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【8月】ラブホで。
郁三さまの執事になって五か月が経つ。
大学が夏休みに入り、しばらくは都内で過ごしていた郁三さまも、十日前に実家に帰省した。
だから俺も堅苦しいタキシードは着用せず、髪もセットせず、ラフな部屋着でダラダラと過ごしている。
執事にも夏季休暇は必要だ。
だらりと横たわるリビングのソファから部屋を見渡す。
辺りには、使用済みのバスタオル、伏せたままの文庫本、昨晩食べたカップ麺が散らかっている。
自室はもっと酷く、とても郁三さまには見せられない。
このリビングのソファもテーブルも、この家の家具家電は、ほぼ俺が持ち込んだ物だ。
俺が郁三さまではない別の男と暮らす為に、こだわって選び揃えた、お気に入りの家具たち。
それを思い出せば、深いため息しか出てこない。
ふとした時に、郁三さまにあの男との悲恋を話してしまいたくなる。
きっと「うんうん、そうなんだ」と聞いてくれる。
そして俺はスッと楽になれるだろう。
けれどやはり、それはダメだと必死に自制している……。
郁三さまは大学生活に慣れても、週に二回程の頻度で、人の悲しみが染み込んだ気を引き連れて帰宅した。
俺はその度に手や口を使って、鬱々としたものを身体から追い出す手伝いをしている。
あれは確か、六月頃のこと。
郁三さまが予想以上にイヤらしい反応を示したことがあった。
だからあの男を思い出してしまい、我慢できずに後ろの孔を触ったり、自慰をわざと聴かせたりしたことがある。
直後に俺はいったい何がしたかったのかと、猛省した。
それからはできるだけ作業的に、感情を込めぬように気を付けてきたつもりだ。
とはいえ、胸の突起を触ったりしてしまうのは、郁三さまの反応が可愛すぎるからで、俺のせいではない。
むしろ、我慢できているほうだと褒めてもらいたい。
---
夕方。
ソファに寝転がり、面白くもないと本を読んでいた。
外はまだ明るく、ミンミンと蝉がうるさく鳴いている。
突然、ローテーブルの上に置いていたスマホが、振動した。
「もしもし」
電話からは、郁三さまの父親の声がした。
「あぁ、吉野くん。郁三が世話になっているようで」
郁三さまは、どこまで父親に話しただろう。
『私が貴方の執事であるのは、あくまで郁三さまと私の間の契約です。ですから帰省先でベラベラと話さないように』
そう、釘を刺しておいたが。
「郁三が度々、体調不良になっていたのは、知っているだろ?以前君が、我が家に気の流れを見に来てくれた時にも、郁三は具合が悪いと引きこもっていたはずだ」
「えぇ、そうでした」
「一昨日、高校の同級会から帰ってきて、また寝込んでいるんだよ」
「それはかわいそうに」
「郁三が言うには、東京での生活では具合が悪くならない、というんだ」
「私もこちらで寝込んだというのは、聞いていません」
それは俺が吐精させているからだ、なんて言えない。
「やはりこの街の気と郁三が、合わないのだろうか?」
そういうことにしておくのが無難だろう。
「それで吉野くん。君は今、お盆休み中?郁三を東京へ戻したいのだが、もしよかったら迎えにきてやってくれるか?すまないね。すっかり懐いているようで」
随分と俺は信用されているようだ。
貴方の息子に寄生し、生活を成り立たせているとも知らないで。
「お兄さんたちは?」
「私もあの子の兄たちも、どうしても外せない仕事があってね。今から出かけてしまうんだ。かかった費用も謝礼も出すから、どうか迎えに来てやってくれ」
この父親は息子のことになると、本当に金払いがいい。
電話の向こうの会話が漏れ聞こえる。
「郁三、吉野くん来てくれるそうだ」
「うん、よかった……」
