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第12話 二つのプレゼント
マークさんとデリックさんは現在、俺たちがいる街ではなくほかの村に滞在しているらしい。
水路組は出発してすぐ、ほかの村の船が水属性の魔物に襲われているところに遭遇したそうだ。
田舎の村同士の助け合いは、暗黙の了解である。
そうでなかったとしてもデリックさんは当然その船を助けようと応援に入ったらしいのだが、その魔物は数が多く、あっという間にデリックさんたちの村の船も襲われてしまったのだという。
結局助けようとした船は大破し、積んでいた荷も沈んだり流れたりしてしまった。
その船に乗っていた人々は辛うじて命こそ助かったものの、自力で自分の村へ戻れる者は少なかった。
デリックさんたちの船も魔物と対峙した時に傷んでしまい、そのまま出発すれば浸水や水没の危険があった。
そのため傷を負ったほかの村の人たちを彼らの村まで送り届け、そこで自分たちの船を直すことにしたらしい。
「ですから、船が直り次第こちらに向かうはずですよ」
「そうだったんだ……でも、皆が無事で、本当に良かった」
「ええ、そうですね」
俺ははああ、と深く息を吐き出す。
マジで良かった。
安心した。
「直知は今日、どうだった?」
「街の外まで、ちょっと魔物退治に行ってきました」
「ええ!? 初日からそれ? 怪我とかはしなかったのか?」
「はい。ギルドから簡単な防具をお借りしたので、問題なかったですよ」
「明日は?」
「明日も似たような仕事らしいですね。まあ、五人くらいでパーティーを組んでいくので、私がミスをしてもほかの人たちがカバーしてくださいますから、大丈夫ですよ」
「そっか。気をつけろよ」
「はい」
俺は千円稼いだけど、直知はその仕事でどれくらい稼げるのだろうか。
直知の誕生日まで、あっという間だ。
さすがに直知への誕生日プレゼントを、千円ですますことはできない。
冒険者ではなくてもいいから、働きたい。
「穂積、今日はこのまま休みますか?」
「ん? 何かほかにやることあったっけ?」
「この街のお店はたいてい二十時に閉まるそうですが、これから財布を見に行きますか?」
「ああ、そうする」
俺は直知から食後の皿を奪い、二人分の洗い物をすませる。
手を払っていると、直知が声を掛けてきた。
「そこに、ジェットタオルみたいなものがありますよ。横に水の張っているスペースがあるでしょう? その中に手を入れてください」
「え、これ? 水にまた手をつけるのか?」
どうして水に手を突っ込む行為がジェットタオルになるのだろうと思いながら、恐る恐る手を入れる。
手を引っこ抜いて、驚いた。
本当に手に水滴がついていない。
「どういう原理だ……?」
「私もよくわかりませんが、その水みたいなものは、触れた水分を吸収する性能があるそうですよ」
「へえ……うるさくなくていいな」
タオルで拭くよりも綺麗に、水分がとれている。
ここの調理場は、マジでうちの台所より設備が良かった。
そのあと俺たち二人は外に出て、直知に店の看板の読み方を教えてもらいながら、財布を探す。
皮でできた皮でできた財布を見つけ、値札を見る。
二万円。
「それにしますか?」
「いや、違うのにする」
表通りから少し離れた店のほうが安そうだなと思いながら、表通りからでも見える路地裏に小さな雑貨屋らしきものを発見した。
「直知、あそこ見たい」
「ええ、いいですよ」
店の中には、皮や布、木でできた小物が雑多に並んでいる。
その中で、カラフルな端切れをツギハギして作られたような小銭入れを手にして値札を見る。
およそ、五百円。
これなら俺でも払えそうだと思い、直知を見た。
「これにするわ」
「本当にそれで、いいのですか?」
「ああ」
ポケットから小銭を出そうとした俺の手から直知がその小銭入れを取り上げ、店番に声をかける。
「直知、自分で買うから」
「いいですよ、これくらい。穂積のお金では――」
「買えるだろ」
俺の言葉に、直知は細い目を少し大きくした。
「もしかして、値札が読めるのですか?」
「ああ。今日一日、金と値札とずっとにらめっこしてたからな。なんとなく」
「そうでしたか。しかし、そのお金は何かの有事の時にでも使ってください。これは私が買います」
