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第13話 日雇い労働
翌日。
今度こそ俺は直知と共に起き、ギルド寮の食堂で、定食屋で注文した朝食をすませた。
「俺も冒険者ギルドまで着いて行ってもいいか?」
「ええ、すぐに戻るなら構いませんよ」
俺は直知について冒険者ギルドまで行き、直知の様子を終始観察する。
まずは受付に声を掛けると、紙を渡された。
どうやらそこに仕事内容の詳細が記載されているらしく、そのまま受付の人は直知にひとつの冒険者グループを示した。
今日一緒に行動する予定の人たちだろう。
直知はそのグループに近づくと自分から声を掛け、挨拶をした。
そのまま立って、雑談を交わしている。
そんな直知の後ろから近づき声を掛ける、ひとりの女性がいた。
昨日の夜に見掛けた人だ。
直知の言う通り、今度はしっかりとした冒険者らしい装備を身に付けていて、昨日とは違う印象を受ける。
距離感の近い人かと思ったが、わかりやすく直知にだけ必要以上に触れているところを見ると、どうやら直知のことを気に入っているらしい。
昔からモテる直知だからよく見る光景ではあるものの、異世界に来てまでモテるのかよと、ちょっと恨めしい気持ちになる。
俺に女の子が近寄らないのは、言葉が話せないだけだと思いたい。
「それでは穂積、そろそろ私たちは行ってきますね。今日は大人しく部屋にいてくださいよ」
「ん、わかった」
やがてメンバーが全員集まったらしく、直知は防具が供給されると、それを装着しながら俺に話し掛けた。
冒険者ギルドから、直知を含めた十人くらいのグループを見送る。
そして俺は、受付の女性に声を掛けた。
今日の受付も、同じ女性で良かった。
俺が異世界人だと知っている人だし。
「アノ、今、イイ?」
「ハイ」
一生懸命カタコトで話し掛けると、彼女は端的に答えてくれてホッと安堵する。
「仕事、スル、サガス、ホシイ」
俺は昨日購入した小銭入れを見せながら、必死に訴える。
「言葉、ムリ、仕事、スル、デキル、殻剥キ」
言葉は話せないけれども、殻剥きなら村の人が驚くレベルで上手らしい、ということに昨日気づけた。
すると彼女は何かを俺に言い、カウンターから出てどこかへ行こうとする。
俺がそれについて行こうとすると、首を振られて、待合室の椅子を親指で示された。
どうやら待っていろということらしい。
俺がしばらく待っていると、すぐに受付の女性は戻って来た。
今度は「ツイテキテ」とマークさんから散々言われたことを口にしたので、俺は頷いて大人しくそのあとについて行く。
案内されたのは自分たちの部屋のあるギルド寮で、意味が通じなかったかと俺が肩を落としていると、彼女はその隣、つまり定食屋の裏に回って、誰かを呼ぶように声を掛けた。
彼女が一度話を通していてくれたのか、大きな男性が包丁を持ったまま俺たちの前に現れる。
そして受付の女性とその大きな男の人は二言三言会話し、今度はその大きな男性から「ツイテコイ」と言われた。
「アリガトウ」
女性にお礼を伝えて、その大きな男性について行く。
案内されたのは調理場の一画で、そこは野菜の皮むきや木の実の殻剝き、肉や魚の下処理が行われている場所だった。
「デキルカ?」
男の人に聞かれ、俺は野菜のほうを親指で指差して、頷く。
肉や魚はまだ捌くことができない。
「ヨシ」
男性は頷くと、その区画にいた俺より少し若そうな女の子に声をかける。
そして、彼女に何かを伝えて、去って行った。
彼女はにこにこ笑いながら、俺に流暢な現地語で話し掛けてくる。
「言葉、ムリ」
話すことができないことを伝え、木の実や野菜を親指で指す。
「仕事、スル」
彼女はすぐに察してくれたらしく、俺が座っていい場所を示すと一度だけ手本を見せてくれた。
「アリガトウ」
俺はこうして、人生で初の、日雇い労働に取りかかった。
***
「穂積、今日こそ大人しく部屋にいてくださいと言ったはずですが?」
俺が部屋で大人しく待っていたにも関わらず、開口一番で直知にお説教を食らう。
直知が何時に帰宅するかわからないから夕方頃には仕事を切り上げさせて貰ったのに。
結局直知は、俺がひとりで夕飯を食べて、シャワーでも浴びようかという時間に帰宅してきた。
先に時間がわかっていたら、もっと遅くまで働いてきたのに。
「部屋にいるだけだと、暇すぎるんだよ」
「部屋でゴロゴロするのは得意じゃないですか」
