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【12月】友だちの部屋で。
冬らしい、気温の低い日が多くなってきた頃。
河津くんが友達を三人連れて、遊びに来た。
そのうち一人は、今までゆっくり話したこともない、丸井くんという髪の長い男子だった。
丸井くんは一浪していて一つ年上。
いつも明るく幸せそうで、笑顔が絶えない。
僕とは正反対なタイプだ。
この日も河津くんは、うちに着くなりよく喋り、ムードメーカーとしての役割をこなしていた。
けれど途中から急に無口になってしまい、体調が優れないのではないかと、心配になる。
ただ、河津くんの代わりとでもいうように、丸井くんがよく喋り、皆を楽しませてくれたから、それなりに場は盛り上がった。
夜。
皆でピザを食べていると、吉野がコーヒーを淹れにリビングへ出てきた。
「雪矢さんもピザ食べます?」
無口だった河津くんが、いつものように吉野に声をかけたから、調子が戻ってきたのかと安心する。
「ありがとう。でも、いらないよ」
吉野は、河津くんを適当にあしらったくせに、丸井くんに話しかけた。
「君、うちに来たの初めてだよね?」
「はい、噂の雪矢さんにお会いでき嬉しいです」
彼は、笑顔で受け答えをする。
「丸井くんさ、いいことでもあったの?」
「え?何でですか?俺は普通ですけど。いいことがあったのは河津くんですね。好きな子に告られたんですって」
「やめてー。俺、さっき君らにその話してから、急にすごく不安になってしまって。やっぱ俺なんか、あんな可愛い子と釣り合わないかもって……。あぁダメだわー」
マンションに来るなり告白された自慢をし「付き合うかも」と嬉しそうだった河津くん。
彼が急にトーンダウンしたのは、不安に駆られたからだったのか……。
でも急になぜ?
「大丈夫だよ、自信持てよ」
みんなで励ましたが、河津くんは元気がないままで、その晩はいつもより早い時間にお開きとなった。
みんなが帰った後、吉野が言う。
「丸井くんでしたか?あの髪の長い子。郁三さま、あの彼には充分に気をつけて。あの子は自分の力を自覚してわざとやっています」
「え?どういう意味?」
「言葉通りの意味です」
それ以上のことは、教えてくれなかった。
結局、河津くんに恋人はできなかった。
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半月後、忘年会と称して、僕達はまた集まり、河津くんのアパートへ遊びに行った。
メンバーは僕を入れて五人で、中には丸井くんもいた。
河津くん自慢のインテリアにこだわったワンルームで、ゲームに興じる。
「なぁ、今度ソファを買おうと思うんだけど、このカタログの中だったら、どれがいいと思う?」
カタログを見れば結構な値段で、河津くんが最近になってバイトを増やした理由が、判明した。
僕たちは好き勝手に「コレがいい」「コッチがいい」と指をさす。
「はぁ。オマエらに相談しても無駄だったわ。雪矢さんの意見が聞きたいなー」
「カタログ借りて帰って、聞いてこようか?」
「いや、違うんだよ。この部屋の狭さとかベッドとの兼ね合いとか、見てもらいたいじゃん」
ゲームの後は皆でコンビニへ買い出しに行った。
丸井くんともう一人、二十才を超えている人は、発泡酒を何本か買う。
僕はコーラで、河津くんはカフェオレだった。
アルコールの入った彼らは、誰かの恋話を聞き出そうとしたが、もうそんな会話は尽きている面子だ。
そんな中、突然丸井くんが僕に話を振ってきた。
「僕は郁三くんの話が聞きたいな。何かないの?些細なことでもいいんだよ?」
僕は「ないよ」と答えればよかったのに、吉野のことが少し頭をよぎってしまった。
だからつい「好きとか分からないけど、僕に良くしてくれる人はいる」と話してしまった。
「その人といると安心するんだ」
「え?なにそれ。初めて聞いた」
「言う程のことでもないんだって。ただ今の関係が長く続くといいなって」
「キスはしたの?」
「いや、まぁ、その、うん」
「セックスは?」
「そ、それは、してないよ!」
「へー、郁三、いつも自分のこと話さないから、知らなかった。どんな人?同い年?」
「年上、かな」
僕は調子に乗っていた。
皆の前で自分のことを話すという、あまり経験の無い行為に。
丸井くんが「それでそれで」と相づちを打つのが上手かったせいもある。
自分にとって吉野の話を他者にすることが、こんなにも甘美だとは思いもしなかった。
「あー、もうこんな時間。河津は深夜バイト何時からだっけ?」
「えーと。あと一時間は大丈夫」
なのにその話題が終わる頃には、僕の中の甘美さは、全て失われていた。
吉野はただの執事だ。
仕事として僕に触ってくれるだけなのだ。
そもそも吉野は何故うちにいるのか。
もしかして、僕は騙されているのかもしれない。
楽しかった気持ちは、全て萎んで消えてしまった……。
今日も機嫌良くニコニコしている丸井くんが、落ち込んでいる僕に気がつき、声をかけてくれる。
「郁三くんどうしたの?」
そして「飲んでみる?」と発泡酒をグラスに注いでくれた。
「ダメだよ、郁三。雪矢さんに怒られるぞ」
河津くんは心配してくれたけれど、吉野の名が出たことに僕は反発したくなる。
勧められるままグラスを空にしてしまった。
「なんだ呑めるじゃん」
丸井くんに何度か注いでもらえば、僕はいとも簡単に酔いつぶれた。
頭の中がグワングワンとする向こうで、河津くんが吉野に電話するように言っている。
「いやだ、いやだ」
僕は首を振って拒むが、河津くんの顔が真剣だったからしぶしぶ電話をかける。
呼び出し音が鳴ったところで、河津くんが僕からスマホを取り上げた。
「雪矢さん?郁三の友達の河津です。……はい、そうです。……今、郁三うちに来てるんですけど……はい、酔い潰れてしまって。……いや、そんな量は飲んでないです……はい。けど俺、これから深夜清掃のバイトで……」
あぁ、吉野に怒られる。
そうと思ったから、河津くんが掛けてくれた布団を頭から被って、彼のベッドの上で丸まった。
「皆はもう帰ったので、郁三は今夜うちに泊まればいいと思うんです。……はい、そうです。……だけど、酔い潰れた経験無いみたいですから、一人の時に吐いたりしたら可哀そうだと思って。……あっ、そうですか。では、そうしてもらえると安心です」
吉野は迎えに来ると言ったのだろうか?