聞けば、冒険者の日帰りの仕事は基本的に日当で、仕事終わりにそのまま依頼主から支払われることが当たり前らしい。
今五百円減ったところで、直知へのプレゼントの総額が減るだけだ。
俺はありがたく、直知に甘えることにした。
***
俺たちの建物……家まで戻ると、直知は「では、穂積は先に部屋で休んでいてください」と言って、再び街灯の点る街へ繰り出そうとした。
「え? 直知はまだ寝ないのか?」
「ええ、明日の仕事に備えて、もう少し装備を整えたいと思いまして」
「もう店が閉まる時間じゃないのか?」
「大丈夫です。このあと、知り合いに店を紹介してもらう約束をしていますから」
「そっか」
直知に付いて行きたい気持ちもあったが、知り合いに会うというなら、俺は邪魔だろう。
「わかった。気を付けろよ」
「はい、迷子にはならないようにします」
「しつけぇよ」
俺は直知と別れ、部屋に戻った。
部屋に戻って、窓を開ける。
「あれ? 直知……」
眼下に広がる大通りで、ギルド方面へと歩く直知が目に入った。
その腕には、やたら露出度の高い服を着た女が絡みついている。
「あれが、直知の知り合いか……?」
俺が三階から眺めていることも知らず、直知はその女と路地裏へと消えていった。
直知が戻って来るまでは起きていられなかったものの、早く寝た分、翌朝はすっきりと早くから起きることができた。
「直知、おはよ。昨日の知り合いって、女だったのか?」
「おはようございます。ああ、見ていましたか」
「窓から見えたんだよ。けど、あの女の人、姿格好が冒険者って感じはしなかったから」
「わざわざ私服に着替えていましたから、そう見えなかったんですかね。一応、昨日一緒にパーティーを組んだ人ですよ」
直知はそう言いながら、「これを購入してきました」と俺に篭手のようなものを見せてくれた。
「これには強化の効果が付与されているそうで、攻撃力が上がるのだそうです」
「へえ、そうなんだ」
いくらくらいするものなのだろうか?
俺が知ったところで意味はないから、特に聞かずにスルーする。
「今日は防具は?」
「今日の依頼を受けた時に、またギルドから支給されるそうです」
「ああ、それで依頼終了した時に返却するのか」
「はい、その通りですね」
「じゃあ、防具もいずれは購入したほうが良さそうだな」
「そうですね。まあそれも、おいおい」
そう言いながら頷く直知の服が、こちらに来てから一度も見たことのない衣装であることにやっと気づく。
デリックさんからもらった物でも、この街の店で売られている物でもなさそうだ。
「もしかして、その服も買った?」
「はい。デリックさんから頂いた服だとスーツよりは動けるのですが、可動域が少し狭くて。拳闘士用の服を買ってきました」
「へえ、職種ごとの服とかも売ってるんだな」
初めて着ただろうに、それは初めから直知の物であるかのように、よく似合っていた。
「ああ、そうだ」
直知は何かを思い出したかのように背中を向ける。
こうして着替えてずた袋を漁る背中を見ていると、直知はこの世界の人にすら見えた。
そう思った一瞬、背中にゾッと寒気が走る。
直知は手に何かを握り締めたまま、俺のほうへ拳を突き出した。
「穂積にはこれをどうぞ」
俺が掌を上に向けて広げると、そこにコロコロとした小さなシルバーアクセサリーがひとつ転がる。
「ん? これ、何?」
「イヤーカフスです。ピアスより外れやすいので、気を付けてくださいね」
何かの植物みたいな凸凹した模様のシルバーのイヤーカフスは、花の代わりに金色の石が埋め込まれていた。
気に入らなければ「いらない」と言えたかもしれないのに、一目で気に入ってしまった。
俺の好みを熟知している直知が憎い。
「……ん、ありがとう、貰っとく」
俺は素直に受け取って、左耳にそれを付ける。
「よく似合っています。水に濡れても平気な素材なので、肌身離さず、ずっと付けていてくださいね」
「ああ、わかった」
「それはこれと対になっておりまして」
直知はそう言いながら、俺と同じカフスを自分の耳にも装着する。
「お互いの居場所がわかるので、迷子防止になりますから」
「……」
――突き返したい気持ちを、俺はぐっと抑えた。
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