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第14話 関係性の変化

その日以降、俺の生活は少しずつ変化していった。 俺が寮の食堂で子ども用の絵本を辞書片手に声を出して読んでいると、新人冒険者たちが集まって来て、正しい発音を教えてくれた。 俺が現地の言葉に近い発音をすると、頭を撫でられた。 いったい俺をいくつだと思っているのだろうかとその相手との会話を試みれば、直知と同じくらいだろうと思っていた相手は俺と同い年であることが発覚した。 お互いに謝罪した。 定食屋での日雇い労働は初日の働きぶりが認められたらしく、人手の足りない時には直接声をかけられるようになった。 初日は言葉がわからないこともあって黙々と作業に集中していたのだが、結果的にどうやら他の人と比べて作業が早く、丁寧だったらしい。 主婦の女性や子どもが入ることもある仕事なので、俺は「言葉、ワカラナイ」で通したが、子どもの話し方は俺よりも複雑ではあるが簡単な言葉が使われているし、主婦の途切れることのないおしゃべりは現地の言葉の聞き取りにもってこいだった。 最初は殻剥きと野菜の下ごしらえしかできなかった俺も、肉や魚の捌き方を教わってからは、半人前から一人前へと昇格したようだ。 その仕事場は能力主義らしく、捌けるものや量が他の人より多くなると、日給も少しずつ上がっていった。 仕事場の子どもとの会話で、マークさんとデリックさんの村が出店しているマーケットはおよそ一カ月ほどの期間限定であることがわかり、早く上がれた日にもう一度顔を出してみることにした。 「ホヅミ!」 「マークさん、デリックさん!」 顔を出して正解だった。 「船、修理、終ワリ?」 俺が辞書を片手にカタコトで話し掛けると、マークさんはにっこりと笑う。 「うん、昨日この街に到着したよ」 「村、ミンナ、無事、ヨカッタ!」 滲みそうになる涙をさり気なく手の平で拭い、俺も二人に笑顔を向ける。 二人は一度顔を見合わせると、「会話、上手になったね」「楽しく生活しているようだな」などといった言葉を掛けてくれた。 そのあと俺は、今の生活がどんな感じかとか、直知はどうしているとか、すっかり二人との会話に夢中になった。 それこそ、仕事場の主婦の方々のことをとやかく言えたものではない。 とにかくそれくらい、今まで話せなかった分も含めて、直知を介さずに直接、意思疎通ができることへの喜びで胸がいっぱいだった。 少なくとも日本にいた時は、人と話すことがこんなに楽しいことだなんて、知らなかった。 「そろそろお店閉店の時間だ」 「片付ケ、手伝ウ」 「ありがとう、ホヅミ」 少しだけお金を稼げるようになったことと、だから二人が村へ帰る前に何かプレゼントを贈りたい旨を、片付けを手伝いながら一生懸命伝える。 「気持ちだけでいいよ」 「そうだぞ、これからが大変なんだから、お金は貯めておいたほうがいい」 二人にそんな感じのことを言われながらも、必死に食い下がった。 そして結局、マークさんが作成した売り物の網鞄を自分用で購入し、二人には夕飯をご馳走することになった。 「シッテル、ココ、ダケ、ゴメン、デモ、全部、美味シイ」 俺はいつも仕事場でもある定食屋で食事をすませていたため、お洒落なレストランは知らない。 けれども味は保証できるため、二人を連れて来た。 俺は隣のギルドの寮を親指で指して、二人に少し待っていてくれるようお願いする。 「ココ、住ム、ゴメン、少シ、待ツ、オ願イ」 「うん、わかった」 「ここで待ってる」 急いで一度部屋に戻るとメモ用紙に「定食屋でマークさんとデリックさんと一緒にいる」と書き、デスクの上に残す。 「待ツ、アリガトウ、食ベル、店、入ル」 「うん、このお店は初めてだよ。楽しみだな」 「ああ、いい匂いだ」 二人が喜んでくれたみたいだったのでホッとしつつ、定食屋へ入店した。 いくつかのアルコールとつまみになるものを注文し、木札は使わずに会計をすませる。 この世界のアルコールは飲んだことがないので、マークさんと同じものを注文してみた。 因みにこの国では、十五歳からアルコールを摂取していいらしい。 会計後ろにある木製のビアジョッキを渡され、そのまま注文したアルコールの名札が書いてあるビア樽のようなものからセルフで注ぐ。 「冒険者が多いお店だね」 「ああ、懐かしい雰囲気だな」 俺たち三人は再会の乾杯をすると、アルコールに口をつけた。 