「あのー、うちに来てくれるんなら、ちょっと相談したいことがあって。ちょっと、厚かましいお願いなんですけど……」
布団の中は温かく、強い睡魔が襲ってくる。
ウトウトし続ける僕に、河津くんが声をかけてきた。
「郁三。置いてけぼりにしてごめんな。もう少ししたら雪矢さん来てくれるから。鍵の置き場所伝えてあるから、郁三が寝ていても入ってきてくれるって」
河津くんにも迷惑を掛けてしまった。
「それでこれ、インテリアのパンフ。ここ置くから雪矢さんに見せておいて。図々しく相談に乗ってもらう約束取り付けちゃったんだ。だから、俺にしたらむしろラッキー。迷惑なんかじゃないから、そんな顔しないで寝るといいよ」
河津くんは、本当に優しい。
「朝六時にバイト終わったら、パン屋で焼き立てパン買ってくるから、な?雪矢さんと待ってて」
見送りもせず、僕は拗ねた子どものように丸まったまま、小さく手だけ振った。
「郁三さま、郁三さま」
私服姿の吉野に揺さぶられ、目が覚める。
河津くんのベッドの上で身体を起こせば、頭の芯が痛かった。
「友達の家で飲酒し、酔いつぶれるとはどういうことですか?」
静かに諭すように、そう言われる。
「なんで来たの?吉野……。僕のことなんて、放って置けばいいのに」
まだ消えぬ不安な気持ちが、僕に卑屈なことを言わせた。
吉野は深くため息をつく。
「どうせ、どうせ。僕なんてすぐ具合悪くなって、みんなに迷惑ばかりかけて……」
僕は自分の気持ちがよく分からない状態のままで、グスグスとマイナスな言葉を繰り返す。
それでも吉野は、怒らなかった。
それどころかベッドに腰掛け、ギュッと僕を抱きしめ、優しく背中をさすってくれた。
「郁三さま。実は私には気の流れが見えるんです。今、貴方に悲しい気は溜まっていませんよ。だから大丈夫。安心して」
「でもなんだか不安なんだよ、吉野」
少しずつ気持ちが落ち着いてくれば、素直な言葉を吐いてしまう。
「今日は丸井くんも、この部屋に来ていたのですか?」
コクリとうなずく。
何故このタイミングで、丸井くんの話なのだろう。
「彼に何か話しました?」
首を横に振る。
「郁三さまが幸せだと思ってることを、少しでも話しませんでしたか?」
皆に、吉野の話をしたではないか。
「……ほんの少しだけ」
「やはりそうでしたか」
吉野によると、おそらく丸井くんは、僕と反対の性質を持っているという。
僕は悲恋の話を聞くと、その悲しみを吸い取ることができる。
だから話をした人は楽になる。
丸井くんは、幸せな恋の話を聞くと、その幸福を全て吸い取り、話した人は不安に襲われる。
実体験がなければ、にわかには信じられない話だ。
「郁三さまの幸せがどんな話だったのかは知りません。でも私が執事として今してあげられることをしましょう」
吉野の目は優しかった。
じっと見つめながら顔を近づけてきて、吉野は唇を重ねてくれた。
熱く甘い舌を、僕の口の中にねじ込み、舌を絡めてくれた。
ねっとりと湿度のある、愛がこもっていると錯覚するようなキスだった。
「服を全て脱いで。私も全て脱ぎますから。河津くんには悪いけど勝手にバスタオルを一枚借りましょう。これをベッドの上に敷いて、この上で、ね?郁三さま」
部屋は河津くん自慢の間接照明でほどよく明るく、吉野の穏やかな表情がよく見えた。
「ほら」
吉野は僕より先に、裸になってみせてくれる。
そして僕がトレーナーを脱ぐのを、手伝ってくれた。
「ここに座って」
裸になった僕に、自分の膝上へ向かい合って座るよう指示をした。
誘導する吉野の手つきは、柔らかい。
躊躇いながらも彼の膝の上に座ると、撫でるように肌を触ってくれる。
それは、いつもの吐精を目的とした行為とは、明らかに違っていた。
「よ、よしの?」
「丸井くんに吸い取られてしまった愛を、郁三さまが保持していた幸せな気持ちを、私が補ってさしあげますよ。私では役不足でしょうけど、執事として頑張りますから」
そんな言葉に「違う。吉野だからいいんだ」と言いたかったが、僕にそんな余裕はなかった。
「んっ」