「スマホやゲームの代わりになるもんはねぇだろ」
「……確かに、そうですね」
世の中のニートで、本当に何もせずにゴロゴロしている奴はいないだろう。
スマホかパソコンかゲームか。
いずれにせよ、時間潰しになるオモチャを持っているはずだ。
「それよりも直知、俺、今日は隣の定食屋でバイトしたんだ」
有難いことに仕事終わりにその場で日給が支払われたから、小銭入れの中身が数千円分潤った。
相場よりは安いみたいだけど、話しもできない身分の保証もされていない急に働かせて欲しいと言った俺を雇ってくれるなんて、感謝しかない。
「ええ、聞きました。言葉も話せないのに、よく働く気になりましたね」
「だから、暇だったんだってば」
直近では、直知の誕生日のために、お金が欲しいんだけど。
いつか直知に見限られてしまった時、捨てられてしまった時のためにも、金の稼ぎ方を知っておくのは大事なことだ。
いかんせん、自分の生死にかかわることだから。
直知ははぁ、とわかりやすく溜息を吐く。
「わかりました。定食屋でしたら、この部屋に戻るまでの危険はまずないでしょう。しかし、恐らく穂積が考えているよりずっと、ここの街は治安が悪いです。今回は大丈夫でしたが、ギルドの紹介だからといっても、そう遠くまで行かないでくださいね」
「ああ、わかった」
直知は心配性だな、と言い掛けてやめた。
以前日本で「抗争が激しくなっているので、少し外出を控えてください」と直知から言われた時、この言葉を言ってすぐ、俺は拉致られたんだった。
素直に頷いたところでお説教は終わったのか、着替えだした直知に俺は声をかける。
「そこでさ、直知にお願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「俺に、現地の言葉を教えて欲しい」
声に含まれる真剣な様子に気づいたのか、直知はパッと顔をあげて、俺をじっと見た。
「ほら、暇つぶしにもなるし」
「……わかりました。では明日、教材になりそうなものと、文具を買いに行ってきますね」
「俺も一緒に行く。直知、明日は仕事休みなのか?」
自分でも想像以上に喜びが滲んだ声色だったことに気づいて、思わずそっぽを向いた。
主人に構って欲しい犬かよ、恥ずかしすぎる。
「ええ、そうです。日本でいう土日に当たるので、ギルドも開いてないそうです。土曜日は店が普通に開いているらしいのですが、日曜日は店の営業時間が短時間だったり開いていない場合もあるそうなので、買い物する時は気を付けたほうがいいそうですよ」
「そうなんだ、わかった」
「明日は、少し街の中も見て回りましょうか」
「ん」
やばい、結構嬉しいかも。
観光案内だか地図だかはわからないが、道日本と同じで似たような区画の案内板がところどころ店の壁に埋め込まれているのを何回か見た。
文字の意味はわからないまま実際にその場所へ足を運ぶと、ベーカリーだったりレストランだったりカフェがあったりして、どうやら飲食店案内板であることが判明したのだが、直知と一緒ならそれがその場で理解できるということだ。
歩く翻訳機はとても便利だけど、一緒にいないことのほうが多い。
一緒に連れ回せる間に、吸収できるもんは吸収しておかなければならない。
俺は翌日、早朝から店が閉まるその時まで、直知を散々連れ回した。
文具や辞書の購入で俺の財布はとっくに空になり、直知の身分証で図書館の入館証を手に入れた。
夕食を食べたあとは直知を隣に座らせ、辞書の上に日本語でルビを振る作業を延々とした。
翌日の日曜日も、朝から晩まで直知を付き合わせた。
「こんなに一生懸命勉強している姿を見るのは、小中学生以来ですね」
「まあな」
黙々とペンを走らせる俺をじっと見たまま、直知がポツリと呟く。
「テストがあるわけでもないのに、なぜそんなに焦っているのですか?」
「……は?」
一瞬、ドキッとした。
「そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ」
「……ん」
直知はそう言いながら、購入した本のページを捲る。
俺は、日本に戻れないことを心配しているのではない。
俺は、直知に捨てられることを、心配しているのだ。
そんな俺の気持ちに、直知は気づいているのだろうか。
尋ねる勇気を、俺は持ち合わせていなかった。
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