さっきのニット姿から、いつものタキシードに着替えが済んでいる。  また濡れてしまうだろうに、ズボンの裾を捲り、腕まくりしたシャツにベストを羽織った姿だ。 「さぁ、湯船から出てください」  そう僕を急かす。  湯舟から上がりシャワーの前に座れば、髪と身体を洗ってくれた。  背後から触られる手つきに反応し、さっき出したばかりのくせに、僕の中心はまた形を変える……。  吉野の手が股間に伸びてきた。  泡だらけの手で擦ってくれる。  吉野のシャツにもズボンにもシャワーがかかり、彼もまた濡れてしまう。 「立ってこちらを向いてください」  また咥えてもらえるのだと、期待してしまった。 「右足を湯船の縁に乗せて」  快楽を知ってしまった僕は、指示されるままに動いてしまう。  泡だらけの長い指で気持ち良くなるよう、しごいてくれると思ったから。  なのに、その手はもっと後ろの孔を触り始める。 「え?吉野?」 「大丈夫ですから」  耳元に口を寄せ、そう囁かれた。  孔の入れ口を丸く撫でるように、吉野の指が這う。 「え?や、やだ、そんなとこ、さわらないで。んっ」  彼の中指が、僕の中に入り込んできた。  痛みはないが、異物感を強く感じ「んぐっ」と呻く。  それでも中指は、もっと奥深くまで入ってきた。  そして周りの壁を触るかのようにゆっくりと蠢く。  そんな汚いところを触らないでほしい。  そう思うのに、なぜか酷く興奮し、彼の肩を強く掴んでしまう。 「よ、よしの」  僕は呼吸を乱して、吉野の名を呼んだ。  しかし、彼は僕を見ていない。  目を閉じて、何かを堪えるような顔をしている。 「……こ」  はっきり聴こえなかったが、吉野は誰かの名を呼んだ。  そして、急に我に返ったように目を開けた。  そこからは中指を後ろの孔にいれたまま、反対の手で僕の上を向いたものを、強く激しく乱暴にしごいた。 「や、んぁっ。ダメ、ダメ、もう、もう出ちゃう」  僕は実にあっけなく、風呂場のタイルに白濁を飛ばした。  吉野は僕の身体にくまなくシャワーをかけ、泡を洗い流す。 「はい、おしまいです。先に出てください」  ドアを開けてくれ、脱衣所へと僕を追い出した。  用意されていたバスタオルを肩にかけ、包まってもなお、脱衣所に立ち尽くしてしまう。  風呂場からは、吉野が濡れたシャツやズボンを脱ぐ音が聴こえていたから。  僕はそのまま聴き耳を立ててしまう。  だから……。  吉野が息を荒くして「あっ」と小さく声を溢しながら自慰する音を、聞いてしまった。 「はぁはぁ」という息遣いも、グチュグチュという水音も「んっ」と達した呻き声も。  更には、白濁がベチャと床に落ちた音までも、全部を聞いてしまった。

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