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【9月】キッチンで。

 郁三さまの大学も二学期が始まった。  まだまだ昼間は暑くても、夜は秋の虫が鳴き始めた。  知らぬ間に秋の気配が近づいている。 「吉野、週末に大学の友達四人が、うちに遊びに来たいって言うんだけど」  朝、トーストを食べながら、郁三さまにそう言われた。 「ではその間、私は留守にいたしますから、どうぞご自由に」 「違うんだ、吉野には家にいてほしくて」 「は?なぜ?」 「彼は僕の執事だ」と自慢したい訳でもあるまい。 「地方から出てきて立地のいい2DKのマンションに住んでるって、いかにも親のスネを齧っている感じで恥ずかしいから。吉野を一緒に住んでる兄だって紹介したくて……」  嘘を嫌いそうな郁三さまの声が、だんだんと小さくなっていく。 「兄?」 「うちの上の兄と吉野は同い年くらいだから、ちょうどいいかなって」 「嫌です。兄って。冗談じゃない!」  よりによって、あの男のフリをするなんて、俺にはできない。  俺の語気が荒くなってしまったから、郁三さまは萎縮したように肩をすくめた。  俺とあの男の関係を、この弟は知らないのだから当然の反応かもしれない。  だからといって、そんな悲しそうな顔を向けるのは、卑怯だ……。 「いや、そこは兄以外でもいいでしょう。もう少し遠い関係とか」 「じゃ、イトコのお兄さんということならOKしてくれますか?」 「イトコってベタな嘘ですね。そもそも郁三さま、実際にスネを嚙ってるでしょう、バイトもせずに。それを恥じなくたっていいと思いますよ。実際お父さまはお金持ちですし」 「どうかお願いします。そういうことにしてほしいんだ。執事の服じゃなく普通の服で、髪もセットしないで、イトコとして振る舞って」 「色々と面倒くさいご注文ですね。でもまぁいいでしょう。かしこまりましたよ、ご主人さま」 「それでね、吉野。イトコってことは、苗字で呼ぶのはおかしいと思うんだ。だから吉野の下の名前を教えてほしい」 「ご存じありませんでしたか?でも「よしの」って名は苗字ではなく下の名前にも聞こえるからこのままでも、いいと思いますよ」 「いや、教えてください」 「まぁ別にいいですけど。「ゆきや」です。空から降る「雪」に矢印の「矢」」 「雪矢……さん……。冬生まれ?」 「そう、二月生まれです。郁三さま、家まで遊びに来てくれるような友達ができて、よかったですね」 「うん」  そう微笑む顔は、彼の兄とはあまり似ておらず、純粋で素直な性格も、郁三さまにしか無いものだと感じた。  土曜の昼過ぎ。  郁三さまが最寄り駅まで友達を迎えに行った。  その間に、俺は執事のタキシードを脱いで、チノパンとシャツに着替える。  程なくしてドアが開く音がし、ガヤガヤと家の中が賑やかになった。  俺は一呼吸置いてから、リビングに顔を出す。 「いらっしゃい。郁三のイトコの吉野です。今日はゆっくりしていってくださいね」  遊びに来たのは男子大学生四人。  一番髪の短い眼鏡が、郁三さまの話によく出てくる、社交的な河津くんなのだろう。 「郁三、めっちゃいい処に住んでるな!実家、金持ちなんだろ」 「僕は雪矢さんの家に居候させてもらっているだけだから……」  郁三さま、なかなか嘘がお上手だ。 「雪矢さん、めっちゃ格好いいな!背も高いし、この部屋オシャレだし、憧れるわ」 「俺もああいう大人になりてぇ」 「オマエじゃ無理無理」  ワイワイと騒ぐ声をかわし、俺は自室へ引きこもった。  夕方、コーヒーを淹れにキッチンへ行った。  甘ったるいキャラメルの匂いがしていて、テーブルに目をやると、食べかけのポップコーンが散らばっている。  テレビにはゲーム画面が映っていて、誰かが持ってきたのであろうカードゲームも広がっている。  