郁三さまが小さく返事をした声も聞こえたが、やはり元気がなかった。
「レンタカーで行ってもよろしいですか?」
「あぁ、もちろんだ。レンタカー代もガソリン代も高速代も含め、謝礼を用意しておく。やはり郁三はこの街を離れたのがよかったようだ。これからも、よくしてやってほしい」
「はい。私でよかったら」
すぐに行ってやらなくては、と思ってしまった。
ドライに接しているつもりだが、既に情が移っているのかもしれない……。
お盆休みも終わりに近いから、下りは空いているだろう。
今から行けば二十二時頃には着くはずだ。
とりあえず、免許証とスマホと財布と、一泊分の下着の替えを持てば充分だろう。
レンタカーを借りる手続きをし、出発する直前に郁三さまのスマホへメッセージを送信した。
『今から迎えに行きます。支度をして待っていてください』
到着したのは二十三時近くだった。
途中でうどんを食べ、あとはずっと運転してきたわりに時間がかかってしまった。
こんな時間でも八木邸の玄関は、俺の到着を待つ為に煌々と明るい。
インターホンを押すと、すぐに扉が開いた。
玄関先で着替えを済ませ、旅行鞄を抱え、靴も履いた郁三さまが待っていた。
「遅くなりました」
玄関から続く廊下は真っ暗で、家族は寝静まっているのだろう。
その廊下の奥から、郁三さまの母親だけが顔を出した。
「吉野さん、申し訳ありませんでした。わざわざ来ていただいて。これ主人からです」
厚みを感じる茶封筒を渡された。
「では郁三さんをお預かりいたします」
玄関先で母親に見送られ、手を引くようにして車に乗せ出発する。
「寝ていたらいいですよ」
助手席に告げると郁三さまは、コクリと頷き目を閉じた。
「吉野、来てくれてありがとう」
ただそれだけ口にして。
高速には乗らなかった。
ナビを頼りに下の道を走る。
しばらく走った後、国道沿いにあった寂れたラブホテルの駐車場に車を停めた。
フラフラと歩く郁三さまを抱え、モニター相手にチェックインの手続きをして、室内へ入る。
具合が悪くぐったりしていたって、ここに来た意味は十分に分かっているだろう。
俺が郁三さまをベッドに押し倒した時には、股間が膨らんでいた。
「自分でもしてみたんですか?」
ジーンズを脱がせながら、尋ねる。
「うん、でも無理だった……」
そう言って、情けないのか、恥ずかしいのか両手で顔を隠す。
下着をズルっとずらせば、郁三さまの硬くなったものが飛び出してきた。
俺はすぐにそれを、しゃぶってやった。
性急な行為に、郁三さまは戸惑いながらも流される。
奥まで咥えて裏の筋を舐めて、先端をチロチロと舌で刺激して、指で根元を扱いて、また奥まで咥えて。
「あっ、んぁっ、よしの、よしの」
先走りが溢れ始め、口の中に苦味が広がる。
郁三さまは自分でTシャツをめくり上げ、左の胸の突起をコリコリと触り始めた。
春に出会った頃より、随分といやらしくなったものだ。
「あ、あ、で、でっちゃう、あっ、でるっ」
郁三さまは息を荒くし、背中をのけ反らせ、勢いよく俺の口内に白濁を飛ばした。
息も整わない彼に、訊ねた。
「自分でしごいた時は、胸も触ったんですか?」
郁三さまは、天井を見たまま、コクリコクリと頷いた。
「それでも出せなかった?」
コクリコクリ。
「では、こっちを触ることも、覚えてみたらどうでしょう」
俺はベッドから降り、自販機でローションを購入した。
ベッドに仰向けになったままの郁三さまをうつ伏せにし、腰を高く上げるよう、指示を出す。
彼は恥ずかしいと嫌がっていたが、結局は俺の言いなりに動いてくれた。
ローションを開封し、たっぷりと左の手のひらに垂らし、それを自分の右手中指に絡める。
郁三さまは、そんな俺の行動をじっと見つめていた。
「大丈夫ですよ。痛いことはしません」