「うわ、強!」 思わず日本語が口から漏れる。 「大丈夫? 口に合わなかった?」 「美味シイ、ケド、強イ」 「強い?」 「度数が高いって意味じゃないか?」 「ソウ、高イ」 なんだこれ。 ビールみたいな見た目なのに、度数がウィスキーなんだが。 因みに味は酸っぱさが際立つフルーツ果汁。 俺の目の前でぐびぐびと喉を鳴らしながら平然と飲んでいるマークさんに愕然とする。 確かにかなり飲みやすいけど、大丈夫なのか。 「こっちも飲んでみるか?」 「アリガトウ」 デリックさんの頼んだアルコールも味見させて貰った。 こちらのほうが圧倒的に度数が低い。 普通に騙された。 三人でぽつぽつと話していると、俺に気づいた冒険者が声をかけて来た。 「あれっ、ホヅミ?」 「コンニチハ」 「こっちで食べてるの、珍しいな。ああ、友達と一緒か、俺との授業の成果をたくさん出せよ!」 「ハイ、頑張リマス」 俺がぺこりと頭を下げると、その冒険者は手を振って定食屋から出て行く。 「知り合いか?」 「同ジ、場所、住ム、冒険者。言葉、教エル、モラッタ、優シイ」 「そうか、ホヅミもこの街に馴染んできたって感じするな」 「そうだね、うちの村では警戒した猫みたいだったもんね」 デリックさんがご機嫌そうに言えば、マークさんがくすくす笑って相槌を打つ。 「いやー、嬉しいけど、子どもが巣立つみたいで寂しいもんだ」 「だねぇ」 ちょっと待って、俺って二人にまでいくつだと思われているのだろうか。 二人の年を聞いた時に、直知が伝えてくれてるはずだけど。 運ばれてきたツマミを口にしながら、今回見舞われた水路組の災難について、色々話を聞く。 デリックさんが対峙した魔物の名前を聞いてもどんな姿の魔物かわからなかったので、今度図書館で魔物の図鑑を見てみようと思った。 辞書を使いながらたどたどしくも、楽しい会話を続けていると、再び後ろから声が掛かる。 「ホヅミ、デリックさん、マークさん」 「直知」 「ナチ!」 「仕事、オツカレ」 マークさんとデリックさんは立ち上がって、直知との再会を歓迎する。 「メモありがとうございました」 「ウウン、今日、仕事、間二合ッテ、ヨカッタ」 「ああ、言葉の、勉強中、なのですね」 俺が現地語で返事をすると、直知はゆっくりとした現地語で返事をしてくれた。 直知は普通、俺との会話は日本語だ。 しかし、頭の中で俺以外の現地人、例えばデリックさんを意識しながら話せば、相手がその場にいなくても現地語を話すことができる。 そのことは辞書の翻訳で現地の発音をして欲しい時に判明したことなので、こうして会話ともなれば実際は想像以上に難しいはずなのだが、やはりというかなんというか、器用な直知は上手に切り替えてくれた。 俺がこくりと頷くと、「私も、アルコールとツマミ、頼んできます」と現地語でゆっくりと言って、一度会計のほうへと足を向けた。 それから俺たちは、定食屋が閉店するまで四人で色々話した。 三人で話せばもっとスムーズな会話になるのに、三人は俺が聞き取れるようにしっかりと、辞書を開いて確認する時間まで設けて、必ず俺を会話に参加させてくれた。 三人の心の温かさを感じた俺は、少しだけ、泣きたくなった。 今までこんなに積極的に誰かと会話をしたことなんて、なかったかもしれない。 いつからか俺は、疎まれても話し掛けるとか、離れていくとわかっているのに友人を作るとか、そんな努力を怠っていたから。 こんなに楽しくて、嬉しい食事は久しぶりだった。 俺の食卓は、いつだってひとりか、直知と二人きりだった。 直知と十和子さんの三人で囲む食事が、最大の人数だった。 山の中や村でもデリックさんやマークさんと一緒に食事をしたけど、あの頃の「異世界人に戸惑う現地人」と「現地人に頼るしかない異世界人」という関係が、少し変わったのを感じた。 別れ際、デリックさんが俺たちと握手をしながら笑顔で言う。 「二人とも、また村に遊びに来いよ」 「ええ、ぜひ」 「ウン、アリガトウ」 「村の、人たちにも、よろしく、お伝え、ください」 「宿ノ、場所、ワカル? 送ル、スル?」 「大丈夫だよ。今日は楽しかった、またね」 「気を付けて」 去って行く二人の背中に手を振る。 少し年は離れているけど、これが「友だち」なのかな、と思った。

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