今は手が止まって、郁三さまの苦手な恋話で盛り上がっているようだ。 「ホント、人は見かけによらない。今回は酷い目に遭ったよ。もうしばらくは女と付き合いたくないもん。だけどこうしてオマエたちに話したらスッキリした!ありがとな」  チラっと郁三さまを見ると、ぐったり疲れた顔をしていた。  コーヒーメーカーがコポコポと音を立てている間に、話題は経験人数の話になった。 「俺はちゃんとキスしたのは三人かな」 「セックスしたのは?」 「一人。オマエはどうなんだよ?今の彼女とヤったの?」 「まだ。でも、高校の時は年上と付き合ってたから色々教えてもらったぜ」  まだまだ少年の会話だな、と聞いていて微笑ましくなる。 「郁三くんは?」 「僕はそういうのは全然」 「えー、モテそうなのに。高校の時は?」 「だから全然」 「キスは?」  そういえば、郁三さまの股間や後ろの孔、胸だって触ったり舐めたりしたことはあるのに、キスはしたことがない。  たった今、それに気が付いた。 「じゃ大学で、好きな人は?俺たち、郁三くんの力になるぜ」 「僕、好きとか、そういう感情がよく理解出来なくて……」  河津くんが郁三さまに助け船を出すかのように、俺に話しかけてきた。 「雪矢さんは、やっぱりモテるんでしょうね。ホント格好いいし」 「どうだろうね。モテたとしても、好きな人には中々好いてもらえた経験がないな」 「またまた、そんなことないでしょ?初めては何歳の時ですか?」 「十五かな」 「うわっ、すげぇ」  相手は男だけどね、とはもちろん言わなかった。  ボロが出ないうちに、俺はコーヒーの入ったカップを持って、自室へ戻った。  部屋で仕事の資料を読んでいたら、コンコンとノックをされた。  窓の外は、いつの間にか暗くなっている。  ドアを開け、廊下に顔を出すと郁三さまが居た。 「よし、雪矢さん、皆がピザを買いに行ってくれるんだけど、雪矢さんも食べる?」  代金を安く済ませる為に、近所の宅配ピザ屋へ、わざわざ取りに行くのだろう。 「私はいいです。たまには外へ飲みにでも行ってきますから、お構いなく」 「そう。分かった」  郁三さまは、せっかく友達が遊びに来ているのに、鬱々とした顔をしていた。  しばらくして、玄関から声が聞こえる。 「じゃ郁三、行ってくるな」 「コンビニで飲み物も買ってくるからさ」  続けて玄関のドアが開く音がした。 「よろしく」  彼らも見送る郁三さまの声も、聞こえた。  バタンとドアが閉まり、何の声も聞こえなくなる。  自室を出ると、郁三さまがキッチンで皆が使ったグラスを洗っていた。  まだまだ夜は長い。  この後ピザを食べ、ゲームをして、終電近くまで遊ぶのだろう。  だから、こんな鬱々とした状態では、郁三さまが可哀そうだと同情した。  ピザ屋の場所を思い浮かべる。  ここから徒歩で四分。  コンビニはそこから徒歩で一分。  往復で十分。  買い物する時間も考えれば、彼らが戻るまで十五分弱と予測できる。  洗ったグラスを伏せ、水を止めた郁三さまに背後から近づき、ギュっと抱きしめた。 「出して差し上げますよ」  耳元で囁くと、ビクンと身体が跳ねる。 「皆、戻ってきちゃうよ……、吉野」 「大丈夫。下に着いたらインターホンが鳴ります。郁三さまがオートロックを解除しなかったら、皆は上がって来ませんから」  郁三さまは戸惑いながらも、コクリとうなずいた。  背後から、郁三さまのジーンズのボタンを外しチャックを下ろす。  下着の中に手を入れれば、郁三さまの中心は軽く勃ち上がりかけている。  残念だが、ゆっくりはしてあげられない。  もったいぶらずに握って上下にしごけば、あっという間に大きく硬く熱くなる。  気持ちがいいのだろう。  郁三さまはシンクに手をついて、頭をもたげ「あっ、あっ」と喘ぎ声を漏らした。  