そんな言葉とともに、中指で後の孔の入り口を撫で、スルリと中に滑り込ませる。
中は熱く、指に絡みついてくる。
「やっ」
郁三さまは硬く目を閉じ、身体を強ばらせた。
「力を抜いてください」
「よ、よしの……」
「そう、上手ですよ。ちゃんと呼吸をして、吸って吐いて、そう」
中指の根元まで入ったら、第一関節を曲げ、彼の気持ちのよい箇所を探るように動かす。
いい箇所に触れたのか郁三さまは「ひゃっ」と高く可愛い声をあげ、ビクンと身体を跳ねさせた。
「ココ、いいですか?」
「わからない、わからない、けど、なんか、へん、あっ、へん、よしの、やっ、やめて」
やめてと言いながら、中心はまた大きく形を変え、先走りをダラダラと溢れさせている。
腰もどんどん高い位置へと上がってくる。
「自分で胸を触って、そう、そうやって」
「あっ、んぁっ」
眉が下がり高い声で喘ぐ郁三さまが、とても可愛い。
もっともっとそんな顔を見たくなって、一旦指を抜く。
ローションを足し、後ろに入れる指を二本に増やした。
中を掻き回すように指を動かせば、グチュグチュとローションが溶けるイヤらしい音が鳴る。
後ろの孔を触っているのとは反対の手で、郁三さまの昂りを強めにしごけば、ゆらゆらと腰を揺らしてきた。
「よしの、よしの、あっ、また、でっ、でっちゃう、あっ。ね、でるっーー」
後ろに入っている指が、ギュッと締め付けられ、郁三さまはシーツの上に白濁を零らせた。
達すると郁三さまの腰を上げていた体勢が崩れ、下半身を出した無防備な状態で、彼はベッドの上で横向けになる。
そして、スースーと穏やかな寝息をたて始めた。
そんな姿を見てしまった俺は、わざわざ車で迎えに来た駄賃をもらわなくてはと考えた。
父親だけではなく郁三さまからも、もらいたい。
だからその寝顔を見ながら、自分のチノパンと下着を脱ぎ捨てた。
俺の股間だって痛いくらいに、勃っている。
眠る郁三さまの横に寝転がり、自分自身を握って上下に擦った。
雫を溢し始めた先端も、親指でグチュグチュと刺激をする。
「んっ」
目の前にある郁三さまの寝顔を見ながら、さっきの眉が下がった可愛い喘ぎ顔を思い出す。
「よしの、よしの」と俺を呼ぶ声を頭の中で再生しながら、強くしごく。
腰はどんどんと甘く重くなってゆく。
昂まって昂まって「んぁっ」と郁三さまの露わになったままの股間めがけ、ベッタリと白濁を飛ばした。
このお坊ちゃまは、何も気が付かずに眠ったままだ。
俺はいったい何をしているのだろう……。
以前一緒に住んでいたあの男ではなく、郁三さまに挿れることを想像しながら自慰したのは、初めてだった。
少し冷静になれば、自分の行為が馬鹿だとしか思えず、情けなくて笑えてきた。
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翌朝、東京へと向かう車中で説教をする。
「同級会にノコノコ出向けば、たくさんの悲恋話が待ち受けているって、分かりきってたでしょ。郁三さまは、馬鹿なんですか?」
俯いた郁三さまは、しばらくしてからボソボソと返事を返してくる。
「高校の同級生の話なんて、散々聞いてきたから、あの人たちはもう安全圏だと思ってたんです。なのに卒業してたった五か月の間に、またみんな、新たに恋をして、辛い思いもしていて」
なるほど。
「なんなんですか?恋って。辛い結末が待っているかもしれないのに、繰り返し人を好きになるなんて、僕には分からない」
俺だって、そんな難しい問いに、答えは持ち合わせていない。
マンションに戻ると部屋の中は、俺がダラダラ過ごしたままにひどく散らかっていて、うんざりとした。
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