胸を撫でるように擦られ、甘い声しか出せない。
「可愛い、郁三」
耳元で、まさかの呼び捨てをされる。
それだけで胸が高鳴って、僕の中心は恥ずかしげもなく勃ち上がり始める。
指で胸の突起を押し潰すように触りながら、唇を合わせてくれた。
「ふぁっ」
溢れてしまう僕の声を吸い取るように、吉野の舌が僕の口の中を舐め回す。
息継ぎをするためか、唇が離れてしまうから、今度は僕から合わせにいく。
「気持ちがいいの?」
吉野がクスクス笑いながら、聞いてくれた。
「いい、きもち、いい」
「まだキスして胸触っただけなのに?」
「うん……もう、きもちいい」
吉野の舌が、僕の耳を舐める。
その舌は首筋へ降り、鎖骨、そして胸を這う。
僕はどんどんと欲深くなっていき、間接的な快楽よりも早く股間を触ってほしいと、腰を揺らす。
乳首を甘噛みされ、指先までビリビリとした痺れが伝わってきた。
「よ、よしの、もう、下、触って」
口に出して懇願してしまった。
吉野は顔を上げて微笑む。
「仰せのままに」
彼は僕を膝から下ろし、ベッドに寝かせる。
そして硬くなったモノを、パクリと咥えてくれた。
「あっ、んぁっ」
吉野の熱い粘膜に包まれれば、すぐにでもイってしまいそうだった。
僕はシーツを掴み、快楽をまだ手放さないように、必死に耐える。
もう放ってしまおうかという時、吉野の口が離れていってしまう。
「や、やめないで……」
縋るように、彼を見た。
「やめないよ。郁三、四つん這いになって」
吐息が混じったような声で、今度はそう指示される。
「え?」
吉野も裸だから、彼も昂っているのが一目で分かった。
凝視してしまった自分が恥ずかしく、言われたように彼に尻を向け、犬のように四つん這いになる。
「そう。太腿をギュッと閉じて」
僕が腿を閉じれば、吉野はまるでセックスするように、股の間に硬くなった彼自身を充てる。
「え?な、なにするの?」
彼は硬く大きなモノを、腿の間に押し込んできた。
そしてそれを、抜き挿しする。
「あっ、やっ、やっ」
僕の頭は自分が何をされているのか処理できない。
ただただ、性的な箇所が擦れ気持ちがいい。
まるでセックスしているような擬似的な姿勢に、興奮が増してゆく。
「き、きもちいい、あっ、よしの、よしの」
その時。
突然、ガチャっとくぐもった音が聞こえ、吉野の動きが一瞬止まった。
どうやら隣人が帰宅したようだ。
僕の住むマンションでは隣の音を気にしたことは無かったが、アパートはこんなにも生活音が筒抜けなのか。
ここが河津くんの部屋だと思い出し、慌てて手のひらを自分の口に当て声を殺す。
それでも昂まった気持ちは止まらない。
再び動きはじめた吉野の動きは性急で、僕の股に激しく腰を打ちつけてくる。
「んっ、んっ」
口を押さえていても、声が漏れてしまう。
「いくみ、いい、すごく」
抑えた声でも、吉野の快楽が伝わってくる。
「よ、よしの」
「あっ、もう、イ、イクよ」
「や、で、でちゃう」
ブルブルっと震え、河津くんのバスタオルに、二人分の白濁が飛び散った。
再びウトウトし、一時間程眠っただろうか。
「郁三さま」
また吉野に、揺さぶられ起こされる。
恥ずかしいことに、僕はまだ全裸だったが、頭はすっかりクリアになっている。
さっきの行為を思い出し、友達の部屋でなんということをしてしまったのだ、と頭を抱えてしまった。
吉野は帰り支度を済ませていて、僕を置いて始発前に帰るようだ。
「河津くんに、しっかり詫びてから帰ってきてください。バスタオルは持ち帰ります。吐きそうになったから借りた、洗って返すと伝えてくださいね」
テーブルの上には、河津くんが置いていったインテリアのカタログがあった。
吉野が赤ペンで丸をつけたり、オススメ順位を書き込んだりしてくれたようだ。
似たような家具を、もっと安価で販売しているブランドの紹介まで書いてあった。
河津くんの中で吉野の株は、また上がるだろう。
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