郁三さまの上気してトロンとした目を眺めたかったが、背後から触っているので見ることは叶わない。 「ねぇ。キスしたこと、ないんですか?」  郁三さまの甘く乱れた呼吸が一瞬止まる。 「別に恥ずかしいことじゃないですよ。キス、してみたいですか?」  上下にしごいている手を止めずに聞けば、躊躇いながらコクリと頷いた。 「私が練習してあげましょうか?」 「え?」  一旦、郁三さまの硬いものから手を離し、身体をくるっと反転させて向かい合う。  彼は真っ赤な顔をして、俯いてしまう。 「ほら、キス、教えてあげますから。顔をあげて」  そう囁き、人差し指でクイっと顎を上げた。 「私を見てください。郁三さま」  そう言って視線が交わったところで、そっと唇を重ね、すぐ離れる。  週に二回程、俺の手や口に白濁を出すことに慣れてきた郁三さま。  そんな彼がキス一つで、小さく震えていた。  愛おしく思え、後頭部を抱きかかえるよう手のひらで包み、引き寄せる。  今度はしっかりと、唇を合わせた。  スルリと舌を滑り込ませると彼の口内は熱く、キャラメルポップコーンのように甘かった。  舌を絡め、口内を舐めると、郁三さまの唇の端から唾液がツーっと溢れ出る。  息継ぎのように「んぁっ」という声を漏らす郁三さまに、何度も何度も角度を変えて唇を合わせ続けた。 「よ、よしの……」  シンクに背中をつけていた郁三さまが、ずるずるっと崩れ落ち、キッチンの床に座り込んでしまった。 「きもち、いい……」  下着から出されたままの、上を向いたものからは、先走りがダラダラと溢れている。  チラッとリビングの時計を見る。  急がなくては……。  へたり込んでいる郁三さまの横に跪いて、濡れた先端をグチュグチュと親指で弄ってあげた。 「よ、よしの、よしの。あっ、あっ」  俺に縋るように腕にしがみついてくるから、先端だけでなく根元からも強めにしごく。 「もう、もう。あっ、で、でるっ」  俺の手に白濁がベタリと飛び散った。 「ふぅふぅ」と乱れていた郁三さまの呼吸が収まりかけた頃、インターホンが鳴った。  ギリギリセーフだ。  応答し、オートロックを解除している郁三さまを横目で見ながら、俺はキッチンで手に付いた白濁を洗い流す。 「郁三さま」  玄関へと向かう郁三さまを呼び止め、少し乱れてしまった髪を手ぐしで直してやった。 「ありがとう、吉野」  はにかむその姿からは、うつうつとした表情が消え、楽しそうな少年の顔に戻っていた。 「ただいま!」 「焼きたてで、めっちゃ美味そうだよ」 「郁三はコーラでよかった?」  俺は自室に戻ってベッドに寝転び、硬く勃ってしまった自分自身を処理する為、下着の中へ手を入れた。  郁三さまのことを思い浮かべたりしないよう、さっきの表情を頭から必死に追い払う。  けれど、初めてのキスに腰が砕けそうになっていた可愛らしい姿は、なかなか脳裏から離れない。  結局、郁三さまの喘ぐ声を反芻しながら、達してしまった。 「郁三、ちょっと飲みに行ってきます。皆と楽しんで」  出かける支度をしてリビングを覗くと、郁三さまは楽しそうにピザを食べていた。 「雪矢さん、今日はお邪魔させていただき、ありがとうございました」 「またおいでね」  飲みに行く馴染みの店もこの辺りには無かったが、なんだかいい気分。  だから駅前の知らない居酒屋に入って、うまい物でも食べよう。  夏に郁三さまの父親から受け取った茶封筒から、一万円札を抜いてきたので懐も温かい。  それにしても、口の中がずっと甘ったるかった。  キャラメルのような味がして。  キスはやはり止めておいたほうが、よかったかもしれない……。  郁三さまの為にも、自分の為にも。

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